01-12 また、いつか
できあがった試着コーナーを見て、ゴローはまあまあ満足した。
ただ1つの不満は鏡である。反射率が低いことと、ガラスの平面度が悪く、少し歪んで映るのだ。
どうやって作っていたか知っているか、とサナに尋ねると、
「金属製の枠に流し込んで作っていた」
と言う答えが返ってきた。
「あー、そうなのか」
その場合、ガラスの平面度は金属板の平面度に依存する。
そして金属板は手で研磨したものであろう。
なので平面度は今一つ……ということになる。
窓ガラスなら問題ないが、鏡となると……。
「でもまあ、これなら実用レベルではあるか」
服装が似合うかどうかの確認であるから、そこまで解像度は必要ないだろうとゴローは妥協することにしたのである。
もう一つは反射率であるが、ゴローの謎知識でも、足りない素材があって今のところは作れそうもなかった。
(水銀もないしな……)
水銀に錫を溶かした錫アマルガムを作り、それをガラスに塗って熱し、水銀を蒸発させることで錫めっきしたガラス=鏡ができるのだが、肝心の水銀がなくては不可能だ。
また、水銀蒸気による中毒も心配であった。
今のところ実現できないので問題ないが。
* * *
「なんか、散財させて申し訳ありません」
と謝るゴローだったが、
「いいよいいよ。それ程お金に困っているわけじゃないし、これでお客さんが増えてくれれば嬉しいしね」
と、ディアラは何でもないと笑って言った。
が、ゴローはなんとなくすっきりしない。
それで色々考えていたが、
「……そうだ!」
と呟いて、再び店の裏に積んである薪のところへ行くと、またしても木を削り始めた。
「ゴロー、またマネキン?」
とサナが尋ねると、
「いや、違うよ」
と答えるゴロー。そして
「できてからのお楽しみ」
と告げ、黙々と木を削っていく。
例の『小型ナイフ』も使い、細かな細工も施していくゴロー。
「あ、これ……」
「できた」
最終的に頭、腕、足を胴体にはめ込み、さらに台座に固定すれば完成だ。
「おにいちゃーん、おねえちゃーん、ごはん……あたし?」
そこへ、食事の準備ができたと呼びに来たライナが目を丸くした。
そう、ゴローが作っていたのはライナそっくりの人形だった、原寸大の。
「看板娘だよ」
「看板娘?」
「そう。この子に『いらっしゃいませ』とかなんとか書いた札を持たせたり、『本日は特売日です』とか『明日はお休みします』とか、そういった情報札も持たせたりと、使い道は色々あると思う」
「……へえ、うまいもんだねえ」
そこに、戻ってこないライナを訝しんでディアラもやって来た。
「ライナちゃんをモデルにした看板娘です」
「服を着せてやれば可愛くなりそうだね」
あまりリアリティを追求するのもどうかと、目は木を削ったままだし、色も塗っていない。
そのあたりはディアラに任せようとゴローは思っていた。
* * *
「しかし、服を買いにきたはずだったのに、いろいろやってもらっちゃったねえ」
食事後、ディアラはしみじみと言った。
「人の縁って不思議なものだねえ」
「そうですね……」
ゴローも同感である。なぜか、いろいろな人と会って別れて、を繰り返してきたような気がするのだ。
「ゴロー君はときどき幾つなのかわからないときがあるねえ」
「自分でも不思議です」
「おにいちゃん、おじちゃんなの?」
ライナもそんなことを言うが、ゴローとしては苦笑するしかなかった。
* * *
その夜、ゴローとサナは、念話で会話をしていた。
〈明日の朝、発とうか〉
〈うん、ゴローがいいなら〉
〈思っていたより長居したからなあ〉
〈でも、嫌じゃなかった〉
〈うん、それは同感だ〉
初老の女性、ということで『ハカセ』を思い出せるからだろうか、とゴローは推測してみる。
〈それだけじゃない……気もする。うまく言えない、けど〉
〈ああ、わかるよ〉
居心地が、本当によかったのだ。
〈でも、まだ旅は始まったばかりだしな〉
〈うん〉
夜は更けていく。
* * *
翌日、朝食後に、ゴローは今日旅立つことを告げた。
「うん、そうだろうと思ったよ。……シクトマの町に行ったら、これをあたしの息子夫婦に渡してもらえるかい?」
ディアラはそう言って折り畳んだ羊皮紙を差し出した。手紙のようだ。
「あたしたちは元気でやってる、ということと、たまには帰ってこい、くらいのことが書いてある手紙さ」
宛名は『モーガン殿・マリアン殿』となっていた。これがディアラの息子夫婦の名前なのだろう、とゴローは察した。
「ええー? おにいちゃんとおねえちゃん、でていっちゃうの!?」
「うん、……ごめんね」
「そんなのやだー!」
ゴローとサナが旅立つと告げたところ、案の定、ライナは嫌がった。
「これライナ、お姉ちゃんとお兄ちゃんは旅の途中なんだよ。いつまでもここにいられるわけじゃないんだから、無理言っちゃ駄目だよ」
「だって……だって……」
目に一杯涙を溜めたライナは、サナとゴローの服の裾を掴んだ。
「いっちゃやだよう……」
そんなライナを、サナは抱き締めた。
「ごめんね……ごめんね……」
「おねえちゃあん!」
ライナはサナの胸に顔を埋めて泣きじゃくる。
面食らったサナは助けを求めるようにゴローの方を見る。
が、ゴローにしても、こうした場合どうすればいいのか皆目見当が付かない。
結局、助け船を出してくれたのはライナの祖母ディアラだった。
「ライナ、あまりわがまま言うんじゃないよ。お兄ちゃんとお姉ちゃんは、ライナのお父さんとお母さんのいる町へ行くんだから」
「……おとうさんとおかあさん、の……?」
「そうだよ」
どうやら、両親がいる町へ向かうのだと説明されることで、ライナの中では何となく納得がいったらしい。
「……そうなんだ」
「ごめんね……」
サナは謝ることしかできない。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃなライナの顔を、ディアラがハンカチでそっと拭った。
「だから、お兄ちゃんとお姉ちゃんをちゃんと見送ってあげないとね」
「うん……」
ディアラからの説得が功を奏し、渋々……嫌々ながら、ライナはサナを解放した。
「おねえちゃん、おにいちゃん……さよなら」
ゴローはそんなライナの頭を撫でる。
「またね」
次があるのかないのかわからないが、ゴローは『Good bye』ではなく『See you again』を選んだのだった。
「……うん」
ライナはスカートの裾をぎゅっと握りしめ、こぼれそうな涙をぐっと堪えているのが、ゴローにも丸わかりだ。
これは逆に、ぐずぐずしている方が残酷だと判断し、ゴローは殊更に明るく挨拶をする。
「お世話になりました。それじゃあ」
「……ありがとうございました」
「ああ、気を付けてお行き」
「はい、それじゃあ、お元気で」
挨拶を交わし、背嚢を背負った2人は古着屋に背を向ける……と、ディアラが思い出したように声を掛けてきた。
「ゴロー君、あんたは自分が何者かわかっていないみたいだねえ。それを見つけるための旅を続けるといいよ」
「はい」
短く答えたゴローは一瞬だけ振り返って軽く手を振ると、すぐに前を向き、振り返らずに歩いていくのだった。
* * *
そしてジメハーストの町を出た2人はまた南を目指して歩き出した。
「随分懐かれてたな」
「うん。わけがわからない。困る」
面食らったサナも新鮮だったな、とゴローは思い出した。
「……何?」
「い、いや、なんでも」
サナが何やら気付いたような視線を寄越したので、ゴローは慌てて考えを打ち消した。
そして誤魔化すように声を掛ける。
「また2人旅だな」
「うん」
2人は朝の光の中、街道を南へ南へと歩いていくのであった。
「スイカ、食べたかった……買ってくればよかった」
「割れるからやめろ。割れたら汁が垂れてえらいことになる」
「むぅ」
そんな会話をしながら……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は8月4日(日)14:00の予定です。
20190801 修正
(旧)そしてジメハーストの町を出た2人はまた南を指して歩き出した。
(新)そしてジメハーストの町を出た2人はまた南を目指して歩き出した。
20200605 修正
(旧)「スイカ、買ってくればよかった」
(新)「スイカ、食べたかった……買ってくればよかった」