08-01 モノづくりチーム
夜の9時。
「う、うわあああああああああああああ!」
闇の中に絶叫が響き渡った。
アーレン・ブルーである。
星空の下を飛んでいく1つの影。
『レイヴン』である。
「………………」
「ようやく落ち着いたようだねえ」
「ぜえ、ぜえ……」
大きく肩で息をするアーレン・ブルー。
その様子を生温かい目で見守るハカセ。
サナは我関せずと『純糖』を齧り、ゴローはひたすら操縦に神経を集中していた。
「まあ、あんたのような反応が普通なんだろうねえ」
「い、いえ、実は僕、高いところが苦手なので……」
「……そうだったのかい」
アーレン・ブルーは高所恐怖症だった。
「とはいっても、家の3階くらいなら平気なんですが、塔の上くらいになるとちょっと……」
「ああ、なるほどねえ」
『レイヴン』が飛んでいるのは高度500メートルくらい。こうなると、さすがに怖くなるらしい。
しかも高い建物と違い、浮遊感はあるわ揺れを感じるわ風も感じるわで、飛び上がった瞬間はパニックだったという。
「そんなんで、よく一緒に行くって言ったねえ」
「……いえ、ここでついて行かなかったら一生後悔しそうな気がして」
「やっぱりあんたも製作馬鹿だねえ」
ハカセとそうした話をしていると気が紛れるのか、アーレンも次第に落ち着きを取り戻してきた。
そして。
「ハカセ、このロケットエンジンを補助推進に使ったおかげで、そろそろ着きますよ」
「へえ? 思ったより早かったね」
「はい。1.5倍くらいの速度が出ましたから」
「優秀だねえ」
「単純に最高速度を上げるならいいですね」
ただ『レイヴン』でこれ以上速度を上げるなら、機体の補強も必要だ、とゴローは言った。
「うーん、さすがに設計をやり直したほうがいいねえ」
「俺もそう思います。……あ、着きましたよ」
そして『レイヴン』はテーブル台地への着陸を行った。
* * *
「……ここが研究所ですか……寒っ」
アーレン・ブルーはぶるっと身を震わせた。
「まだ寒いからねえ。さあさあ中へお入りよ」
体質的にハカセは寒さに強いし、ゴローとサナは人造生命なのでもっと寒さに強い。
厚着をしてきたアーレン・ブルーだったが、着陸して気が緩むと、急に寒さを感じたのであった。
研究所の中は厚い岩壁に囲まれ、1年を通じて温度変化が少なく、まあまあ快適と言えなくもない。
「それじゃあ、アーレン君はこの部屋を使っておくれ」
「お世話になります」
ハカセはアーレン・ブルーに部屋を割り当て、ゴローとサナはフランクと協力して荷物を下ろしている。
食料と調味料、それにいくばくかの素材、それに生活用品である。
* * *
そうした作業が済んだあと、ハカセ、ゴロー、サナ、アーレン・ブルーの4人で乾杯をする。
「乾杯!」
「これからよろしくお願いしますね」
「こちらこそさね」
「……で、ハカセさん、こちらの方はどなたです?」
アーレン・ブルーはフランクを見ながら尋ねた。
「ああ、フランクって言ってね、助手を務めてくれる『自動人形』さね」
「お、自動人形!? ですか?」
「なかなかいいできだろう?」
「いい出来と言いますか……」
初めて見ましたよ、とアーレン・ブルーは言った。
「自動人形ってあまり使われないのかねえ?」
「す、少なくとも王都では見たことなかったです」
「ドワーフは結構使っているんだよ?」
「そりゃ、ドワーフは生産に特化した民族ですから……」
「そういうもんかねえ」
「そういうものです」
どうやら、アーレン・ブルーは、製造担当というだけでなく、貴重な常識担当にもなってくれそうだ、と傍で聞いているゴローは思ったのであった。
その晩は、フランクに叱られるまで談笑していた一同だったが、なんとか日付が変わる前には床に就いたのだった。
もっとも、睡眠が必要なのはハカセとアーレン・ブルーの2人だけなのだが。
* * *
翌朝。
朝食もそこそこに、『モノづくりチーム』は打ち合わせを始めた。
まずは、なんといってもアーレン・ブルーの教育である。
いっぺんには無理だが、基本的な知識は共有していないと今後の作業に影響が出る。
まずは『飛行機』について。
『グライダー』系の飛行機の説明に1時間。
『レイヴン』系の飛行機に1時間を費やした。
そして関連する『科学的』知識に1時間。
ハカセの研究の成果の説明にまた1時間。
アーレン・ブルーは職人気質なので、わからないところはそのままにし、理解できるところから知識を蓄えていくタイプ。
わからないところはそのうちわかるだろう、というわけだ。
実際、そういうことはよくあるので、ハカセもゴローも何も言わない。
必要に応じてまた説明すればいいや、くらいに思っているのだった。
そういうわけで、午前中いっぱいを使い、アーレン・ブルーの基礎教育は終了。
昼食を挟んで午後から、本格的な『ロケットエンジン』とそれを搭載した『飛行機』の検討に入ることになった。
* * *
「俺とハカセとしては、『浮かぶ』ことと『進む』ことは切り離して考えたいんだよ」
「わかります。僕もそれがいいと思います」
『グライダー』から派生した飛行機の系統は、失速……つまり速度が落ちすぎると、揚力=浮力を失って墜落してしまう。
飛ぶためには、常に進み続けないといけない、という『縛り』は好きになれないハカセとゴローであった。
「虫や鳥だって、空中で静止できますものね」
ハチやスズメガなどの一部の昆虫や、猛禽類やヤマセミ、ハチドリなどの鳥類は、ホバリングと呼ばれる、空中での静止ができる。
もちろん『亜竜』も……。
飛行機もそうあるべきだというのが『モノづくりチーム』の総意であった。
「それで、『浮く』ために『亜竜の翼膜』を使っているんですね」
「そういうことさね」
「うーん、その翼膜の仕組みを解明できればいいんですけどね」
「そのとおりだねえ。だから、飛行機を作りつつ、原理も解明できればいいと思っているよ」
浮く原理は大体わかっているのだが、その効果がどのようにしてもたらされているかが不明なのだ。
とはいえ、第1目的は『飛行機』であり、原理解明は二の次である。
「わかっています」
「浮く原理の方はサナに研究してもらおうと思っているんだよ」
「サナに、ですか」
「あの子はあたしの助手を長年務めてくれていたからね。信頼できるよ」
「そうですよね」
とにかくこういう役割分担ができあがったわけである。
続いて『モノづくりチーム』は飛行機の検討に入る。
「まずは『飛行機』の形状を決めたいねえ」
「形状ですか?」
ハカセの提案にアーレン・ブルーが尋ね返した。
「そうだよ。形状は、ほれ、『空気抵抗』に影響するからね」
「ああ、『空気抵抗』が大きいと速度が出ませんからね」
「そうそう」
午前中の簡易教育で、アーレン・ブルーもなんとか話に付いてくることができている。
「つまり、『りゅうせんけい』にする必要があるわけですね」
「そういうことになるねえ」
「……『浮く』ためには、平面形状はある程度の面積が必要ですよね」
ゴローが言った。
「そうだねえ。で、空気抵抗を減らすためには『薄く』するのかねえ」
「それも1つの手ですね」
「安定性はどうなんでしょう? 安定性がいいけれども、何かの拍子にひっくり返ったら元に戻らない、というのは困りますよ」
「おお、アーレン君、なかなかいい意見だねえ。確かに、復元力、というのも必要か」
アーレン・ブルーが主張した内容を、わかりやすく船で例えると、こうだ。
平たい板を水に浮かべることを考えてほしい(船というより筏であるが)。
非常に安定性がいいことは想像していただけるであろう。
が、これが何かの外力で裏返ったらどうなるか(この筏を裏返せるということはかなり大きな力である)。
その外力がもう一度加わらない限り、裏返ったままであろう。
そういうことだ。
また、安定性がいいということは、運動性が悪いということにもつながる。
「難しいねえ……」
「ですね……」
『モノづくりチーム』の挑戦は、まだ始まったばかりだ。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は7月8日(木)14:00の予定です。
20210704 修正
(誤)始めて見ましたよ、とアーレン・ブルーは言った。
(正)初めて見ましたよ、とアーレン・ブルーは言った。
20210705 修正
(誤)そして『レイヴン』はテーブル大地への着陸を行った。
(正)そして『レイヴン』はテーブル台地への着陸を行った。