08-02 検討会、紛糾
飛行機の形状に悩むハカセたちのところへ、フランクがお茶とお茶菓子を持ってやって来た。
「サナ様が仰ってます。『疲れた時は甘いものがいい』と」
「ああフランク、ありがとうよ」
「ありがとうございます」
「ありがとう」
甘めの紅茶を飲み、ハカセとアーレン・ブルーは、ほう、と息を吐いた。
「以前話した気もしますが、やっぱり『万能型』は難しいと思うんですよ」
ゴローが改めて切り出す。
「大勢乗れて、速度も速くて、荷物も積め、航続距離も長い。目標としてはいいんですが、いきなり目指すと、いつまでも何も決まらない気がします」
このゴローの言葉に、ハカセは頷いた。
「うん、確かにねえ」
「欲張り過ぎちゃだめってことですよね」
アーレン・ブルーも同意してくれる。
「まずは試作機を作るところから始めましょうよ」
「そうだねえ」
「そうですね」
サナの意を汲んでフランクがお茶を持ってきてくれたおかげで、ゴローの頭の中が整理され、おかげで熱くなっていたハカセとアーレンの頭も冷えたようだった。
「でも、最低限の要求はあると思うよ?」
「それは当然ですね。でもまずは試作機からでしょう」
そういう風に話はまとまり、まずは『魔導ロケットエンジン』専用の試作機を作ることになったのである。
「さて、仕切り直しだよ」
ここで、いつの間にかやって来て黙ってお茶菓子をつまんでいたサナが口を開く。
「ゴロー、ゴローは、『浮く』と『進む』を切り離したほうがいい、と言った」
「え? ああ、うん」
サナからの突然の言葉に一瞬だけ面食らったゴローだが、すぐに頭を切り替える。サナはさらに言葉を続けた。
「私は、もう1つ、そこに加えるべきだと、思う」
「もう1つ?」
「そう」
ここでサナは右手に持ったお茶菓子を口に運び、咀嚼してから再度口を開く。
「魔力が切れてもすぐには落ちない、飛行機」
「あ……そうか!」
今の飛行機……『レイヴン』は、確かに『浮く』と『進む』は分離されている。
が、どちらも魔力を使っているわけで、もしその魔力が切れたら、墜落は必至だ。
「初心にもどれ、か」
「うん」
最終的にグライダーとして滑空できれば、墜落の憂き目を見ずに済む……かもしれない。
もっとも、グライダーとして滑空できるような機体だと、高速化は難しいのであるが……。
「そこは、ゴローたちが考えること」
そう言い切って、サナは最後のお茶菓子をつまんで口に入れたのだった。
* * *
飲み終えたお茶のカップと、空になった菓子器を片付けて、ゴローたちは本格的な討論に入った。
「サナの言ったことを踏まえると、機体の基本構成はこんな感じになりそうです」
ゴローは紙の上にイメージスケッチを描いて見せた。
「ふうん、これも『謎知識』かい?」
「はい」
「面白い機体ですね」
ゴローが描いたのはデルタ翼機だ。
「低速から高速まで結構幅広く適応するようだし」
もっとも、低速時には大きな迎え角が必要になるので、抗力が大きくなるという欠点があるが、今回の目的には反しない。
「そうだね、滑空する必要があるということは、不時着が目的なんだからねえ」
機体が正常なら、『浮く』機能を使って短距離滑空もしくは垂直着陸ができるはずなのだから。
「ゴローさんの言う『でるたよく』で試作してみましょう」
そういうことになったのである。
* * *
「まあ、イメージはこんなんだよ」
ゴローはそう言って、すっと手を前に押し出した。
「お、飛んだ飛んだ!」
「これはすごいですね!」
ゴローは折り紙飛行機を折って飛ばしてみせたのである。
デルタ翼のイメージを掴むには丁度いいと思ったのだ。
「これを元にした機体作りかい……それでさっきの絵になるんだね」
ゴローが描いてみせたのは『タイフーン』と呼ばれる戦闘機によく似たデザイン。
これはまた、『マルチロール機』として開発されたため、最終的に多目的用途を目指すゴローたちにとっても向いているのではないか、という考えもあった。
『マルチロール機』とは、装備を変更することによって戦闘、各種攻撃、偵察などに使える戦闘機のことで、多用途戦闘機とも呼ばれる。
そういうわけで、多目的とは言っても、ゴローたちの意図とは少々異なるのであるが……。
「主翼と機体の比率は実験をして詰めていきましょう」
「それしかないねえ」
「ええと、『浮く』『進む』『滑空する』の3つの機能を持たせるんですよね?」
「アーレンの言うとおりだな」
「そうすると、『進む』は魔導ロケットエンジンですから、『浮く』と『滑空する』の研究がメインですね」
「確かにそういうことになるな」
「『浮く』の原理解明はサナに任せるとして、垂直離陸するために必要な魔力量とか亜竜の翼膜とか決めていきたいですね」
「そうだねえ。いずれにしても実験の繰り返しになるかねえ」
「試作機といっても実験機ですから、拡張性をもたせた構造にしましょう」
あとから大幅に手を加えられるようにしたい、とゴローは言ったのだ。
「そうだねえ。それにはやっぱり金属製の機体にしたいねえ」
金属製であれば、継ぎ足しが自由にできるが、木製や亜竜の骨では、そうもいかないのである。
「アルミニウム合金ですね」
「アーレンの出番だねえ」
「任せてください」
今やハカセも『アーレン君』とは呼ばなくなった。
『モノづくりチーム』、いよいよ始動である。
まずは必要なインゴット製作を、ハカセ、アーレン、フランクが行う。
ハカセとアーレンが鉱石から精錬し、フランクはアルミニウム鉱石やできあがったインゴットの運搬だ。
そしてゴローは機体の設計である。
* * *
結局、その日の夜まで掛け、双方ともまあまあ納得のいく成果を出すことができたのだった。
「お疲れさま。お風呂、沸かしておいた」
「ああ、それはありがたいねえ」
気を利かせたサナに労われ、ハカセとアーレンは交替で入浴し、心身の疲れを癒やしたのである。
そして夕食は、持ってきた食材を使ってのちょっと豪華な食事。
ミディアムに焼いたステーキは塩コショウで味付けされ、素材の旨味を十二分に堪能できる。
野菜たっぷりのシチューは具材がとろけそうなほどに煮込まれ、胃にやさしい。
ジャガイモとベーコンのグラタンはチーズたっぷり。
サナのリクエストで、甘〜い煮豆。
氷属性魔法で瞬間冷凍した野菜を使ったため、新鮮そのもののサラダ。
そしてなぜかいなり寿司。
「美味しいねえ。フランクも料理がうまくなったね」
「ありがとうございます」
「いなり寿司も美味しいよ」
「ご教示ありがとうございました」
「ん、煮豆、甘い」
「それはようございました」
「こんな凄い自動人形って初めてですよ」
「お褒めいただき、ありがとうございます」
そうして和やかに夕食は終わり、その夜はもう作業はせず、ゴローおすすめの『はちみつレモン』を飲みながら雑談に興じる。
「思ったとおりの飛行機ができたら、エルフの国にも行ってみたいですねえ」
「うーん、あたしは遠慮したいかねえ」
「なんでです? 気になりませんか?」
「気にならないと言っちゃ嘘になるけどねえ……」
「ゴロー、それもいいけど、『ミツヒ村へ行ってみたい』」
「あ、そうか……『樹糖』の買付もしたいしな」
「うん」
「ミツヒ村ってなんですか?」
「なんだかさ、隠れ里っぽいところで、『樹糖』が手に入りそうなんだよな」
そんな話題でテーブル台地の夜は更けていくのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は7月11日(日)14:00の予定です。
20210708 修正
(誤)「それしかないねえ
(正)「それしかないねえ」
(誤)「思っとおりの飛行機ができたら、エルフの国にも行ってみたいですねえ」
(正)「思ったとおりの飛行機ができたら、エルフの国にも行ってみたいですねえ」
(誤)「なんださ、隠れ里っぽいところで、『樹糖』が手に入りそうなんだよな」
(正)「なんだかさ、隠れ里っぽいところで、『樹糖』が手に入りそうなんだよな」