07-38 交通ルール
さて、翌日。
ゴローは朝から一人悩んでいた。
それを見かねたサナが声を掛ける。
「ゴロー、どうしたの?」
「うん……ちょっとな……」
「ちょっと、なに?」
「……自動車の危険性について」
「危険性?」
「うん……」
「ちゃんと説明、して」
「……わかった」
サナに詰め寄られたゴローは、悩んでいる内容を説明し始めた。
「自動車事故をできるだけ減らす必要があると思っているんだ」
「事故?」
「例えば自動車同士の衝突や、歩行者をはねる、というような」
他にもハンドルを切り損なって何かにぶつけたり、水に落ちたり……という可能性もある、とゴローはサナに言った。
「うん、言いたいことはわかった」
「俺やサナの反応速度だったら、あまり心配しないんだが、普通の人間が運転したらなあ……」
今でも……これは馬車だが、曲がり角などで出会い頭に人をはねる、という事故が年に数件ある。
また、馬が暴走して馬車が横倒しになる事故も極稀にだが起こっていた。
「今のところ、自動車は王家とうちにしかないけどさ」
だからこそ、今のうちに法整備をしておいたほうがいいんじゃないかと思う、とゴローは結んだ。
「うん、いいと思う。だったら、何を悩んでいるの?」
「いや、そうしたことは王家にやってもらうことになるんだろうけど、俺なんかが口出ししていいのかなって」
「……それは、口出しとは言わない」
「サナ?」
サナの雰囲気が少し変わった。
いつもは見せないような真面目な顔をしたサナは、ゴローに告げる。
「王家は国民の命と財産を守る義務がある。そして国民は国に忠誠を捧げ、よりよい社会を築く義務がある」
「……」
「まあ、理想論、だけど」
「おい」
再びいつもの雰囲気に戻ったサナ。
「思いついたのなら、紙にまとめて奏上すればいい。取り上げるのも却下するのも王家の判断。……却下するならその程度、ということ」
「おい」
ちょっとだけ毒を吐いたサナにツッコミを入れたゴローは、
「そう……だな。言うだけは言ってみようかな」
「うん、それがいい。……何ならモーガンさんに託すのがいい、かも」
「ああ、そういう手もあるか」
王族……特にローザンヌ王女やクリフォード王子に信頼されているモーガンに頼めば、無下に却下されることもないだろうとゴローは思った。
実際は、ゴローもかなりの重要人物になっているのだが、生憎と自覚がなかったりする。
紙に要点を書き出したゴローは、さっそくモーガンの家へと向かった。
『試作2号車改2』に乗って。
* * *
「おお、ゴロー、よく来たな。今日は1人か?」
「はい。ちょっと、モーガンさんに相談がありまして」
「ん? 何だ? まあ、中に入れ」
「はい、それではお邪魔いたします」
モーガンに招き入れられたゴローは居間へと通された。
そこにいたモーガンの妻、マリアンが喜ぶ。
「まあまあ、ゴローさん、いらっしゃい。今日はサナさんは? 一緒じゃないの?」
「ええ。今日はちょっと、モーガンさんにお願いがありまして」
「あらあら、そうなの? それじゃあ私は引っ込んでいるわね」
「あ……」
別に秘密にするようなことではないのでここにいてもらって構わなかったのだが、マリアンは気を利かせて居間を出ていってしまった。
……と思ったら、飲み物を持って戻ってきた。
「ゴローさん、紅茶でいいかしら?」
「あ、お構いなく」
「あなたはストレートの紅茶ね」
「おう」
ゴローとモーガンの前にティーカップを置いたマリアンは、今度こそ居間から出ていったのであった。
「……ええと、自動車に関する決まりごとについてなんです」
「ふむ」
「例えば、自動車は原則として道路の左側に寄って走る、と決めるんです」
「それはなぜだね?」
「正面衝突を避けるためです」
「衝突?」
「はい」
ゴローは詳しい説明を行う。
今はいいが、自動車が増えてきた場合に、走る上でのルールを決める必要があることを。
「ふむ、左側通行に交差点での一時停止、それに町中での速度規制か」
「はい」
いきなりたくさんのルールを設けても、守られなければなんにもならないので、基本中の基本をゴローは提案したのである。
これが定着したら、次の段階へ移行すればよい。
そもそも、『自動車』の普及はそこまで急激ではないだろうし。
「なるほどな。で、私はこれらを王女殿下を通じて奏上すればいいのだな?」
「あ、はい。そうなんです。ありがとうございます」
「わかった。任せておけ」
訪問した理由を察してくれたモーガンに、ゴローは感謝した。
それからも幾つか助言を説明したゴローは、お昼を食べていかないかというマリアンの誘いを断って、サナたちの待つ家へと戻ったのである。
* * *
家に帰ると、マリーとサナが出迎えてくれた。
マリーはゴローに会釈し、
「お帰りなさいませ。もうすぐお昼の支度ができます」
と告げて厨房へと戻っていった。
そしてサナは首尾を尋ねてくる。
「おかえり、ゴロー。モーガンさんは、いた?」
「うん。代わりに奏上してくれるってさ」
「それは、よかった」
「うん。これで後顧の憂いがなくなったよ」
後顧の憂いとは少々大袈裟ではあるが、数日家を空けるつもりもあったので、そうしたフォローをしておきたかったゴローなのである。
* * *
「おかえり、ゴロー。サナから聞いたよ。交通ルールだって?」
ハカセもまた、ゴローの首尾が気になるようだった。
「あ、はい」
「それも『謎知識』なのかい?」
「そうなりますね」
「ふうん。でもいいことだと思うよ。せっかく開発した自動車だからね、普及してくれると嬉しいからねえ」
「そうですよね」
自分の名誉や名声には無頓着なハカセであったが、開発品が人の役に立つ、ということはやはり嬉しいようだ。
「さあ、どうぞ」
「おまたせしました」
そこへ、ルナールとマリーが昼食を運んできた。
「お、美味そうだ」
焼き立てのパンに、コーンクリームスープ、プレーンオムレツ、ハチミツ入りのホットミルク。
パンには、梅ジャム、イチゴジャム、メープルシロップ、ハチミツのいずれかを自分で塗って食べることになる。
ゴローは梅ジャムとイチゴジャムを。
サナは梅ジャムとメープルシロップ、それにハチミツを。
ティルダはイチゴジャムとハチミツ。
ハカセは梅ジャムとメープルシロップを、それぞれ選んだ。
「うん、美味い。スープもいい味だな」
「おそれいります」
頭を下げるルナール。どうやらスープは彼が作ったようだった。
「オムレツも美味しいねえ」
「ホットミルクも美味しいのです」
ハカセとティルダも美味しい昼食を楽しんでいた。
* * *
「さてと、ゴロー。準備はいいかい?」
「はい、ハカセ」
昼食後、中庭に『レイヴン』を引き出し、点検を行っていくハカセとゴロー。
「この機体はこの機体で使い途があるからねえ」
「そうですね」
新しい飛行機を開発するからといっても、古い機体を残しておいてはいけないわけではない。
こちらはこちらで使い勝手はいいのだから。
「ゴロー様、食料の積み込みは終わりました」
「ああマリー、ありがとう」
研究所には食料がほとんど残っていなかったので、数日にせよ過ごすのなら食料を持っていかなければならないのだ。
「砂糖はまだ残っているけど、小麦粉が底をついているはずだしねえ」
そういうわけで、数日分の食材を持っていくことにしたのである。
西の空は夕日に赤く染まり、翌日の晴天を約束してくれるようであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は7月4日(日)14:00の予定です。
20210701 修正
(誤)無碍に却下されることもないだろうとゴローは思った。
(正)無下に却下されることもないだろうとゴローは思った。
(誤)他にもハンドルを切り残って何かにぶつけたり、水に落ちたり……
(正)他にもハンドルを切り損なって何かにぶつけたり、水に落ちたり……