08-14 合流
そしてまた日付が変わった。
朝食もそこそこに、ゴローは『ブルー工房』に顔を見せていた。
「ゴローさん、今日はどうします?」
「そうだなあ……」
ハカセとサナが帰って来ないと、マグネシウムが手に入らないため、機体を製作できないのだ。
「計器類を作ったらどうだろう?」
「ああ、それはいいですね」
空中を飛ぶ飛行機には様々な計器が付いているが、それらのうち重要なものを作ろうというわけである。
「まずは簡単なところから、水平儀かな」
「水平儀……ですか?」
「うん。真っ暗闇とか、雲の中とか、自分が今どんな姿勢をしているのかわからなくなることがあるんだ」
「……」
「だから、そういう物が必要なんだ」
「なんとなくわかりますけど」
「仕組みは簡単だ」
ゴローのいう『水平儀』は、『姿勢指示器』と呼ばれることが多い。
原理は簡単。重心が一方に偏った球体を水に浮かべればいい。
その球に水平垂直などの線を引いておき、入れ物との角度を見れば、どれだけ入れ物が水平から傾いているかがわかる。
これを水平な機体に、水平を示すように取り付ければよい。
等速度運動しているという前提で使用する必要があるのと、寒気で凍る可能性があるので水ではなく粘度の低い油を使うとよい。
「なるほど、ケースはガラスにして、球は中空な色ガラスにしましょうか」
「任せるよ」
アーレン・ブルーは職人らしく、テキパキと作業を進めていく。
それを横目でみながら、ゴローは他に必要な計器や装備をメモしていった。
「夜間飛行を考えると室内灯はいるな。それに暖房も必須だろう」
真っ暗では計器も操縦桿も見えなくなるし、空の上は思ったより寒いのだ。
「だから温度計……外気温計は欲しいな。それに時計を何とかしたい」
ゴローは必要な計器を考えていく。それを『謎知識』がサポートしてくれるのだ。
「高度計と……やっぱり速度計はほしいよなあ」
結局は『対気速度計』に行き着いてしまうのだが、この日はもう1つ思いついたことがあった。
「それからコンパスかなあ……あ、エンジンに鋼を使っているか」
方位磁石があれば、とりあえず方角だけはわかる、とゴローは考えたが、
「……この世界に地磁気ってあるのか……?」
と思い当たったのだ。
「……アーレン、ちょっといいか?」
ゴローは水平儀のガラスを加工していたアーレン・ブルーに話し掛けた。
「地磁気って知ってるか?」
「ええ、知ってますよ。……初代が『コンパス』というものを開発していましたから」
「そうか、よかった! 実は、それも飛行機に載せたいんだ」
「ああ、空の上で方角がわかると便利ですものね。作りましょう」
「うん。そっちの『水平儀』が出来上がってからでいいから」
「わかりました」
コンパスについては初代の『青木さん』が作っていたらしいのでほっとするゴローであった。
「それじゃあ高度計はどうするかなあ」
基本的には気圧計と同じものである。飛行場の標高で離陸前に補正し、飛び立ってからは気圧を標高に換算していくわけだ。
今の技術で作れそうな気圧計は水銀を用いたもの。
いわゆる『トリチェリの真空』を使うくらいしかない。
片方が閉じた、長さ1メルのガラス管に液体水銀を満たし、開口部を下にする。
すると、水銀は重さで下がり、ガラス管の中には真空ができる。これを『トリチェリの真空』という。
また、地球においてはこの水銀柱の高さは76センチが標準であり、これを1気圧と定めた。
「校正はそれでやるとして、『アネロイド気圧計』を作れるかなあ……」
アネロイド気圧計は、中を真空にした金属容器が気圧の変動によって膨らんだり凹んだりするのを機械的に増幅し、指示針で示すものだ。
「……あ、よく考えたら気圧と高度の関係性がまるっきりわかってないんだった」
ゆえに『気圧計』は作れても『高度計』はまだ作れそうにないのだった。
「水銀式の気圧計をそのまま乗せるという手もあるけど、それならアネロイド気圧計でもいいわけか」
そのあたりは、まずは構想だけはまとめておき、ハカセとも相談しよう、とゴローは考えた。
いきなり高度なものを作り上げるにも限度というものがあるからである。
最後はやっぱり『対気速度計』。
要するに風速計である。
「最初は風圧を目に見えるようにすればいいかな」
いろいろ考えたゴローが出した結論は、こうだ。
進行方向を向いた開口部から風を取り入れる。
それを、パイプを通してタンク状の『平滑器』に入れる。
その『平滑器』内の圧力は対気速度によって変化する。
『平滑器』内の圧力を、シリンダー内にバネを入れたピストンに加えれば、圧力に比例してピストンが動く、というものだ。
「凄い! ゴローさん、いいアイデアですよ!」
「今のところ、作りやすさと表示しやすさを考えるとこれになった」
シリンダーを透明なガラス、ピストンを色のついたガラスで作れば、読み取りやすいだろうとアーレンは言った。
そのあたりはアーレンに任せる、とゴロー。
ここでお昼となったので、ラーナに文句を言われる前に食事を摂ることになった。
* * *
「あとはハカセたちだな」
「お帰りになるのは夕方でしょうね」
「それまでに計器類や付属品をあらかた作っておけたらいいな」
「任せてください!」
そういうわけで、アーレンはこの後『暖房』と『方位磁石』を作り上げた。
「外気温計はどうかな?」
「どうやればいいんでしょうね?」
『温度計』はこの世界にも存在している。
ガラス管の中に水銀を封入したものだ。
なので室内の温度を測定することはできるが、外気温をどうするか、になると難しい。
「風防のすぐ外に取り付けるしか思いつかないですよ」
「俺も同じく」
それでもとりあえずの目的は達成できるだろうということで、外気温計の問題も解決した。
* * *
空が夕暮れの色に染まり始めた頃。
〈ゴロー、もうすぐ着く〉
サナからの念話が届いた。
〈わかった。どの辺だ?〉
〈念話が届いたということは、あと10キルくらい〉
〈よし〉
そこでゴローは、アーレンに声を掛ける。
「アーレン、ハカセとサナ、そろそろ帰って来そうだから、迎えに出てみる」
「わかりました」
そしてゴローは南門から外へ。
夕暮れなので人も見かけなくなっており、『強化』2倍を掛け、走り出す。
走りながら念話でサナに話しかける。
〈サナ?〉
〈ゴロー?〉
その短いやり取りでお互いを確認。ゴローは速度を落とした。
ハカセとサナだけでなく御者もいるからだ。
それでも、すぐに馬車が見えた。
「ゴロー」
馬車の上からサナが手を振った。ゴローも手を振り返す。
「迎えに来ました」
「ゴロー、ご苦労さん」
ハカセもにこやかにゴローを迎えた。
迎えに来たからといって、別に帰るのが早くなるわけではないが、そこは気持ちだ。
ゴローは馬車と並走しながら、ハカセにこれまでの自分たちのことを説明した。
「ほうほう、面白いことになっているねえ」
そしてサナも、思ったとおりゴローに甘味はあるか、と尋ねてきたので、
「ああ、家にプリンを作っておいたぞ」
と教えてやると、『それは楽しみ』と言って微笑んだサナなのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は8月29日(日)14:00の予定です。
20211203 修正
(誤)それでも すぐに馬車が見えた。
(正)それでも、すぐに馬車が見えた。