07-33 超ジュラルミン
『亜竜』の翼膜がかなりの重量を支えられるという事実。
「考えてみれば、『亜竜』の体重って10トムくらいあるよねえ。それを空に浮かせているんだから、そのくらいの浮力があってもおかしくないわけだ」
地球の陸上動物で最も重いアフリカゾウの最大体重はおよそ10トンと言われている。
空を飛ぶとはいえ、アフリカゾウよりもさらに大きい亜竜なので、10トムというのはいい線である。
翼膜はそれを支え、空を自由に飛び回れるだけの浮力を生じるわけだから、これを利用しない手はない、ということだ。
「ただねえ……」
ハカセが少し暗い顔をした。
「翼膜がもうじきなくなりそうなんだよねえ」
使えば減り、いずれはなくなる。これは自然の摂理(?)である。
「また近いうちに、生息地へ行きたいねえ」
「……そのうちに」
「ほら、性能のいい飛行機ができたら、『亜竜』にも勝てそうじゃないかね」
「それは否定しない」
「だろう? よし、まずは『亜竜』より速く飛べて、荷物もいっぱい積めて、どこにでも離着陸できる飛行機を作るよ!」
「……欲張り」
だがハカセは笑ってサナの言葉を受け流す。
「そうさ、あたしは欲張りさね。というか、世の発明なんてものは、願望を形にしたものなんだからある意味『欲望の結晶』といってもいいと思うよ」
「言い方というものがある」
「はは、そりゃそうさ。でも、そういう飛行機ができれば、役に立つのは間違いないよ」
「最初はハカセの役にたつところから?」
「そうさ。そして他の人たちの役に……ってね」
「ハカセらしい」
「ふふ、ありがとうよ。……さあて、それじゃあゴローが迎えに来るまで、構想を練っておくとしようかねえ」
* * *
その日の夜、約束どおりにゴローが『レイヴン』で迎えに来た。
「ハカセ、何を作ったのか教えてくださいよ!」
やはり、ハカセが何を作るためにここへ来たのか、気になって気になって仕方がなかったゴローであった。
「ああ、いいよ。さあ、見ておくれ!」
ハカセは上機嫌で、ゴローに『新型推進機』と『風車式速度計』を見せたのである。
「これって……こっちは風速計……つまり飛行機用の速度計ですね!」
「お、当たりだよ。さすがゴロー」
「こっちは……壺? 違うな……魔力を注入する端子がある……試してみていいですか?」
「それはやめておくれ。ゴローがやったら試しじゃ済まないから。……答えは『推進機』だよ」
取り返しのつかない事態が起きる前に答えを言ってしまうハカセだった。
「推進機? それでこの形……って、もしかしてロケットエンジン!?」
「なんだいゴロー、知っているのかい?」
少しだけがっかりするハカセ。
だがゴローは、
「すごい! さすがハカセだ! ロケットエンジンを作ってしまうなんて!!」
と絶賛したのである。
「そ、そうかい?」
ストレートな絶賛に照れるハカセに、さらなる追撃。
「そうですとも! 世界広しといえども、一晩でここまでできてしまうのはハカセならではです! やっぱりハカセはすごい! すごすぎる!!」
「ああ、もういいよ。それじゃあ帰ろうかねえ」
ハカセもこれ以上ゴローの賛辞を聞いているのが恥ずかしくなり、照れ隠しに帰ろうと口にしたのであった。
* * *
またフランクには留守番を頼み、ハカセとサナ、それに少しの資材を積んで『レイヴン』は飛び立った。
「ゴロー、アーレンの方はどうなった?」
「ええ、車体はどっちも完成しましたよ。あとは王家に相応しい装飾を付けるんだって言ってました」
「それなら安心だね」
「それよりも、ハカセが作ったロケットエンジンの方が興味ありますよ」
「そうかい?」
「もちろん。……原理は、一方だけが開いている容器の中で何かを膨張させて吹き出した反動を利用するんでしょうけれど」
「そのとおりさ。やっぱりゴローは知っているんだね……」
「原理だけは」
「うん、それなら、帰ったら知恵を貸しておくれ」
「もちろんですよ、ハカセ」
そしてハカセたちを乗せた『レイヴン』は闇の中を飛んでいくのだった。
* * *
翌朝。
「ハカセ、すごい発明ですよ、このロケットエンジンは!!」
「そ、そうかい?」
「ええ。これなら環境を汚染しませんし、推進剤も積まなくていいですし、構造も簡単ですし……」
人工衛星打ち上げに使われるような液体燃料ロケットエンジンに比べても、メリットが多い。
何より、『高熱にならない』ことが大きい。
地球におけるロケットエンジンは、内部で燃料を燃焼させているため、高温が発生する。
ゆえにその高温に耐える素材が必要不可欠だったが、ハカセの開発した『新型推進機』は風魔法を使うので噴射ガスは常温のままである。
そういった説明を『謎知識』を参照しつつゴローが行うと、それを聞いたハカセはさらなる改良を思いついたようだ。
「なるほど、空気は熱すると体積が増えるからね。なら、風魔法で発生させた空気を火魔法で熱したら、より噴射速度が増すのかね?」
「え……増すでしょうね……」
「それも試してみるかねえ」
ハカセの発想は止まらない。
「最初に発生させる『風』はできるだけ低温にして、それとは別の魔法回路で加熱すれば、パワーアップが見込めそうだね」
「……でしょうね……ですが多分、魔力消費が馬鹿になりませんよ」
ゴローが気付いた点を忠告すると、ハカセは笑った。
「ああ、わかってるさね。でもいいのさ。この『新型推進機』を積んだ飛行機はゴローとサナにしか操縦できないものにする気だから」
「それでいいんですか?」
「あたしの自己満足のために作るんだから、いいのいいの」
「……なら、何も言うことはありません」
ハカセにとって、この『新型推進機』は完全な趣味の世界のものだったようだ。
普及用の発明ではなく、あくまでも技術の高みを目指すためのもの。
民生品ではなく、軍事用でもない。
頂点を目指すための一品ものであった。
「それでだ、ゴロー」
「はい?」
「アルミニウムを使った、もっと強い合金ってあるかい?」
今、ハカセが使用しているアルミニウムは『A2017』といわれるものに近い合金である。
アルミニウムに若干の銅とマグネシウムを加えて強度を増している。
「超ジュラルミンを作りましょう」
ジュラルミンよりもさらに強い合金が『超』ジュラルミンだ。
『A2024』とも呼ばれる。
A2017よりもマグネシウムの添加量を増やした合金だ。
ちなみに、これよりもさらに強度の高い合金が『超々』ジュラルミンである。
これはアルミニウムに亜鉛約5.5パーセント、マグネシウム約2.5パーセント、銅約1.6パーセントを加えた合金で、ゼロ戦にも使われたという。
欠点は『応力腐食割れ』。
応力……つまり力が常に掛かっているような使い方をすると、その部分が脆くなってしまうと思えばよい。経年劣化の一種とも言える。
閑話休題。
ゴローの『謎知識』はそんな『応力腐食割れ』の心配の少ない(ゼロではないが)『A2024』をハカセに勧めたのだった。
「超ジュラルミンかい。なんかかっこいいね。よーし、それでいこう!」
大乗り気のハカセであった。
そんなマグネシウムの鉱石は『滑石』である。
モース硬度1の指標となるこの鉱物は、爪で容易に傷が付くほど軟らかいため、『石筆』と呼ばれ、土木現場で石材に印をつける際に使われている。
ゆえに手に入りやすい鉱石だったのである。
ちなみに成分は水酸化マグネシウムとケイ酸塩で、20パーセント以上のマグネシウムを含んでいるという。
そしていよいよ、世界最速の飛行機の製作が始まる……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は6月13日(日)14:00の予定です。
20210610 修正
(誤)翼膜はそれを支え、空を自由に飛び回れるだけの浮力を生じるわかだから、
(正)翼膜はそれを支え、空を自由に飛び回れるだけの浮力を生じるわけだから、
(誤)その日の夜、約束取りにゴローが『レイヴン』で迎えに来た。
(正)その日の夜、約束どおりにゴローが『レイヴン』で迎えに来た。
(誤)そして博士たちを乗せた『レイヴン』は闇の中を飛んでいくのだった。
(正)そしてハカセたちを乗せた『レイヴン』は闇の中を飛んでいくのだった。
(旧)そしていよいよ、世界最速の飛行機製作が始まる……。
(新)そしていよいよ、世界最速の飛行機の製作が始まる……。