07-34 耐熱合金
ハカセは、まず『ロケットエンジン』の完成を目指すことにした。
一時期のこだわりはもうなく、ゴローの『謎知識』を素直に頼ることにする。
「ゴロー、この試作エンジンを見て、どう思うね?」
「すごくいいと思います。ほとんど手を加えるところはありません」
構造は『固体ロケット』に近いのに、『液体ロケット』のように噴射剤を補給し続けられる。しかも、魔力さえあれば半永久的に。
「改善点があるとすれば2点」
「それは?」
「エンジンの材質と、魔力供給の安定化ですね」
「魔力供給の方は何となくわかるけど、材質というのは?」
「ええと、噴射速度を増すために加熱する、ということを言ってましたよね?」
「ああ、言ったね」
「そうすると、アルミ合金では耐熱性に不安がありますから」
「そういうことかい」
アルミニウムの融点は約660度C。銅は1085度C、鉄は1538度Cなので、アルミニウムはかなり低いことがわかる。
超ジュラルミンになると更に低くなって(合金にすると融点は下がることが多い)、およそ500度Cから640度Cとなる。
「じゃあ、鉄で作るかい?」
「それもどうでしょうね……」
ゴローは『耐熱合金』について『謎知識』を参考に説明していく。
「融点が高いだけじゃないんです。金属って、熱すると加工しやすくなるじゃないですか」
「ああ、そうだねえ。鉄だって、赤くなるまで熱してから鍛造するからね」
「それです。つまり、熱してもあまり軟らかくならない、という性質も求められるんですよ」
「なるほどね。で、具体的には?」
「……『謎知識』も難しいことを言ってますが、鉄にクロムを混ぜたものがよさそうです」
現代日本においては、耐熱鋼、耐熱合金は様々な種類のものが開発されている。
中にはレアメタルを使用するものや、複雑な熱処理を必要とするものもある。
今回のロケットエンジンは単純に高温での強度確保が目的なのでゴローの『謎知識』は、『SUS403』と呼ばれるものを推奨していた。
「鉄にクロムを13パーセント混ぜたものです」
その他にもケイ素やマンガン、炭素量などの規定もあるが、現在流通している標準的な鉄の成分にはこれらが含まれているので添加するのはクロムだけでよい。
むしろ、リンや硫黄分を取り除く必要がある。
「クロムかい。前にも聞いたね……緑色のガーネットなんかと一緒に出る鉄鉱石に含まれているんだっけ?」
「そのとおりです。『クロム鉄鉱』っていうんですよ」
クロムを含むと、緑色になることが多い。
ハカセが言う緑色のガーネットとは『デマントイド』というガーネットのことだ。
地球ではウラル山脈で発見されたという。
その緑は、クロムの含有量が多いほど鮮やかになる。
また、ヒスイの緑も、鉄やクロムに由来する。
で、ハカセの研究所地下ではそうした『クロム鉄鉱』も多少なりとも採れるため、分離したクロムもいくらか所持しているのだ。
「でも、また取りに行かなきゃだねえ」
「それは仕方ないですね。今夜行ってきます」
「ああ、それなら、プロペラ推進じゃなく、試作ロケットエンジンも積んでみたらどうかねえ?」
「ええと、いきなりはどうかと思うので、補助に追加するなら」
「ああ、それでいいよ」
そこで、試作した『ロケットエンジン』を『レイヴン』に積もうとしたゴローとハカセであった……が。
「ねえ、ゴロー……ロケットエンジンを積んだ飛行機は、研究所で作った方がいいんじゃないかねえ?」
「俺もそう思います」
いくら外れにあるとはいえ、ここは王都内。
飛行機が完成したとしても、飛ばして見せるにはリスクが大きすぎることに気がついたのだ。
「飛行機は研究所で作ろうかねえ」
「それがいいと思います」
そういうわけで、この日は『ブルー工房』へ行って『自動車』の進捗状況を見てくることにした。
* * *
「あ、ハカセさん、ゴローさん! 丁度いいところに」
ブルー工房に着くと、アーレン・ブルーが2人を歓迎した。
「もう少しで完成なんですよ! 見てください!!」
「おお」
「なかなかだねえ」
王家用の大型自動車がそこにあった。
乗り物としてのスペックは完璧。
そして装飾も……。
「車体は白地をベースに、金色のアクセントか。いいじゃないかね」
「ありがとうございます!」
配色もよく、豪華な印象を受ける。が、華美に過ぎるということはなく、上品にまとめられていた。
「これなら気に入ってもらえそうだな」
「ハカセさんとゴローさんにそう言ってもらえるとほっとしますね」
「引き渡しはいつなんだ?」
「期限は切られていないので、厳重なチェックをしてからですね」
「明後日くらいか」
「そうなりますね」
ボディを外して走行テストを行うつもりだとアーレン・ブルーは言った。
耐久試験的なこともやりたいがさすがにそれは無理だろう、とも。
「そうだねえ。……あたしとゴローとでチェックしてあげようじゃないかね」
「本当ですか!? ありがとうございます!!」
今日何度目かのお礼を口にするアーレン・ブルー。
「気にしなくていいよ。こっちだって世話になっているし、これからもお互いに協力しあっていきたいからねえ」
「でも、助かります」
「だからいいさね。……ゴロー、やるよ」
「はい、ハカセ」
そういうわけで、ハカセとゴローは、綿密なチェックを行っていく。
エンジン、サスペンション、タイヤ、ステアリング……。
動力系・操縦系は異常なし。
エネルギー系統も十分な余力がある。
内装もいい出来で、革張りのシートの座り心地はよい。
「接続部分や組み合わせ部分もいい仕事してるねえ」
「材料の強度も十分なようです」
半日掛けて、じっくりとチェックをしたハカセとゴローは、
「大丈夫。これなら胸を張って納品できる」
と太鼓判を押したのであった。
* * *
「なあ、アーレン」
「なんでしょう、ゴローさん?」
夕食をごちそうになりながら、ゴローは思いつきを口にする。
「王家用だから、パレードなんかにも使うんだよな」
「多分、使うんじゃないでしょうか」
「だったらさ、オプションで『電飾』を付けたらどうだろう」
「でんしょく?」
「あ、ああ、ごめん。電気じゃないから『電飾』じゃないな。魔力を使うなら『魔飾』? ……語呂が悪いな……」
説明の仕方を考えたゴローは言い直す。
「つまり、『明かり』で目立たせるというか、豪華に見せるというか……」
「……なんとなくわかりますが……必要でしょうか? 昼間だと必要ないですよね?」
「それはそうだな……夜のパレードってやらないのか?」
「基本的にパレードは昼間ですね」
「そ、そうなのか」
「夜は暗いですし」
どうやら、少なくともここ王都では、夜間のパレードはやらないようだ、とゴローは認識を新たにしたのであった。
* * *
そして翌日朝。
工房裏の空き地で走行試験である。
ちょっと狭いが、なんとか試験はできるだろう、とアーレンブルーは思っていた。
50メル四方ほどの空き地なので、最高速の試験はできないが、乗り心地の体験や操縦性の確認はできる。
こうした自動車の運転経験が最も多いと思われるゴローがテストドライバーを務める。
「うーん、なかなかいい感じだな」
アクセルのレスポンスも悪くないし、ブレーキの効きもいい。
凹凸のある路面での安定性もそこそこよく、ハンドルの切れも上々。
「これなら十分満足してくれると思うぞ」
「そうですか、ほっとしました!」
これで、王家からの注文は完了したわけである。
次はローザンヌ王女からの注文、小型自動車である。
「そっちも8割方できているんです」
「ほう、見せてもらおうじゃないかね」
「はい、どうぞ。というより、こっちもチェックお願いします」
「任せろ」
王都を自動車が走り回る日も近い……のかもしれない。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は6月17日(木)14:00の予定です。
20210613 修正
(誤)クロム鉄鋼
(正)クロム鉄鉱
2箇所修正。