07-37 城外ドライブ
ハカセの『研究所』を教えてもらうことを希望したアーレン・ブルー。
その代償は『成果の肩代わり』。
つまり、ハカセの……ハカセたちとの発明品・開発品を『ブルー工房』のものとして世間に発表してもらう、という条件だ。
「僕も仲間に入れてもらえるなら、お安い御用ですよ!」
意気込むアーレン・ブルーだったが、そんな彼をゴローが落ち着け、と制する。
「……多分苦労するのはラーナだからな?」
「あ、そ、そうですね……」
裏方……というか、事務関係、折衝の類は全てラーナが取り仕切っているのである。
ラーナはドワーフで、種族特性として一芸に秀でており、それがたまたま事務仕事だったのだ。
問題なのは、ドワーフの成人年齢が60歳なのに対し、彼女はまだ50歳なのである。
現代日本人でいうと高校生くらいだ、といえよう。
「あまりラーナの負担を増やすのもなあ……」
「そうですね……かといって事務員を増やすというのも……」
ゴローとアーレンはちょっと悩んでいる。
そこへハカセが助言を行った。
「いや、これから『ブルー工房』はもっと発展するだろうから、今のうちに優秀な人材を入れておくほうがいいと思うよ?」
「ああ、そういう見方もありますね。でもそうすると、信頼できる人でないと困りますよね」
「まあそれはそうだねえ」
『ブルー工房』には門外不出の機密も多い。そうしたものを外部に漏らしたりしない、信用できる人材がほしい、とアーレン・ブルーは言っているわけだ。
「あ、それじゃあさ、重要な部分はこれまでどおりラーナにやってもらうことにして、そうじゃない部分を他の誰かに任せてしまう、というのは?」
「ゴローさん、それいいです! それならできそうです。去年入った事務員でもできそうなものを任せてしまうようにしましょう」
ゴローの提案にアーレンは大乗り気である。
「そうしたら、今日は納車ですので……明日中にはそうした引き継ぎを終わらせてしまいますから!」
「ああ、明日の夜、うちに来てくれ」
「わかりました! 何か用意するものはありますか?」
「そうだな……2、3泊できるような支度くらいだな」
そんな話し合いを終え、ゴローとハカセは屋敷に帰ったのであった。
* * *
「順調だねえ」
屋敷に戻ったハカセは、マリーが淹れてくれたお茶を飲み、寛いでいる。
「……」
だがゴローは、ちょっと考え込んでいた。
「どうしたね、ゴロー? 何か悩み事かい?」
「いや、ハカセ、ちょっと気になることが」
「何だい? 話してごらん」
「いや、今日納車ということは……」
そこへ、ルナールが文字どおりすっ飛んでやって来た。
「お、王女殿下がお見えです」
「……と、なるだろうな、と」
「ああ、なるほどね」
ハカセは屋敷深く身を隠し、ゴローは急いで玄関へ。
「おお、ゴロー、しばらくだな」
そこには満面の笑みを浮かべたローザンヌ王女がいた。
隣には少し疲れた顔のモーガンが。
「ようこそお出でくださいました、殿下」
「おいおいゴロー、今更他人行儀だな」
「とは申しましても、一応は建前ですので」
「ふふ、そこで建前と言ってしまえるのはゴローだな」
そこでローザンヌ王女はにこっと微笑んだ。
「まずは礼を言おう。素晴らしい自動車を作ってくれて、大儀であった」
「おそれいります」
「で、だ。試し乗りをしたい。付き合ってくれるな?」
「はい、仰せとあれば」
付き合ってくれるか、という質問ではなく付き合ってくれるな、という確認なのがいかにもローザンヌ王女らしい。
「では、運転は任せる。私は『助手席』に、モーガンは後部座席、で頼む」
「わかりました。……あ、もうすぐお昼時ですが、食事はどうします?」
「む? そうだな……どこか、王都の外で食べてみたいものだが……」
「でしたら、軽食を用意しますので、少しお待ちいただけますか?」
「頼む」
王女の背後に立つモーガンが苦笑いしながら、『済まんな』と言わんばかりの目配せをしていた……。
* * *
それから20分。
マリーとルナールが用意してくれた『焼きおにぎり』と『お茶』を持って、ローザンヌ王女の専用車は走り出した。
運転手はゴロー、助手席にローザンヌ王女、そして後部座席に護衛のモーガンを乗せて。
真っ赤な自動車はよく目につく。
その車体には王家の紋章が金色で描かれており、出会った者たちは頭を下げて見送った。
「おお、よい乗り心地だな!」
王女用ということで、乗り心地には特に気を使ったため、ゴローたちの『試作2号車改2』よりももう少し乗り心地はいいようだ。
そのまま西門をくぐって外へ。
西に続く街道を走っていくことにした。
「おお、速いな!」
こちらの街道にしたのは、路面が比較的平らで走りやすいからだ。
おかげで、時速25キルほどは出ている。
「馬車よりも速く、乗り心地もいい。気に入ったぞ! ……うむ、この車を『赤い薔薇号』と名付けよう!」
「は、はあ」
テンションの高いローザンヌ王女。ゴローは少しだけ引いている。
だが、それだけ自動車を気に入ってくれたということでもあり、その点は素直に嬉しいと思うゴローであった。
* * *
「速かったなあ……うむ、美味い」
モーガンは感心しながら焼きおにぎりをパクついている。
昼食を食べているのは、ジャンガル王国へ行く時にも使った休憩舎。
ここは王都シクトマからはおよそ10キル離れているが、時速25キルで走る自動車なら30分足らずで着いてしまう。
「確かに美味いな。ゴロー、何か隠し味でもあるのか?」
「いえ、特には。マリーの腕がいいんじゃないでしょうか」
ローザンヌ王女までが焼きおにぎりの味を絶賛してくれている。
その味の秘密を聞かれたがゴローにもわからない。
「焼き方とか醤油の塗り加減とかあるんでしょうね」
「こればかりは料理人たちに試行錯誤してもらわんと駄目か……」
「まあ、今はのんびりしましょうよ」
「それもそうであるな。……うむ、このお茶も美味い」
30分ほど掛けて昼食を済ませたゴローたちは、のんびりと帰路に就いた。
途中でローザンヌ王女が運転を替わってくれというので交替したところ、
「おおお、これは病みつきになるな!」
と言いながら、時速40キルほどで突っ走るというハプニングはあったが、なんとか無事に王都へ戻ることができたのだった。
* * *
ゴローの屋敷で一応車体のチェックを行ったが、どこにも異常はなかった。
時刻は午後2時少し前。
「ゴロー、今日は楽しかったぞ。礼を言う」
「いえ、おそれいります」
「おそれいってばかりだな……まあよい。では、またな。うむ、いいものを手に入れた」
と、上機嫌でローザンヌ王女は城へと帰っていった。
ちなみに自動車はモーガンが運転である。
ちょっと心配したゴローであったが、見送りがてら見守っていると、危なげなく運転しているので一安心。
ようやく肩の荷が下りたゴローであった。
* * *
「これで懸念事項も片付いたかな」
「ゴロー、甘い」
「え?」
「……もの、作って」
「ああ、甘いものか」
サナのリクエストで甘味を作るために厨房へ向かうゴローであった……。
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次回更新は7月1日(木)14:00の予定です。