08-07 研究開発の日々
この日1日いろいろ試した結果、魔力による通信は、20キルくらいの距離なら可能なところまで漕ぎ着けた。
これはゴローとサナが交わす念話の2倍の距離であるから、まずまず実用的と言える。
「もっと時間を掛ければ、到達距離も伸ばせそうだねえ」
「そうですね、ハカセ」
そういうわけで、こっち(王都)にいるときは魔力通信、向こう(研究所)では魔導ロケット推進の飛行機を研究することにしたのである。
* * *
その日の夜には、また2泊2日……つまり、翌々日の夜に戻ってくる予定で、ゴロー、サナ、ハカセ、アーレンらは『研究所』へと向かったのである。
「もっと速度が出るといいのにねえ」
「いや、十分速いですよ」
「それより王都と研究所を通信で結べたらいいですよねえ」
「……うーん、堂々と飛べたほうがいい、と思う」
「え?」
思いがけないサナの言葉に、他の3人は虚を突かれた思いだった。
「こそこそ研究する必要は、ない」
「ああ、そうだねえ……こうやって『夜中』に移動しているのって、秘密にしているからだものねえ」
「悪いことをしているわけじゃないんですけどね」
結局は『面倒事』を避けるため、ということでこんなことをしているだけ。
つまりは自分たちのため、なのだ。
「それなら……」
ハカセは新たな提案を行う。
「ロケット飛行機ができたら、今度は王都でプロペラ飛行機を作ろうか」
王家も何やら開発しているらしいので、それなら問題ないだろうという主張だ。
「あ、それはいいかもですね」
そちらはおそらく、社会に貢献できる技術開発になるだろう、とアーレンは乗り気だった。
彼らの中で最も独善的で非社会的なのがハカセ。
最も社会貢献を気にするのがアーレン・ブルー。
その中間くらいなのがゴロー。
ほとんどどちらにも無関心なのがサナだ。
そういうわけで、ハカセがそういう気になったことは、アーレンにとっては大歓迎であった。
ゴローとしてはハカセの名前を出さずにどう開発するかを考えないとな、という思考になる。
サナは今のところ我関せず、だ。
頼まれればサポートしてくれるだろうが。かといって薄情なのではない。そういった感情を表に出さないだけだ。
サナが実は家族思いなことを、ゴローはよく知っている。
* * *
そうこうするうち、『レイヴン改』はテーブル台地に到着した。
「お帰りなさいませ、ハカセ」
「ただいま、フランク。『レイヴン改』を頼むよ。……おお寒い寒い」
フランクが出迎えてくれる。
『レイヴン改』をフランクに任せ、ハカセたちは研究所の中へ。
早春とはいえ今夜は少し寒く、寒さに強いはずのハカセでさえ身体が冷えてしまったようだ。もっともゴローとサナは平気だったが。
「ああ、暖かい……」
「今夜はあたしも少し寒かったねえ……」
暖かい研究所の中でほっと一息つくハカセとアーレンであった。
「ハカセ、どうぞ。アーレン様も」
「ああ、ありがとう」
「ありがとうございます……」
戻ってきたフランクが温かいお茶を淹れ、ハカセとアーレンに渡した。
「ああ、あったかい……」
「生き返ります……」
お腹の中から温まった2人はほっと小さくため息をついたのであった。
* * *
「さて、続きだねえ」
落ち着いたハカセが、打ち合わせだけはしておこう、と言い出した。
実際の作業は翌朝からである。
「『風』を使った魔導ロケットエンジンを完成させたいねえ」
「それが課題ですね」
「あとは機体強度を上げて、そっちも完成度を高める、ということでいいでしょうか?」
ハカセはエンジン、アーレンは機体強度。
そしてゴローは機体の完成度を高めるための様々な試験、という担当になる。
「お話の切りがよければ、そろそろお休みください。もう11時になるところです」
「ああ、わかったよ」
そこまで決めたところで、フランクにも言われたので眠ることになったのである。
* * *
翌日は7時起床。
朝食後、試作機をもう一度飛ばし、問題点を見直すことになった。
テストパイロットはもちろんゴロー。
前回飛ばした時のままなので、問題なく飛行試験は終わった。
「で、改めて聞くけど、なにか問題は?」
「そうですね……安定はいいんですけど、運動性が悪い気がします。特に旋回能力が」
「ふうん、なるほどねえ。……で、ゴローの意見は?」
「デルタ翼というのは元々安定がいいんですよ。なので少し下反角を付けてみたらどうかと思います」
左右の安定性を高めるために、主翼を上方に反らせる構造にすることを上反角を付けるといい、矩形翼・テーパー翼を持つレシプロ機はほとんどこれである。
が、ジェットエンジンで推進されるような、後退翼・デルタ翼を持つ機体はその主翼形状から横安定性がよい。
よすぎて運動性能が悪くなることもあり、その場合は下反角を付けて、少し安定を悪くする方法が取られたりするのだ。
「それも『謎知識』かい?」
「はい」
「あとは、小さな先尾翼を付けてみるというのはどうでしょう?」
『先尾翼』とは矛盾した言葉であるが、後ろに付いていた尾翼を前に持ってくる、という意味で『先尾翼』という。
『カナード型』あるいは『エンテ型』と呼ぶ……とゴローの『謎知識』は教えてくれていた。
「うーん、面白そうだね。やってみようか」
「それは僕が担当しますよ。ハカセはエンジンに専念してください」
「それじゃあそうさせてもらおうかねえ」
「夜に報告会を開きましょう」
「ああ、そうしようじゃないか」
というわけで、ゴローはアーレンとともに機体の改造を行うことになった。
「いっぺんに下反角を大きくするのは危険だから、1度ずつ下げていこう」
「わかりました。加工は任せてください。ただ、真っ直ぐだった時よりも主翼付け根の強度が若干下がりますよ?」
「それなら、速度は時速200キルくらいまでに抑えるよ」
「わかりました」
そうしてアーレンが改造した機体を飛行させ、ゴローは結果をフィードバックさせていく。
「もう少し下反角を増やしてみてくれ」
「わかりました」
「ちょっと安定が悪くなったな。1度戻してくれ」
「はい、ゴローさん」
「お、このくらいがよさそうだな」
結局、5度の下反角でいくことになったのである。
* * *
デルタ翼の下反角は5度と決まった。
次は先尾翼のテストである。
「まずは小さいのから始めましょう」
「いいぞ」
影響が小さいと思われる大きさから開始。
ゴローの『謎知識』によると、デルタ翼機に付けた先尾翼は、特に上昇時に効果を発揮するらしい。
というのも、デルタ翼機の昇降舵……『エレボン』(エルロンとエレベーター双方の効果を合わせもつ)は、機首を上に向けようとすると主翼の揚力をそこなう方向に向くのだが、先尾翼を使って機首を上に向ける時はそれが起こらない。
また、デルタ翼で大仰角(進行方向に向かっての主翼角度)をとった際、付け根付近の翼弦が長いため空気の流れが剥離しやすいのだが、先尾翼があると気流を乱し(乱流)、剥離しにくくするため失速を起こしにくい……という。
(ほんと、『謎知識』って謎だよな)
などと頭の片隅で思いながら、ゴローは先尾翼のテストを重ねていくのであった。
おかげで、その日の夕方には、試作機の最適な形状がほぼ見つかったのである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は8月1日(日)14:00の予定です。
20210729 修正
(誤)機種
(正)機首
2箇所修正。
20211125 修正
(誤)この日1日いろいろ試した結果、魔力による通信は、20キロくらいの距離なら可能なところまで漕ぎ着けた。
(正)この日1日いろいろ試した結果、魔力による通信は、20キルくらいの距離なら可能なところまで漕ぎ着けた。