07-32 ハカセの意地
ハカセは、サナ相手に『速度計』の構想を説明し始めた。
「ゴローが言うには、『空気との相対速度』が測れればいいわけだ」
「……うん」
「つまり、風の強さがわかればいいということなんだよ」
「……うん」
よくわかっていないながらも相槌を打って、ハカセの思考を肯定し、発想の手助けをするサナ。
こうして考えを口にし、誰かに説明することで、構成がよりはっきりすることは往々にしてあるのだ。
「小さなプロペラが風を受けて回る。それを利用するのさね」
ハカセが考えたような風速計は、ハンググライダーなどで『対気速度』を知るために利用されている。
欠点は、高速には対応できないことだ。時速100キロレベルは測定器が破損する恐れがある。
その反面、低速域での精度はまずまずなので、着陸時の『対気速度』を知るには悪くない。
また、プロペラの径を小さくすれば、多少高速向けになる。
「……というのが構想だね」
ハカセはゴローから基礎の基礎を聞いただけで、独自の思考でそこまでたどり着いたのである。
「もっとも、『亜竜の翼膜』を使って浮く方式なら、『対気速度』よりも『対地速度』を知るほうが実用的だと思うけどねえ」
『対気速度』は主翼が発生する揚力や、空気抵抗と密接に関わってくる。
一方『対地速度』は目的地までの所要時間を算出するのに便利だ。
低速での失速を考慮しなくていい『レイヴン』などの飛行機なら、『対気速度』を知ることは絶対条件ではない。
「ということでプロペラ式の速度計を……」
「……明日、作ろう」
「わかったよ。今日は推進機を作ったことで満足するよ……」
サナに釘を刺され、おとなしく床に就いたハカセなのであった。
* * *
翌朝、前日同様、朝食をさっさと済ませたハカセは、さっそく『プロペラ』を作り始めた。
「大きいものと小さいものを作って、低速用と中速用にしようかねえ」
「手伝う」
「頼むよ、サナ」
元々、ハカセの助手を長年務めていたサナである。
作業の手伝いはそれこそ阿吽の呼吸で行える。
『小』と『中』のプロペラ型速度計の原型は2時間で出来上がった。
「さて、あとはどうやってプロペラの回転から風速を知ればいいのかだねえ」
さすがのハカセも、そこまではまだ考え付けていないのだった。
現代日本である程度の物理学や機械工学を修めた者なら、単位時間あたりの回転数をカウントするとか、回転力で発電してメーターを動かすとか、そういった発想が出てくる……かもしれない。
しかし、ハカセはそういった基礎がほとんどないのだ(ゴローの『謎知識』による講義を数日聞いたくらい)。
「さあてねえ……」
考え込むハカセ。
「こうしてみると、ゴローの『謎知識』って、ほんと、破格だよねえ。いったい、どこから来た知識なのかねえ」
速度計について考えあぐねたハカセは、とりとめもなく『謎知識』の由来を想像してみる。
だが、いくら考えてみても答えは出ない。
「ハカセ、ゴローの『魂』は、どこから来たの?」
「うん、それもわからないんだよねえ。招魂で失敗が続いて、少し魔法陣をいじって……で、招魂には成功したんだけど、衝撃が大きくて魔法陣が消えちゃって……」
「ああ、それで呼び寄せた向こう側の情報が読めなかった、と」
「そうなのさ」
「……なら、無理はない」
「だろ? まあ、それはいいとして、風速を知る方法か……難しいねえ」
ここで本来の考えに戻るハカセ。
「……ゴローに聞くのは?」
「最終的にはそれでもしょうがないかねえ」
「うん、しょうがない」
「でも、お昼までは考え続けるよ!」
「……意地っ張り」
「いいんだよっ!」
そんなわけで、ハカセは昼食までの時間……1時間ほどを、回転するプロペラで風速を知る方法を考え続けたのである。
そして。
「そうだ、音だよ!」
「音?」
「うん。プロペラの回転軸に突起を付けておいて、そいつで弦か何かを弾くようにすれば……」
「音が、鳴る」
「そうさ。その音が高ければ高速、低ければ低速だよ」
「なるほど」
「数値化はちょっとできないけど、とりあえず速度の程度を知るくらいならできそうだろう?」
「確かに」
「まあ、これで試作してみるさね」
そういうわけで、『対気速度計試作1号』は、発する音の高さで対気速度を知る、というものになったのである。
* * *
「あとは、ゴローが迎えに来るのを待つだけ?」
「うーん、まだ半日あるしねえ」
昼食を食べ終わったハカセとサナは、暇になってしまったのである。
「飛行機の、速度と積載量を両立できないものかねえ」
そこで、結論を出さなくてもいい内容の検討をしてみることにしたハカセだった。
「積載量が多いということは、大きいということ。大きいと、どうしても遅くなると、思う」
「そうだねえ……。空気抵抗も大きくなるし、推進機もそれに見合った大きさにしないといけないし」
「ハカセ、『試作7型推進機』で機体を浮かすことはできない?」
「できなくはないと思うよ。ああ、つまり『亜竜の翼膜』の補助に使って積載量を増やそうというのかい?」
「そう」
「ああ、その手もあるねえ……候補に挙げておこう」
そしてそれに満足せず、ハカセはさらなるアイデアを考えようと腕を組んだ。
「うーん、『レイヴン』の改造……いや、全く新しい飛行機の検討も面白いかもねえ」
思考はどんどん膨らんでいく。
「……あの、こっちで実験を続けていた、グライダーに『試作7型推進機』を付けたら?」
「それも面白いねえ。速く飛べる飛行機になりそうだよ」
「離着陸には『亜竜の翼膜』を使い、飛ぶときは使わない飛行機、というのは?」
「面白そうなアイデアだね。主翼の下面に『亜竜の翼膜』を貼れば……うん、できそうだね」
「そもそも、『亜竜の翼膜』って、どれくらいの重さのものを持ち上げられるの?」
「確かに興味あるね。実験してみようか」
ハカセはわかりやすく1メル四方の枠に『亜竜の翼膜』を張り、枠の4隅からワイヤーを張って下方で皿を支えるようにした。
「この皿に重りを載せ、翼膜に魔力を加えれば、加えた魔力と浮く力の関係がわかるだろう」
簡単な実験装置ではあるが、十分に目的を果たしてくれよう、とハカセは思っている。
まずは皿に100キムほどの重りを載せ、『亜竜の翼膜』に魔力を加える。これはサナに頼んだ。
「いいかい、少しずつ加える魔力を増やしていっておくれ」
「はい」
そうやって実験を行ったところ、100キムの重りを持ち上げることは可能だということがわかった。
重りを増やし、同様の実験を繰り返す。
「魔力さえ与えられれば、際限なく浮力は増すのかねえ」
最終的には800キムを超えたところで枠が歪み、皿も壊れ、ワイヤーまでもが切れてしまったのである。
「つまり、効率よく魔力を加えられれば、かなりの重量を浮かせることもできるというわけだね」
「……そしてそれには、機体の強度も必要だということ」
「そうだね。機体が重さに負けて壊れてしまっては困るからね」
こうして、新たな『飛行機』への展望が開けてきたのであった……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は6月10日(木)14:00の予定です。
20210606 修正
(誤)サナに釘を差され、おとなしく床に就いたハカセなのであった。
(正)サナに釘を刺され、おとなしく床に就いたハカセなのであった。
(誤)元々、ハカセの助手を長年勤めていたサナである。
(正)元々、ハカセの助手を長年務めていたサナである。
(誤)『亜竜の翼膜』魔力を加える。これはサナに頼んだ。
(正)『亜竜の翼膜』に魔力を加える。これはサナに頼んだ。
(誤)気体が重さに負けて壊れてしまっては困るからね」
(正)機体が重さに負けて壊れてしまっては困るからね」