07-36 秘密会議
「さて、秘密会議だよ」
朝食後、いきなりハカセが切り出した。
「は、はあ」
「……いったい何ごと?」
ハカセが時々唐突な物言いを始めるのは知っているゴローたちではあるが、『秘密会議』といい出したのには驚いた。
なにしろこの場にいるのはハカセ、ゴロー、サナ、ティルダ、ルナール、マリー……つまり屋敷の住民の大半なのだから。
いないのは『木の精』のフロロと『エサソン』のミューとたくさんのピクシーくらいだ。……まあ喋らないピクシーは除外していいだろうが。
「アーレン・ブルーを引き込むかどうするかという話さね」
引き込む、というのは研究所に連れていくこととハカセの秘密の大半を教えること……になるのだろうなとゴローは想像した。
「ええと、それならティルダとルナールも、ですよね」
「もちろんさね」
「……」
「……それなら、本人の意志を確認したらいいのではないでしょうか」
サナは無言。ゴローは意見を述べた。
「それもそうだね、そうしようか」
「あ、あの、な、何の話なのです?」
巻き込まれた感じのティルダはうろたえている。
ルナールは全く訳がわからないという顔で突っ立ったままだ。
「……そうだねえ……ゴロー、あんたが説明しておやり。順番にね」
「わかりました」
ハカセに丸投げされたゴローは、少し考えてから説明を始める。
「ええと、ここにいるハカセは、本名を『リリシア・ダングローブ・エリーセン・ゴブロス』。伝説の技術者だ」
「はい」
「……はあ?」
知っているティルダはともかく、ルナールは初耳だったのであっけにとられている。
「で、これからハカセの秘密……というと大袈裟だけど、世間一般には知られていないことを説明しようと思う。……聞きたくなければ席を外してくれ」
主にルナールに向けての言葉である。
が、彼は毅然として答えた。
「……ゴロー様、ここでお世話になってもう大分経ちます。この屋敷に住む方々が普通ではないのは重々承知しています」
ティルダが『私は普通だと思うのです……』と呟いていたようだが、その言葉は聞き流された。
「この屋敷で働かせていただき、数々の技能を身につけることができています」
もう幼馴染のネアとゴローの仲を邪推するようなことはまったくない、とも断言した。
「今となっては、過去の自分を恥じ入るばかりです」
「そ、そうか」
マリーの教育の賜物だろう。
また一緒に暮らすようになって、ゴローたちの本質に触れたことも大きいと思われた。
「この屋敷で見聞きしたことは、外で言いふらすことは絶対にいたしません。この命に懸けて誓います。ですから教えて下さい」
「お、おう」
若干……いや、かなり重い言葉に少々引いたゴローであるが、ルナールが完全に心を入れ替えたことに安心もする。
そして、元々一本気な気質の彼が誓ってくれるなら信用できるだろうと思った。
「わかった」
大きく頷いてから、ゴローは言葉を続けた。
「俺には『天啓』と呼ばれるスキルだかギフトだかがある、それは知っていると思う。俺は『謎知識』と呼んでいるが」
これはジャンガル王国でも言われていたことなので、公言して問題はない。
「そして、ここからが本題だ。……ハカセの本拠地というか、研究所は、ここからずっと北の地にある。この冬、俺とサナがずっと行っていた、その場所だ。北にあるため、雪に閉ざされるので帰って来られなくなったわけだ」
一旦言葉を切るゴロー。皆……ティルダとルナールは真剣に耳を傾けてくれている。
「その研究所があるのは北にあるカーン村方面だ。距離にしたら……400キルくらいかな?」
「……結構遠いのです」
「うん。去年、そこへ行くときは徒歩……いや走っていったから数日掛かったけどな」
「10日は掛かると思うのです。というか、なんなのです、走っていくって!」
「いや、それはちょっと置いておいてくれ。『身体強化』ができるから、と思っておいてくれ」
「……」
さらに説明を続けるゴロー。
「で、今は、そこまで片道2時間で行ける手段があるんだ」
「………………は?」
ルナールは、ゴローの言った言葉の意味を理解するのに数秒を掛けた。
ティルダは知っているのでそれほど呆れてはいない。
「え、ええと、2日、ではなくて2時間、なのですか?」
「そうだ」
「そ、それが秘密、なのですか?」
「その1つな」
「1つ……」
絶句するルナールに、ゴローは補足説明をする。
「自動車を作っただろう? ああいう技術手段があるんだよ。ただ自動車と違って、今はまだ一般的な技術とは言えないんで秘密にしておきたいんだ」
「そういうことさね。あたしゃ、騒がれたり持て囃されたりするのは嫌いなんでねえ」
ハカセが言葉を添えた。
「そういうことさ。自動車なら王家に献上できるし、一般的に広めてもいいけど、こっちの方はもうちょっと時間を置きたいんだ」
「……わかりました。絶対に他では話しません!」
「よし」
安心したゴローは、結論を口にする。
「その2時間を、1時間に短縮する技術を開発中なんだ」
「え」
「えっ」
400キルを2時間で、という話でさえ驚くべきことなのに、更にその半分の時間で、とゴローが言ったのだ。
それはつまり時速400キルで飛べるということになる。
「その研究をしに、研究所へ行こうと思ってる。そしてそれに『ブルー工房』のアーレン・ブルーも巻き込もうとハカセは言っているんだ」
もう憚ることなく『巻き込む』とゴローは言った。
アーレン・ブルーは王都での地位というか立場が強い。信用もある。
ゴローやサナ、ハカセは社会的な知名度が低い。……まあ、ハカセが正体をばらしてもいいというのなら、その限りではないのだが。
「あたしは好きなことを好きな時に好きなようにやっているのがいいんだよねえ」
……というハカセなので、正体は隠しておきたいわけだ。
そこでアーレン・ブルーである。
ティルダとルナールを巻き込み、ようやく『秘密会議』が秘密会議らしくなる。
「まあ、そうした『矢除けの盾』としてだけでなく、彼の製作技術も欲しいしねえ」
ハカセが言う『矢』とは、世間の注目であったり、好ましくない干渉であったりするわけで、『ブルー工房』という一流の組織にそうした面倒事を肩代わりしてもらい、その代わりに研究の成果を渡そう、というのが趣旨である。
ハカセ自身は名誉なんていらない、と割り切っているのだ。
今の王家との関係を考えれば、悪くない選択肢ではある。
アーレン・ブルーがいいというなら、こうした関係を続けていきたいと思うハカセなのであった。
「今の説明をアーレンさんにいえばいいと思うのですよ」
ティルダが言った。
「でも結果はわかりきっている気がするのです」
「だな」
少なくともアーレン本人は、絶対に行きたがるだろうな、と思ったゴローなのであった。
* * *
そしてその後、ゴローとハカセは『ブルー工房』を訪れ、話をしてみる。
「行きます!」
即答したアーレン・ブルーなのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は6月27日(日)14:00の予定です。
20220702 修正
(誤)この命に賭けて誓います。
(正)この命に懸けて誓います。