07-35 祝福
ローザンヌ王女用の自動車を、ハカセとゴローはチェックしていった。
もっとも、こちらの基本は『試作2号車改2』なので、構成に問題はまったくない。
「うん、いい出来だ」
「問題はないねえ」
「ありがとうございます!」
「……で、あとはボディか」
「そうなりますね」
特に、ボディ色は赤、と注文が付いていた。
外観的には、歴史的自動車である『T型』のような感じ。
それも後期型で、フロント部分が丸みを帯びた形状にしたらどうか、とゴローが提案した。
「あ、これいいですね!」
王家用のものは角ばっていたが、こちらは王女用、ということで少し丸みを帯びたデザインを取り入れることにしたのだ。
補強材の部分は銀色にしておくことでアクセントとなる。
これもまた屋根を取り外せる『コンバーチブル』にしておく。
そんなこんなで、その日の夕方には、ローザンヌ王女専用車も完成したのである。
* * *
「ありがとうございました、ハカセさん、ゴローさん」
ブルー工房で夕食を一緒に食べながら、アーレン・ブルーは2人にお礼を言った。
「いやいや、青木の子孫と仕事ができて、こっちも楽しかったよ」
ハカセもまた、にこやかに返した。
「いえいえ、こちらこそ、初代のお知り合いと一緒に仕事ができて光栄でした。ゴローさんには感謝してもしきれません」
「え、ええと、ところでさ」
アーレン・ブルーの感謝が大げさなので、照れ隠しにゴローがちょっと話題を変える。
「はい?」
「王家に納品するわけだけど、整備とか修理とか、考えておいたほうがいいな」
「……ああ、そうですね!」
全く新しい技術の産物なので、王家の技術者が整備や修理を、いきなりできるとは思えない。
最低限の教育もしくは指導をする必要があるとゴローは忠告したわけだ。
「王家の技術者さんに、1週間くらいこっちに来てもらいましょうか」
「だな。あるいは、こっちの技術者をしばらく向こうに派遣するか」
「……そっちかもしれませんね」
技術者といえど、王城勤めの者をこちらに呼び寄せる、というのは難しいかもしれない、とアーレン・ブルーは思ったわけだ。
「うちの技術者……僕が行った方がいいんでしょうか?」
「いや、いくらなんでも工房長を、とは言わないだろう。技師長みたいな人を派遣すればいいんじゃないか?」
「そうですね、考えておきます」
「それがいいよ」
そしてゴローはもう1つの提案を行う。
「あと1つ。スペア部品を用意しておいたほうがいいな」
「スペア部品……ですか?」
「そう。ダンパーゴムとか、タイヤとかの消耗品は第1優先だな」
「あ、そうですね」
「それにシャフトとか、魔力庫とか、エンジンとか」
規格化したので、作っておいて損はない、とゴローは言った。
「ああ、それもいいですね。特にエンジンは、追加注文があったときにも迅速に対応できますし」
「そうそう」
こういうところで、『規格化』が大きな意味を持つわけだ。
在庫が無駄になりにくい。
こうしたアドバイスをした後、ハカセとゴローはブルー工房を後にしたのであった。
* * *
「おかえりなさい、ハカセ、ゴロー」
「ただいま、サナ」
ゴローとハカセが屋敷に帰ると、サナが出迎えてくれた。
が、いつも真っ先に迎えに出てくる『屋敷妖精』のマリーがいない。
そんなマリーを捜すゴローの視線に気が付いたサナが説明をする。
「マリーは今、ルナールの教育中で、手が離せない」
「ああ、そうなんだ。……何を教えているのかな?」
「プリンの作り方」
「そ、そうか」
甘味優先なサナの希望を叶えるためだろうとは思うが、ルナールがジャンガル王国に帰った時、そうした技能を持っているということはいいことだ、とゴローは思い直した。
(おそらくもう兵士としての登用はないだろうからな……)
その場合、『甘味処』のシェフとして身を立てられればいいだろうしな、と想像するゴローであった。
現に、今のルナールは、家事一般に通じるようになっている。
持ち前の生真面目さもあって、かなりの腕前なのだ。
むしろ兵士よりも客商売に向いているんじゃないか……と思っているゴローなのである。
* * *
その後、サナの『冷却魔法』でプリンを冷やし、試食。
「うん、美味しい」
「いい出来だよ、ルナール」
「美味しいねえ」
「美味しいのです。ゴローさんが作ったものと同じなのです」
「おそれいります」
マリーの指導は確かなようで、ルナールのプリン作りの腕前はゴローに比肩するまでになっていた。
もっとも、ゴローは調理師ではないのだが。
* * *
その夜、『木の精』のフロロがサナを呼びにやってきた。
「サナちん、庭に出てこられる?」
「うん、大丈夫」
「ゴロちんも?」
「大丈夫だぞ」
「そ。じゃあ、2人であたしのところに来てちょうだい」
「何かあったのか?」
「うん。今年最初の花が開くから」
「へえ……そうか、もう春だもんなあ」
フロロは、古い梅の木の精なのである。
「その年の最初の花が咲くところに立ち会うと、いいことがある、って言われてる」
サナが解説してくれた。
「へえ、そうなのか」
「そうよ。実際には、あたしの祝福が得られるわけ」
「『木の精の祝福』か……それってどんな?」
「ああもう、それより早くこないと開いちゃうわよ!」
「わ、わかった」
そういうわけでゴローとサナは大急ぎで庭の奥、フロロの本体の下へとやって来たのである。
真っ暗かと思いきや、微光を放つピクシーが大勢集まっており、薄明るい。
夜目の利くゴローとサナには十分な明るさであった。
そして最もピクシーが集まっている先には、膨らんだ梅の蕾が3つほど。
「さあ、開くわよ」
ゴローとサナが見ているうちに、その蕾がほころびだし、3輪の梅の花が咲いたのであった。
「ああ、いい香りだ」
「うん」
ピクシーたちは嬉しそうに花のそばを飛び回っている。
が、決して花に触れることはない。
「おめでとう、サナちん、ゴロちん」
フロロが2人のところへやって来て、その小さな手をかざした。
その手から出た、見えない波動が2人を包む。『木の精の祝福』だ。
ゴローは、温かな手に包まれたような感覚を覚えた。
ふと隣を見ると、サナと目が合う。
「……はい、おしまい」
フロロがぱんぱん、と手を叩いた。
「……ありがとう」
「ありがとう。……で、どんな効果が?」
聞かれたフロロはくすりと笑って、
「その時が来たらわかるわ!」
とだけ言って、本体である梅の木に吸い込まれるようにして消えていったのである。
「結局、祝福って何なのかわからずじまいか……」
「うん、でも、それでかまわない」
「そうだな」
「何かを期待したわけじゃない。今年最初の花を見ることができた、それで、いい」
「同感だ」
そして2人は部屋へ戻った。
基本的に睡眠を必要としないゴローとサナであるが、その夜は珍しく、心地よい眠りを堪能することができたのであった。
お読みいただきありがとうございます。
済みません! 都合により、次回更新は6月24日(木)14:00の予定です。m(_ _)m
20210617 修正
(誤)「いえいえ、こちらころ、初代のお知り合いと一緒に仕事ができて光栄でした。
(正)「いえいえ、こちらこそ、初代のお知り合いと一緒に仕事ができて光栄でした。
(誤)それも後期型で、フロント部分が丸みを帯びた形状にしたどうか、とゴローが提案した。
(正)それも後期型で、フロント部分が丸みを帯びた形状にしたらどうか、とゴローが提案した。
20210618 修正
(誤)特に、ボデイ色は赤、と注文が付いていた。
(正)特に、ボディ色は赤、と注文が付いていた。
20211223 修正
(誤)技術者といえど、王城勤めの者をこちら呼び寄せる、というのは難しいかもしれない
(正)技術者といえど、王城勤めの者をこちらに呼び寄せる、というのは難しいかもしれない