07-31 やっぱりハカセは
その夜、ゴローはハカセとサナを『研究所』へと送っていった。
「それじゃあゴロー、明後日の夜に迎えに来ておくれ」
「わかりました。……サナ、ハカセのことを頼むな」
「うん、任せて」
「食材も持ってきたから、食事はフランクが作ってくれるだろう。あと、甘味として『純糖』と『ラスク』を置いておいたからな。いっぺんに全部食べるんじゃないぞ」
「……わかってる」
変な間が気になるゴローだったが、二晩程度のことなので大丈夫だろうとそれ以上気にすることはやめたのである。
* * *
「さあ、始めるよ!」
ゴローが戻っていったあと、息巻くハカセであったが、
「ハカセ、夜は寝るもの」
とサナに言われ、渋々ながら床に就いたのであった……。
* * *
そして、明けて翌日。
「ごちそうさま。さあ、やるよ!」
朝食もそこそこに、ハカセは勢い込んで研究室へ向かった。
後片付けはフランクに任せ、サナはハカセのフォローをするために付いていく。
「ハカセ、何を作るの?」
「ふっふっふ……! 新型の推進機さ!!」
「え?」
首を傾げるサナに、ハカセは説明する。
「ここのところ、ずっとゴローの『謎知識』に世話になっているだろう? それはそれで面白いし、楽しいからいいんだけどねえ。そろそろオリジナルのものを作ってみたくってさ」
「要するに、対抗意識?」
「う……そう言ってしまうと身も蓋もないけどね」
いいじゃないか、と言ってハカセは強引にその話題を打ち切ろうとした。
だが、やはり思うところがあるのか、力のない声でぼそりと付け足す。
「……でもねえ、まあ……ちょっとはゴローがいないと出てこなかったアイデアなんだけどさ」
だが、サナはそんなハカセを励ますように言う。
「ゴローと私は、ハカセが作った。だからゴローや私の成果は、ハカセのもの」
「ありがとうよ、サナ」
「フランクだって、ハカセが自分の補助のために作った。私達も同じ。ハカセが全ての始まり」
「サナ、あんたがいい子に育ってくれて嬉しいよ、あたしゃ」
そう言ってハカセはサナの頭をわしわしと撫でた。
「……さあて、それはそれとして、始めようかね」
そこへ朝食の後片付けを終えたフランクもやってくる。
「ハカセ、何かお手伝いすることはありませんか?」
「おお、いいタイミングだね。そうだね、青銅を用意してもらおうかね」
「わかりました」
青銅は銅と錫の合金である。
加工しやすく、しかもそこそこ硬く丈夫なので、ハカセは試作に多用している。
フランクが持ってきてくれたそれを使い、ハカセが作ったのは……。
「壺?」
片方が半球状に塞がれている円筒だった。
サナが壺かと聞くのも無理はない。
だが、壺だとしたら安定が悪すぎる。
底が半球状なので、平らな場所に置くことができないからだ。
「壺じゃないよ。これが推進機さね」
「?」
「はは、サナにもわからないかい?」
ハカセはさらに加工を続けていく。
円筒の中に、『強風』の効果のある魔法式を刻んだのだ。
「よし、まずはテストだね。……サナ、こいつを持って、ここに魔力を流してくれないかね? あ、少しでいいからね」
「はい、ハカセ」
「ああ、その試作は丸い方を上に向けて持っておくれ。間違っても人に向けちゃいけないよ」
「はい。……えい」
サナはハカセに言われたとおり、丸い底を上に向けて円筒を持ち、魔力を少しだけ流した。
「あ」
すると、円筒の開口部から風が吹き出し、円筒自体はサナの手からすっぽ抜けて天井にぶつかったではないか。
「やったね! 成功だよ」
小躍りして喜ぶハカセ。
丸い底がひしゃげた円筒を拾ったサナは、疑問をハカセに投げかけた。
「ハカセ、これはいったい?」
「風魔法で風を吹き出して推進力を得ようとしたのさね」
「でも、風魔法は相手を吹き飛ばせるけど、自分は吹き飛ばないんじゃ?」
サナの言うことはもっともである。
『竜巻起きろ』という竜巻を起こすほどの魔法を使っても、術者に反動が来ることはないのだから。
ちなみに『風』や『強風』は風を吹かせる魔法で、風の強さは込める魔力で変わる。
「ふふ、そこが工夫した点さね。サナは見たことがないかもしれないけど、エルフは、湖の上で船に帆を張って、その帆に風魔法で風を吹かせて進んでいたりするんだよ」
「そうなの?」
「つまり、発生させた術者には直接の影響はないけれど、『何か』にぶつければその『何か』を動かすことはできるのさね」
「だから、円筒の端を、塞いだ?」
「そのとおりさ。のっけからこんなにうまくいくとは思っていなかったけどね」
ゴローが見たら、ハカセが作った推進機は『ロケットエンジンだ』と言ったであろう。推進剤は魔力である。
「風魔法は……少なくともこの『強風』は、空気を動かしているんじゃなく、風を発生させているようだからね」
要するに、水魔法の水と同じく、魔力を風に変換しているとハカセは言っているわけだ。
「つまり、空気がなくても推進力は発生するのさね」
「確かに……。ハカセ、すごい」
「はっはっは、もっと言っておくれ」
上機嫌なハカセであった。
* * *
そしてハカセ、サナ、フランクらは試作と実験を繰り返し、その日の夕方には、『試作7型推進機』が完成したのである。
これは、込めた魔力にもよるが、音速を超えることもできそうな逸品であった。
「いやあ、こんなにうまくいくとは思わなかったよ」
「やっぱりハカセ、すごい」
「とりあえず満足したねえ。……この推進機を『レイヴン』に使えば、今の倍から3倍……いや、4倍くらいの速度が出るんじゃないかねえ」
今の巡航速度が時速100キルくらいだとして、時速300キルから400キルは出せそうだとハカセは考えていた。
「まあ夜なら200キルくらいに抑える必要はあるかもだけど」
「それに、プロペラがなくなるのは、大きい」
「そうだよねえ。回っているプロペラって、結構危ないしね」
回転するプロペラは見えにくくなることも手伝って、うっかり触れてしまい大怪我を……というケースもあるのだ。
「ゴローに負けたくない、という気持ちももちろんあったけどね。プロペラは、ほれ、王家も研究しているようだからね」
同じものを使うのはなんとなく嫌だ、というハカセを、子供みたい、と思ったサナである。
「もっともこれだって、ゴローからいろいろ聞いていなけりゃ思いつかなかったかもしれないけどね」
「でも、ハカセだからこそ作れた。それは間違いない」
「サナ、ありがとうよ。……ちょっと大人気なかったかねえ。反省だよ」
満足のいく仕事をしたハカセは、己を省みて苦笑いを浮かべた。そして……。
「さて、それじゃあもう1つのアイデアを……」
「ハカセ、夕食が先」
「はいはい、わかったよ」
満足はしたものの、まだ何かアイデアを温めていたらしいハカセに釘を刺すサナ。
ハカセも素直にそれに従うのであった。
* * *
「ハカセ、もう1つのアイデアって?」
夕食の後、『純糖』を口に含みながらサナが尋ねた。
「え? うん、飛行機の速度計さね」
「あ、『ぴとーかん』ってやつ?」
「うん。でもその『ピトー管』はかなり不完全そうだからね。魔法を使ってもっといいものができないのか、考えてみたのさ」
「さすが、ハカセ」
この日何度目かの賛辞を口にするサナ。
「説明を、お願い」
「もちろんさね。まずは……」
サナに説明を始めるハカセであった。
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次回更新は6月6日(日)14:00の予定です。
20210603 修正
(誤)加工しやすく、しかもそこそ硬く丈夫なので、
(正)加工しやすく、しかもそこそこ硬く丈夫なので、
20210606 修正
(旧)「ふっふっふ……! 新型の推進器さ!!」
(新)「ふっふっふ……! 新型の推進機さ!!」