01-13 ハンガーノック
シクトマの町を目指し、街道を行くゴローとサナ。
『ジメハースト』の町を過ぎた後は人通りが増え、今までの速度を維持しにくくなってしまった。
そこで昼間は周りに合わせた速度で歩き、夜中に速度を上げて移動することにした。
途中にあった町はパスした。
そんな2日目の夜。
「ゴロー、どうしてさっきの町をパスしたの?」
「うーん、たいした意味はない。ただ、早く『シクトマ』の町に行ってみたいから、かな」
「なるほど。理解した」
2人は夜の街道を疾走している。疾走といっても時速は30キルくらいだ。
街道を南下してきたので虫が多くなり、あまり速度を出して走っているとぶつかって潰れるのが鬱陶しいのでこの速度に落ち着いたのである。
そしてもう1つ小さな集落をパスしつつ2人は走り続け、深夜となる。時刻は午前0時を回る頃……。
「誰か、いる」
前を走っていたサナが急停止した。
「おっとっと」
後に続いていたゴローも、サナにぶつかりそうになったものの、なんとか停止する。
「いる……というか、倒れてるな」
ゴローたちより大きな荷物を背負った小柄な人間がうつ伏せになって倒れていた。
荷物の背嚢はぱんぱんに膨らんでおり、その下敷きになっているため脚しか見えていないが、かなり小柄であることだけはわかる。
膝から上は背嚢の下敷きになっているので、男か女か、若いか年寄りか、それすら判明しない。
その倒れ方が、何というかあまりにも印象的(芸術的ともいう)だったので、思わずゴローは助け起こしてしまった。
「……おい、大丈夫か?」
「う……」
下ろした背嚢の重さは60キムくらいか。
ゴローたちの荷物よりは軽いが、普通の人間なら長時間の歩行は辛いだろう。
そして今いる地点は、先程通過した集落から30キルくらい。
(1日に歩ける距離って40キルくらいだろうからな……倒れている向きから言って、俺たちと同じ方向へ向かっているんだろうけど)
力尽きて倒れたのだろうとゴローは結論を出した。
「あーあ、顔が泥だらけだな。まあ、岩混じりでなくてよかった」
「『光』『灯す』」
小さな明かりを灯し、様子を見る。
突っ伏していた道は土だったので、怪我はしていないが、顔が泥だらけになってしまっていた。
「『水』『しずく』」
水を出す魔法である。ただし、魔力が水の形態を取っているので、短時間で文字どおり雲散霧消してしまう。なので洗い物にはいいが、飲料にはならないのだ。
とにかくその水で泥を洗い流してやると、どうやら女の子である。そして思ったより綺麗な顔をしていた。
「この子、多分ドワーフ」
サナが言った。
耳の先端が、ヒューマンに比べて少し尖っていたのだ。そしてややウエーブした焦げ茶色の髪の毛は、もっさりしていてとても多い。
ハカセはヒューマンの外見が強く出ていたのか、ハイブリッドにもかかわらず、そういう特徴は出ていなかったな、とゴローは思い出した。
「で……」
サナが何か言いかけたとき。
「う、ううん……」
女の子は身じろぎをし、目を開けた。
そしてゴローとサナを見、びくっとするが、自分の身に起きたことを思い出したのか、
「あ、あわわ、わ、私を助けてくださったんでしょうか?」
と、若干慌てながら口にした。
「う、うん。通りがかったら君が倒れていたから」
ゴローが答えた。
「あ、俺はゴロー、そっちはサナ。見習い行商人だ」
とゴローが名乗ると、
「わ、私は、ティルダ・ヴォリネンといいます。駆け出しの職人なのです」
と、ドワーフの少女も名乗った。
「で、どうして倒れていたんだ?」
「え、ええと……」
その時、ティルダのお腹がぐうと鳴った。
「……お恥ずかしい話ですが、腹ぺこ……で目が回って……です……」
「……」
小声だったのと、声に力がなかったので全部は聞き取れなかったが、腹ぺこらしいことはわかった。
〈サナ、簡単なものを作るけど、いいだろ?〉
〈うん〉
〈よっしゃ〉
そこでゴローは、荷物の中から小鍋を取り出し、水を入れて携帯コンロでお湯を沸かす。
そこに、ディアラから少しだけ分けてもらった『ロッサ(よもぎ)』の葉を入れて煮出す。
さらに砂糖、それにほんの僅かな塩を入れれば、甘いヨモギ茶もどきの飲み物ができあがりだ。
「まずはこれを飲みなよ」
「い、いいのですか?」
「いいから」
「は、はい、ありがとうございます!」
カップに入れた、甘いヨモギ茶もどきを、ティルダはこくこくと美味しそうに飲んでいく。それを見たサナは、
「ゴロー、私も」
と言いだした。
「はいよ。ほら」
そう言うだろうと思っていたゴローは、別のカップにヨモギ茶もどきを入れて差し出した。
「……うん、美味しい」
ロッサ(よもぎ)の風味と僅かな苦味に、砂糖の甘さが加わって、なかなかの味になっていた。
ティルダが1杯飲み干したのを見て、ゴローはもう1杯入れてやると、それも美味しそうに飲み干したのである。
「ふう、美味しかったのです」
「そりゃよかった」
ちなみに、鍋に残ったヨモギ茶もどきは、サナが綺麗に飲み干した。
「糖分はすぐに吸収されてエネルギーになるからな。シャリバテの時には有効だ」
「そうなのです? で、シャリバテって何なのですか?」
「シャリバテっていうのは一時的に血糖値が下がって力が出なくなることだよ」
「けっとうち? 決闘するのですか? それとも血統なのです?」
ゴローの謎知識による説明に、首を傾げるティルダ。サナも同じように首を傾げている。
「ああ、とにかく、何も食べないで動き回ると、飢餓状態でもないのに動けなくなることだよ」
その説明でティルダは何か悟ることがあったようだ。
「腹ぺこ妖精に取り憑かれる、という症状なのですね」
「腹ぺこ妖精?」
今度はゴローが聞き返した。
「はいです。旅人が突然動けなくなることがあるのは、『腹ぺこ妖精』に取り憑かれた、と言われているのです。私も取り憑かれてしまったのです……」
「へえ……」
スポーツ用語ではハンガーノックという。
某妖怪マンガ家は『ひだる神』に取り憑かれた、ということを著作の中で書いている。
生理学的にいうと、以下のようになる。
血液中のブドウ糖がエネルギーとして消費されると、それを補うように脂肪がエネルギーに変換される。が、脂肪の分解には時間が掛かるため、その前にブドウ糖を使い切ってしまうとエネルギー切れとしてこの症状が起きる。
なので対策としては、こまめな糖分補給が一番だ。
そういうわけで市販のスポーツドリンクには思った以上の糖分が含まれているものが多い。
「……で、その『腹ぺこ妖精』は離れたろう?」
砂糖はすぐ分解されてブドウ糖になるので、即効性が高いのだ。
「あ、本当なのです。楽になったのですよ」
「そりゃよかった。……食料は持っていないのか?」
「……はいです」
ティルダが言うには、素材を買い込みすぎて食料を買うお金がなくなったのだという。
「無茶するな……」
「うう、面目ないです」
「……しょうがないな」
ここまで関わってしまったからには、見捨てるわけにも行かないので、ゴローは荷物の中から硬くなったパンを1切れ取り出した。
「……いただけるのですか?」
「うん」
「あ、ありがとうございますです!」
ティルダは礼を言って硬いパンにかじりついた。
歯は丈夫なようで、あっという間に平らげてしまう。
「ふう、人心地が付いたのです」
「そりゃよかった。……で、どこまで行くんだ?」
ゴローは、一応行き先を聞いておくことにした。
「えと、この先にある『サンバー』っていう町なのです」
多分、あと10キルか15キルくらいだ、とティルダは言った。
「そこはどんな町なんだ?」
「この『南北街道』ではそこそこ賑やかな町だと思うのです」
物作りが盛んな町だとティルダは言った。
「そっか」
それなら2、3日腰を落ち着けて情報収集してもいいかな、と考えるゴローであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は8月6日(火)14:00の予定です。
20190804 修正
(旧)そこに、少しだけ分けてもらった『ロッサ(よもぎ)』の葉を入れて煮出す。
(新)そこに、ディアラから少しだけ分けてもらった『ロッサ(よもぎ)』の葉を入れて煮出す。
20191201 修正
(誤)ディアラは礼を言って硬いパンにかじりついた。
(正)ティルダは礼を言って硬いパンにかじりついた。
20230902 修正
(誤)ハカセはヒューマンの外見が強く出ていたのか、ハイブリッドにも関わらず、
(正)ハカセはヒューマンの外見が強く出ていたのか、ハイブリッドにもかかわらず、
(誤)「……お恥ずかしい話ですが、腹ぺこ・・・・・・て目が回って・・・です……」
(正)「……お恥ずかしい話ですが、腹ぺこ……で目が回って……です……」




