08-10 追加依頼
『飛行機工場』を後にしたゴローとサナは、ローザンヌ王女に誘われて、中庭にある四阿でお茶を飲んでいた。
「わざわざ呼び出したりしてすまんな」
「いえ、お気になさらないでください」
「あやつも悪いやつではないと思うのだがな、どうも人の話を聞かんところがあってな」
「はあ」
「これで、少しはあやつも人の話に耳を貸すようになるだろう」
あやつ、というのがウェスクス・ガードナーのことを指しているのは明らか。
ゴローとしては曖昧な返事をするしかなかった。
「ゴロー、ブルー工房では飛行機を作らないのか?」
「自動車とは違いますからね……初期投資とか組み立て場所とか……」
「む、確かにそうだな。……だが、私としては、お前たちが飛行機を作ったらどうなるのか、見てみたいのだ」
「はあ、ありがとうございます?」
そこまで自分たちを買ってくれていることについてはありがたいが、王城の技師と競うのはちょっとなあ……と思ったゴローである。
だがローザンヌ王女は気にすることなく、さらに突っ込んだ質問をしてきた。
「ゴロー、ここだけの話にするから、お前の意見を聞かせてくれ」
「はい、なんでしょう?」
「お前の考える『飛行機』の理想形とは、どういうものだ?」
「そうですね……幾つかお答えしてもいいですか?」
「おお、もちろんだ」
ローザンヌ王女は興味深そうに微笑み、頷いた。
「では。……理想といいますか、理論的には『浮く』機能と『進む』機能が完全に独立しているのがいいのですが」
「うむ、それはわかる。ウェスクスもそういう思想であれを作っているのだろうからな」
「はい。……で、俺なら、浮くためのローター……プロペラと、進むためのプロペラで行きます」
「浮くためのプロペラは1つか?」
「はい、基本的には」
「それだと、機体が逆に振り回されないか? ……初期試作はそうなったぞ」
反トルク、カウンタートルクと呼ばれるもので、プロペラの回転と反対向きの力が本体に掛かるわけであるから、それを打ち消す工夫が必要となる。
その1つが『テールローター』であり、また『偶数個のプロペラを反対方向に回転させる』ことである。
「ですので2重反転ロー……プロペラにするんです」
「2重反転?」
「はい。要するに、同軸でプロペラを2組付けて、それぞれを逆方向に回転させます」
「うむ……そうすればうまくいきそうだが、どうやって行うのだ?」
「軸を2重にして、それぞれに別のエンジンを付けます。欠点は背が高くなることでしょうか」
現代地球での『2重反転プロペラ』には歯車機構が不可欠だが、ゴローたちが使おうとしている『円盤式エンジン』は減速する必要がないので、その分軽量化、単純化できる。
ただしギヤを使わないので、反対方向に回転するエンジンが必要になるが。
「でも『円盤式エンジン』はやりようによっては平たくできるので大丈夫かと」
「……」
「殿下?」
「……素晴らしいぞ、ゴロー! ……よし、第2王女ローザンヌの名において、ゴローにその飛行機の開発を命じる!」
「え……!?」
いきなりのことに驚くゴロー。
「もっとも、私が動かせる予算にも制限があるので、見積書を出してもらう必要があるがな」
「あの、殿下……」
「頼むぞ、ゴロー。……ああ、ブルー工房と共同で行うとよい。あとで依頼書を発行しよう」
「……」
サナは黙々とお茶菓子を口に運び、モーガンはひっそりと溜息をついていたのだった。
* * *
王城を辞したゴローたちはブルー工房に向かった。
アーレン・ブルーは秘書ラーナの監視の下、自室で書類仕事に追われていた。
そこへゴローたちが顔を出したものだから、アーレンは大喜び。
「あっ、ゴローさん、サナさん、いらっしゃい! ……ラーナ、お茶をお出しして!」
「……はい」
書類を机の脇に片付けて、応接セットの方へ移動、ゴローとサナにも座るよう促した。
そこへラーナがお茶とお茶菓子を持ってくる。
さっそくお茶菓子をつまみ始めるサナを横目に、ゴローは王城でのことを説明した。
「えええ!? こっちで、飛行機を開発せよと!?」
「ああ。依頼書は明日には発行されるそうだ」
「それはすごいですね……」
ここではっと気が付いたアーレンは、ラーナの方をちらりと見た。
それに気が付いたラーナは微笑みながら小さくため息を吐き、
「はあ、わかってますよ、アーレン様。お受けするんでしょう? ……もっとも、王家からの依頼はほとんど命令と一緒ですけどね」
と、アーレンの心情を察したのだった。
「いいのかい、ラーナ?」
「ええ。アーレン様でなければ決裁できない書類なんてほんの数枚ですからね」
「……え……?」
ラーナの言葉に、アーレンがぴしりと固まった。
「それじゃ……この書類の山は……?」
「もちろん、ちゃんとしたお仕事ですよ。ただ、アーレン様にしていただいたほうが、このブルー工房にとって望ましいので」
「そうなのか……」
例えば、顧客への連絡を、平社員が行うのと社長が行うのとでは受けた側の印象が違ってくる。
これは極端な例であるが、相手のいる仕事というものは、得てしてそういう面があるものだ。
「極力、アーレン様に決裁していただく書類は減らしますから、やりたいことをなさってください」
「ラーナ、ありがとう!」
飛び上がらんばかりに喜ぶアーレン・ブルーであった。
大はしゃぎをしていたので、その後にラーナがぽつりとこぼした、
「……やっぱり、やりたいことをなさっているアーレン様は素敵です……」
というセリフは聞き逃したのである。
「……」
そこでゴローは一計を案じる。
「アーレン、今回の依頼は見積書を提出する必要があるから、構想・設計段階でラーナにも参加してもらったらどうだろうな?」
「ああ、いいと思います。ラーナ、お願いできるかな?」
「ひゃい!?」
いきなり声を掛けられたラーナが、変な声を上げて飛び上がった。
まさか自分に依頼の手伝いの話が来るとは思わなかったのだろう。
「え、ええと、私が、何をできるんでしょうか?」
「見積もりだよ、ラーナ」
「はあ」
「つまり、俺達が大雑把な構想図を描くと、だいたい必要な資材の量がわかる。そうすれば、あとは人件費や諸経費を加えて見積もりができる……だろう?」
ゴローの説明に、ラーナは納得がいった。
「あ、はい。それくらいでしたら」
「よし。それじゃあ、構想が固まったら声を掛けるから、その時は頼むよ」
「わかりました!」
* * *
そしてゴローとアーレンは打ち合わせに入った。
サナはすることがない……と思いきや、一緒に考えている。
「まずは、こんな形の飛行機械を考えている。『謎知識』は『ヘリコプター』って言ってるな」
「ヘリコプター、ですか。……名前はまあ、それでいいですが、どうしてプロペラが重なっているんです?」
「これは2重反転ローターと言って……」
ゴローは説明をしていく。
「つまり、機体が反動で回らないわけですね」
「そう。それから、高速で飛ぶ際に、ローターの左右で対気速度が変わってくると、効率も変わってくるんだ」
「ああ、進行方向に対してローターの左右で変わりますものね。あ、2重反転だとバランスが取れますね!」
「そう。それが利点だ。でもデメリットもある」
ここでサナが発言。
「重くなる。機構が複雑になる。……あと、何?」
「ローターとエンジン部分全体の高さが高くなるな」
「確かに」
「でも、高さは大したデメリットにはなりませんよね? それに、機構が複雑になるとはいっても、さほどとは思えませんし」
「重くなる、といっても材質や構造をうまくやればなんとかなるだろう」
「ですよね!」
こうして、『2重反転式ローター』を備えたヘリコプターの構想は進んでいくのであった。
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次回更新は8月12日(木)14:00の予定です。
20220722 修正
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