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08-11 2重反転式ヘリコプター

 その日の夕方まで、ゴローたちは『ブルー工房』で『2重反転式ヘリコプター』の構想を練っていた。


「それじゃあ、また明日。明日は、もしかしたらハカセも来るかもしれない」

「お待ちしてますよ」


 アーレン・ブルーに挨拶をし、ゴローとサナは家へと戻ったのである。


*   *   *


 戻ったゴローたちを待っていたのはハカセからの質問攻めだった。


「なんだいなんだい、面白そうなことを始めたじゃないか! ……さあさあ、説明しておくれでないか?」

「あ、はい……」

「……ここの構造は?」

「あ、2重にして、反対方向に回します」

「潤滑はどうするんだい?」

「あ、えっと……」

「この軸は引っ張られるんだろう? その力はすべて軸受に掛かるよねえ? 軸がすっぽ抜けないようにするにはどうしようか?」

「……えっと、『スラストベアリング』を開発する必要がありますね」

「ほほう? 説明よろしく」

「あ、はい……」


 こんな調子である。


「……なるほど、ボールベアリングを軸方向の力を受けるようにするわけだね」

「はい」

「うーん、これがあるとないとじゃ回転の効率が違うだろうねえ」

「そう思いますよ」

「ボールは硬いほうがいいよねえ?」

「ですね」

「材質はどうしようかねえ」

「……それは後でゆっくり考えてください」

「そうだね。残りを教えておくれ」

「はい」


 そういうわけで、ゴローはハカセに『2重反転式ヘリコプター』について説明をしたのであった。


*   *   *


「うーん……王女殿下からの依頼だから、あたしの名前が出るのはまずいねえ」

「俺たちは構いませんけどね」

「あたしが構うよ。……うん、これもあたしの名前を出さないという約束で協力しよう!」

「それでいいんですか?」

「いいよいいよ」


 ハカセは名声に関してびっくりするほど関心がない。

 自分のやりたいことをやりたいようにやる、がモットーだ。


「老い先短いんだから、好きなことをやらせておくれ」


 とは言っているが、ゴローとしては、多分まだ100年以上、ハカセは元気だろうと思って……いや、確信していた。


*   *   *


 さて翌日は、ハカセとゴローの2人でブルー工房を訪れた。

 そして前回同様、自分のことは内緒にしてくれと言い、アーレン・ブルーもそれを了承。

 改めて『2重反転式ヘリコプター』の検討を行っていく。

 蛇足ながら、ヘリコプターの語源はギリシャ語で『螺旋らせん』を意味する『ヘリコ』に『翼』を意味する『プテロン』を合成した名前なので、略称は『ヘリ』ではなく『ヘリコ』が正しいことになる。


 閑話休題。


「はあ、スラストベアリング、ですか。なるほど」

「それからね、材質としては高炭素鋼を使うといいかもね」


 鋼の硬さを決定する最も大きな要因が炭素含有量である。

 炭素を1パーセントほど含んだ鋼は焼入れ効果が大きい。


「クロムやニッケルを混ぜると、耐摩耗性もよくなりますよ」


 ゴローがアドバイスを行った。

 実際、ベアリング用の鋼材として『高炭素クロム軸受鋼』というものがJIS(日本工業規格)で決められている。


「あとは全体的に軽いほうがいいから、ジュラルミンを使おうかねえ」

「風防はどうします?」

「ああ、それがあったね」

「ガラスは割れやすいですし……」


 ここでゴローの『謎知識』が新たな提案を行ってくれた。


「ええと、アルミナと酸化タンタルを混ぜると、弾力のある硬いガラスができるみたいです」

「へえ? さんかたんたるってなんだい?」

「アルミナっていうのはアルミニウムの原料ですよね?」

「ええと、酸化タンタルというのは金属元素であるタンタルが自然界で取る化合物ですね。アルミナはそう、酸化アルミニウムです」

「それを混ぜるといいのかい?」

「『謎知識』はそう言ってます」

「ふうん、参考にさせてもらおうかねえ」


 実際の航空機の風防はポリカーボネートやアクリルといった樹脂が使われていることが多いのだが、この世界ではプラスチックの合成はまだまだできそうもないので、割れないガラスを模索するしかなかった。


「要はガラスが割れなければいいんだよねえ?」

「まあ、そうなんですけどね」

「そういう魔法を開発したほうが早いかもね」

「できるんですか?」

「まあ考えてみようかね」


 コストを考えれば、その方が絶対に安上がりである。

 自分たち専用の飛行機はコスト度外視で作れるが、今回の依頼は予算の上限があるのだから。


 とりあえず、普通のガラスを使い、魔法で強化する前提で見積もりをしてもらうことになった。


「さて、まずはこんなところかね」

「そうですね」

「材料費は幾らくらいになるかな、ラーナ?」

「そうですね、地金の相場も変動しますので、だいたいのところですが700万シクロくらいでしょう」


 日本円に換算して700万円となる。


「機体の重さはどのくらいだったっけ?」

「概算で500キム(kg)と算出しました」

「そんなものだろうねえ」

「アーレン、アルミニウムって高いんだっけ?」

「いえ、確かに精錬は困難ですが、需要が少ないので、銅と同じくらいですね。1キム(kg)あたり1万から1万2000シクロといったところです」

「ハカセさん、高いのはマグネシウムです。ほとんど需要がないので市場に出回っていないため、特注になって価格が跳ね上がります」


 ラーナに言われ、ハカセは渋い顔になった。

 というのも、『研究所』にはマグネシウムの鉱石である滑石が豊富だったからだ。

 かといって持ち込むのはちょっと違う気がするのである。


 王都における滑石の用途は、ほとんどが『石筆せきひつ』、つまり土木現場で石材に印をつけることに使われているだけ。

 大量に購入しようとしても、在庫がないのである。


「そこは産地から直接運んでくるしかないかねえ」


 その場合、産地でマグネシウムを精錬して運んでくれば効率がいい。

 なにしろマグネシウムの比重はおよそ1.7、アルミニウムの2.7よりも低い。つまり軽いのだ。

 ただし反応性が高く、取り扱いは注意を要する。

 酸素だけではなく、水……というより空気中の湿気とも反応するので保存も要注意だ。

 現代日本の金属業者も、『火元となるような熱源が無く、湿度の低い場所でビニール袋等をかぶせて埃がかからないようにしてください』などという注意を呼びかけている。


 それを踏まえてゴローは、


「精錬したマグネシウムは密閉容器に入れて運ぶ必要がありますけどね」


 と注意事項を念押ししていた。


*   *   *


 いずれにせよこれでおおよその見積もりを作成できるので、それはラーナに任せ、ハカセ、ゴロー、アーレンらは、試作の設計を開始した。

 もし見積もりが通らなくても、ゴローは私費でこの『2重反転式ヘリコプター』を完成させたいと思っていたのだ。


「これができれば、この世界における航空機の歴史が幕を開けるぞ」

「それ、いいですねえ」

「あたしはいいから、アーレン、あんたが代表で歴史に名を残しておくれ」

「ええ……」


 ……なんていう会話があったとかなかったとか。


 いずれにせよその日の午後、王城に提出した見積書を見たローザンヌ王女は、


「うむ、想像していたより少なかったな。よし、許可する!」


 と、即製作を命じたのである。


 こうして、王都における『2重反転式ヘリコプター』の開発が開始されたのである。

 お読みいただきありがとうございます。


 お盆休みをいただきたく、次回更新は8月19日(木)14:00の予定です。


 20230905 修正

(誤)湿度の低い場所でビニール袋等をかぶせて埃のかからないようにしてください』などという注意を呼びかけている。

(正)湿度の低い場所でビニール袋等をかぶせて埃がかからないようにしてください』などという注意を呼びかけている。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 想像より………………この場合普通に思ったより安かったのか、王城の技術者がお金を使い過ぎなのか………………
[一言] >08-11 2重反転式 タケk o...rz ゴ「それはやめとけ」と謎知識が言ってる あの場合どうやって胴体の反発回転力を抑えてるのかなぁ~……自分の感覚かなぁ~ >「それじゃあ、また明…
[一言] ファインセラミックボール…… マグネシウム有れば照明弾とか作れそう
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