08-03 試作機、試験飛行、フラッター。
検討会の翌日、いよいよ『モノづくりチーム』による飛行機製作が開始された。
試作1号機はアルミ合金のパイプを組み合わせた骨組みに、同じくアルミ合金の薄板を貼り付けたもの。
主翼下面には『亜竜の翼膜』が貼られ、『浮く』ための原動力となる。
全長5メートル、全幅も5メートルのデルタ翼の機体が午前中に形になった。
「やっぱりこの『チーム』だと早いねえ」
ハカセが嬉しそうに言った。
「いえいえ、フランクさんの力と、サナさんのお手伝いあってこそですよ」
アーレン・ブルーが現実を分析して答える。
重量のある部品を組み立てる際、自動人形であるフランクのパワーは非常に有り難かった。
また、サナはサナで、十分に有能な助手であるから、作業が捗るのは当然である。
「ここに、試作の魔導ロケットエンジンを取り付けて、午後には試験できるかねえ」
「今日中にテストできそうですよね」
そんな高効率の開発は、他の誰にもできないであろう……。
* * *
昼食を食べたあとは、休憩もそこそこに魔導ロケットエンジンの取り付けが行われた。
操縦装置や魔力源などを積み込み、重心の調整を行い、準備が整ったのは午後3時。
「できたねえ」
「できましたね」
「これで試験ができますね」
ハカセ、ゴロー、アーレン・ブルーは顔をほころばせた。
見かけの割に軽いので、サナも含めた全員で試作機の機体を持って外へ出す。
テストパイロットはもちろんゴローが務める。
「ゴロー、気をお付け。もう雪がないんだからね。落ちたときのクッションはないんだよ」
「はい、ハカセ」
「ゴローさん、本当に、気を付けてくださいね!」
「任せろ」
「ゴロー、気を付けて」
「うん」
念の為ゴローは『強化』を掛け、身体能力を3倍まで引き上げた。
これにより、墜落の危険が減り、また、もし墜落しても対処できるだろう。
「それでは、『起動』」
ゴローは『亜竜の翼膜』に魔力を流した。
念を入れて重心を調整したので、多少揺れながらではあるが、試作機はゆっくりと浮き上がった。
高度3メルほどで一旦停止する。
「浮きましたよ、ハカセ!」
「落ち着きな。ここまではまあ、想定どおりだよ」
問題はここからだ。
魔導ロケットエンジンを使い、うまく操縦できるか。
「それじゃあ、ゆっくり行きます!」
ハカセたちに聞こえるよう、大声で宣言したゴローは、魔導ロケットエンジンを起動、ゆっくりと出力を上げていく……。
……はずだった。
「うわあ!」
「!!」
最低出力からほんの少しスロットルを開いただけなのに、試作機はバネで打ち出されたかのようにすっ飛んだ。
主翼が生み出す揚力も加わって、斜め上へと上昇。その速度は目測で時速100キルほど。
飛行機としてみたら大した速度ではないが、身構えていなかったところにこれだったので、完全に虚を突かれた形だ。
だが、『強化』3倍を掛けていたことが幸いした。
ゴローも、いきなり飛び出したことに驚きはしたが、その後は冷静に対処できている。
〈サナ、俺は大丈夫だから、みんなを安心させてやってくれ〉
〈うん、わかった。でも、気を付けて〉
〈おう〉
念話でサナに伝えたあと、ゴローは操縦桿を巧みに操って、機体を安定させた。
時速100キルほどで試作機を飛ばしていく。
「うーん、まあ『飛ばせる』って程度だなあ……」
いろいろ駄目な点が出てくる。それこそ、ボロボロと。
「操縦桿が軽すぎる。スロットルの反応がリニアじゃない。機体が軽い分、安定が悪い」
このあたりは、『グライダー』や『レイヴン』を操縦した経験と、『強化』3倍のおかげでなんとかなっている。
「翼端のフラッター(振動、ビビリ)が酷い。機体の微振動は多分これが原因だ」
テーブル台地の上で大きな旋回をし、乗り心地を確認していくゴロー。
「安定が悪い割に、旋回性能が悪い。ラダーとエレボンがマッチングしていないようだ」
機体の癖がわかってきたので、もう少し速度を上げてみようとしたのだが、フラッターが酷くなったので止め、一旦着陸することにした。
が、今のままでは、時速100キル以下にエンジンを絞れない。
そこで魔導ロケットエンジンを切り、『亜竜の翼膜』による浮遊効果と機体の滑空性能とを使って、グライダー的に戻ることにした。
* * *
「ああ、戻ってきた」
「無事ですね。よかった」
ハカセたちのところまで戻ってくる頃には速度も時速30キルほどまで落ち、フラップによるエアブレーキを使うことができたのである。
高速時にフラップやエアブレーキを使うと、十中八九壊れるのだ。
高速時の空気抵抗とはそれほど大きいものである。
なので双発のジェット機では、片側のエンジンのみ逆噴射して速度を落とすことを行う……らしい、とゴローの『謎知識』は囁いていたりする。
速度を殺しきれずに少々オーバーランしたものの、試作機は無事着陸したのである。
「ゴロー、おかえり」
「ゴローさん、無事のお帰り、お疲れ様でした!」
「ゴロー、無事でよかった」
「うん、ただいま」
* * *
試作機を工房へ運び込んだら夕食まで反省会である。
「さてゴロー、話しておくれ……と、その前に、あの加速はなんだい?」
機体うんぬん以前にハカセが確認したいのはそこであった。
それはアーレン・ブルーも同じようで、コクコクと何度も頷いている。
「起動して、アイドリング状態から最低出力に移行したらあれですよ」
「なんだって? それはおかしいねえ……」
「いえ、操縦してみて、スロットルと加速がリニアじゃないことに気が付きましたから」
「ふうん? 魔導ロケットエンジンの出力特性はリニアじゃないってことかい?」
「そうとしか思えません。……『レイヴン』で試した時は、飛行補助だったので気が付かなかったのだと思います」
「なるほどねえ……」
ここからゴローは機体の試験結果について説明を始めた。
その中で、最も問題になったのはフラッターである。
「翼端で振動……ねえ……」
「それが原因で速度を上げられないんじゃ困りますね」
「そうなんだよ」
「原因はなんだろう?」
「気流でしょうかね……」
「空気は目に見えないから厄介だねえ……頼りすぎるのは癪だけど……『謎知識』は何か教えてくれないのかい?」
「ええ、翼端を切り落とせばいいのではないか、と言っていますね」
今の試作機は、デルタ翼ということで、だいたい正三角形の主翼を持っていた。
左右の翼端は三角形そのままに、60度の角度で尖っている。
ゴローの『謎知識』は、その場合翼端で極端に気流が乱れ、フラッターの原因になったのではないか、と言っているのだった。
「じゃあ、どうするんだい?」
「スパッと切り落とすんです」
「ええ!?」
もちろん、『切り落とす』というのは比喩である。
翼端を三角形の頂点とするのではなく、途中から切り落としたようにする、つまり五角形にするわけだ。
これを『クリップトデルタ翼』といい、実際に使われている。
「ただ、それが正しいかどうかは『謎知識』もわからないみたいです」
「全能じゃないのは知っていたさ」
「うーん……」
アーレン・ブルーは考え込んでいたが、
「単に強度不足、ということはないでしょうか?」
と独自の意見を述べたのである。
「その可能性もあるかねえ……」
「ここは実験をして確認でしょうね」
「それは明日だねえ」
そんなこんなで、2日目も暮れていったのである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は7月15日(木)14:00の予定です。
20210711 修正
(誤)このあたりは、『クライダー』や『レイヴン』を操縦した経験と
(正)このあたりは、『グライダー』や『レイヴン』を操縦した経験と
(誤)片側のエンジンのみ逆噴射して速度を落とすこと行う……らしい、
(正)片側のエンジンのみ逆噴射して速度を落とすことを行う……らしい、
20210714 修正
(誤)高度3メートルほどで一旦停止する。
(正)高度3メルほどで一旦停止する。
20211223修正
(誤)ハカセたちのところまで戻ってる頃には速度も時速30キルkmほどまで落ち、
(正)ハカセたちのところまで戻ってくる頃には速度も時速30キルkmほどまで落ち、