08-13 それぞれの成果
ハカセとサナが滑石を買い付けている、同じ頃。
ゴローとアーレン・ブルーはエンジンの製作を行っていた。
「2重反転にする、ということは、同軸で逆回転させるわけですね」
「そう。同じ型のエンジンを、軸違い、回転方向逆で2つ作るわけだ」
「軸径はどうしますか?」
「ローターのトルクに耐えられるよう、太くしたいな。その分中空にすれば軽くなる」
こうしたシャフトの『ねじり強度』は直径に大きく左右される。
重量が同じなら、直径を大きくして中空にしたほうがより強度が上がるというわけだ。
「なるほど、勉強になります」
そんな感じで2人はエンジンの製作を行っていった。
* * *
一方、ハカセとサナは。
「うーん、困ったねえ」
マグネシウムを抽出した後の鉱滓をどうするかでハカセは悩んでいた。
手始めに10キロほどの滑石からマグネシウムを取り出した鉱滓をどこに捨てるかで、はたと困ってしまったのだ。
「……そりゃ、そこらへんに捨てたら、怒られる」
「盲点だったよ」
研究所なら、鉱石を掘ったあとの穴にでも放り込んでおくのだが、ここではそういうわけにもいかないのだった。
滑石の成分はマグネシウム、ケイ素、酸素、水素など。化学式はMg3Si4O19(OH)2。
ここからマグネシウムを取り出した後には二酸化ケイ素SiO2とケイ酸H2SiO3が残っていた。
二酸化ケイ素はつまり石英の成分であるから、ガラスを作る原料になる。
ケイ酸は……。
「うーん、ゴローの『謎知識』が欲しいね」
「ないものは、しかたがない。ハカセ、全部持ち帰るしか、ない」
「やっぱりそうなるかい……」
そういうわけで仕方なく、滑石のまま持ち帰ることになったのである。しめて200キム。
幸い、大型馬車だったのでそれくらいの荷物は運ぶことができる。
「『マッツァ商会』には感謝だねえ」
「帰ったら、何か便宜を図ってあげないと」
「……サナも世の中の事に詳しくなってきたね」
未だに浮世離れしているハカセは、サナの成長を少しうれしく思ったのであった。
* * *
同じ頃、ゴローとアーレン。
「ゴローさん、浮くのはローターで、としても進むのはどうするんです?」
「やっぱりプロペラ推進だろうな」
開発中のロケットエンジンを使うわけには行かないだろうとゴローは言った。
「そうしたら、そっちも作らないと」
「そうだな……」
そこでゴローとアーレンは検討を行う。
推進機は2基。それぞれ逆回転させることでトルクを打ち消すことができる。
取り付け位置は尾部。横に取り付けようかとも考えたが、操縦席からの視界を塞ぎそうなので尾部にしたのである。
ここで手持ちのジュラルミンは全部使い切ってしまった。
アルミニウムはあるのだが、マグネシウムの在庫が0なのだ。
「あとは、多分明日……ハカセたちが帰ってくるのを待たないと駄目か」
「機体やエンジンはそうですけど、座席や『魔力庫』なんかを」
「そうだな。残った時間はそっちを作ろう」
『魔力庫』なら強度はあまり問題にならないので、アルミニウムを使うこともできる。
よって軽量な『魔力庫』を10基ほど作ってしまったゴローとアーレンであった。
規格化されているので、互換性があるため、『自動車』に使ってもいいと、『軽い』『魔力庫』を多めに作ったアーレン・ブルーなのである。
そのあたりでその日の作業は終わりとしたゴローたちである。
* * *
「ただいま」
「お帰りなさいませ、ゴロー様」
「おかえりなさいなのです、ゴローさん」
『屋敷妖精』のマリーとドワーフのティルダが迎えてくれた。
執事見習い(?)のルナールは食事の準備で忙しいそうだ。
「あいつも、すっかり家事仕事が板に付いたな」
仕事着から部屋着に着替えたゴローが、慌ただしく動き回るルナールを見て呟いた。
「ハカセさんやサナさんは明日お帰りになるんです?」
「うん、その予定だな。今回は特にトラブルもないだろうし、予定どおりになるだろう」
「なら、サナさん、きっと甘いものを食べたがるのです」
「ああ、そうか」
甘い物好きなサナのために、行く前に『純糖』(=和三盆)の塊を幾つも用意してやったが、おそらく帰ってくる頃には全部食べ終えているだろうなと、ゴローにも容易に想像できた。
「じゃあ、プリンでも作っておいてやるか。ティルダも食べるだろ?」
「え? ……はい、プリンは大好きなのです!」
その返事を聞いたゴローは笑って頷いた。
「よっしゃ。今夜のうちに用意しておこう」
* * *
「ハカセ、帰るのは明日の朝?」
「そうだねえ。まさか夜出発するわけにもいかないしねえ」
馬も御者も生き物なので、ゴローやサナのような無茶はできない。
「なら、今日は少し町を見て回る?」
「ああ、そうだねえ」
時刻は午後1時。
滑石の買取と馬車への積み込みが順調だったので、まだこの時間なのだ。
「それで、1つ気になっていることが」
「なんだい、サナ?」
「透明材料」
「え? ……ああ、そうか」
サナが言っているのは風防のことだとハカセはすぐに理解した。
「ガラス……はちょっと割れやすそうだしねえ」
「うん、そういうこと」
鉱山の町であるここボレーでなら、何かいい材料が手に入るかもしれない、ということで、ハカセとサナは町めぐりをしてみることにしたのであった。
「本当は、『亜竜』の抜け殻があるといいと思っていたんだけどね」
「抜け殻?」
「そうだよ。あれって、お腹の部分は透明らしいんだよ。昔聞いた話だけどね」
「いつか、探しに行く?」
「それもいいねえ」
そんな話をしながら歩いていたら、水晶を扱っている店の前に来た。
「うーん、やっぱり水晶を使うのがいいかねえ」
「ガラスよりは、よさそう」
そう、ガラスは、破片になった場合に、その鋭さが危険なのだ。
対して水晶は、ガラスに比べ、鋭利な破片にはなりにくい(ならないわけではない)。
「でも、そんな大きな水晶は、ない」
「まあ、サナの言うとおりなんだけどね」
その店の前はそれで素通り。
次に2人の目についたのは……。
「なんだろうね、これ?」
通りかかった店の前に置かれた塊。
透明は透明なのだが、ゴツゴツとした不規則な形をしている。
「ああ、それかい?」
覗き込んでいるハカセを見た店員が説明してくれた。
このあたりにある『遺跡』で時折見つかる物質なのだそうだ。
「透明で、軽いんだけどね。加工が難しいんだ」
「どういうことだい?」
「んー……な、んていうのかな……そう、火で炙っても溶けないし、タガネで削ろうとしてもなかなか削れないんだよ」
「材質は?」
「さあ?」
遺跡から発掘されたものなので不明だと店員は言った。
「で、幾らだい?」
「その塊なら1万シクロでいいや」
「これがねえ」
大きさは、縦50セル、横60セル、高さ80セルくらいの不規則な形。
「サナ、持ってみな」
「はい。……軽い」
それで重さは20キムくらいのようだ。
もしかしたら『風防』に使えるかもしれない、とハカセは当て込んだ。
「もうないのかい?」
「そのくらいのがあと2個あるよ」
「よし、全部もらおうかね」
「いいのかい?」
「いいともさ」
「よし、売った。まいどあり」
こうして、ハカセとサナは風防用として有望そうな材料を仕入れることができたのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は8月29日(日)14:00の予定です。
20210822 修正
(誤)「そう。同じ型のエンジンを、軸違い、回転数逆で2つ作るわけだ」
(正)「そう。同じ型のエンジンを、軸違い、回転方向逆で2つ作るわけだ」
20210904 修正
(誤)馬も御者も人間なので、ゴローやサナのような無茶はできない。
(正)馬も御者も生き物なので、ゴローやサナのような無茶はできない。