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01-11 鏡

 ゴローは頭に浮かんだ疑問をディアラにぶつけてみることにした。

「ディアラさん……あなたこそ、何者なんですか?」

 しかし返ってきた答えは、

「はは、それはあたしの言うことだよ。ゴロー君、君は何者なんだね?」

 先程と同じ質問だった。

 ここは、ある程度正直に答えないと話が進まないな、と直感的にゴローは悟り、

「実は俺自身、何者なのかよくわかっていないんです」

 と答えてみた。

「ふうん、ある歳から以前の記憶がない、ってことかい?」

 やはりディアラはさとい、とゴローは内心で舌を巻いた。

 そして、あまりいい加減なことを言うと看破されるな、と気を付けることにする。

「そんな感じです。……で、サナの親に引き取られて、いろいろ教えてもらって」

 行商人の修業と同時に、自分が何者なのか調べる旅をしている、とゴローは結んだ。

「なるほどねえ。辻褄は合ってるね。まだ何か隠していそうだけど、今はそれでいいよ」

「ど、どうも」


「じゃあ、あたしのことも話しておこうかね。あたしはこの『ルーペス王国』の王都出身でね。なくなった亭主と一緒になって、この町に住むようになったのさ」

 ディアラの夫は『探索者』で、主に鉱脈や鉱山を巡っていたという。

 この『ジメハースト』の町はさらに北にある鉱山地帯に近いため、居を構えたらしい。

「あたしは当時学生だったんだけどね。亭主に惹かれて中退してこの町まで流れてきたってわけさ」

 この店は夫を支えるために始めた副業的なものだった、と言う。

「そうでしたか……」

 ゴローは、今はライナと2人で暮らしているディアラに、寂しいだろうなと同情しかけた……が。


「あ、言っとくけど、息子夫婦は健在だからね? 息子夫婦はシクトマの町で暮らしているよ」

「あ、そうなんですか」

「そうともさ。ライナはちょっとわけがあってあたしと一緒に暮らしているけどねえ」

 そのわけとやらを聞いてみたい気もするゴローであったが、あまり立ち入ったことを聞くのは気が引けるのでやめておく。


「……そうですか。息子さんご夫婦は王都にいらっしゃるんですか」

「もし行くことがあったら、あたしは元気だと伝えておくれ」

「はい、そうします」


*   *   *


 一方、鏡を買いに出掛けたサナとライナ。

 ライナはサナの前をすたすたと小走りに駆けていく。サナは早足でそれに付いていった。

 ライナが曲がり角を曲がった、その時。

「きゃあ」

 馬が牽く荷車と出くわしてしまった。

「危ない」

 馬のひづめに掛けられるかと思われたその刹那、サナがライナを庇った。

 馬の前から風のようにライナを抱えて飛び退いたのである。

 馬は何も気付かなかったかのように荷車を牽いて通り過ぎていった。


「……あれ?」

 目をつむってしまっていたライナが、不思議そうな声を出した。

 身体がふわっと浮いた気がしたので、蹴られたと思ったが、どこも痛くないし、目の前にはサナがいた、というわけだ。

「ライナちゃん、大丈夫?」

「うん、おねえちゃん。あたし……」

「馬はうまく避けてくれたみたい。もう飛び出しちゃ、駄目」

「うん……ごめんなさい」


 人通りはなかった上、馬車の御者も馬の前方での出来事だったので気が付かなかったようだ。

 サナが人間離れした速度でライナを助けた場面を見ていた者は誰もいないのが幸いだった。

「さ、行こ」

「うん」

 こうして手を繋いでいれば、先程のようなこともないだろうと、サナはライナの手を取った。

 ライナはにこにこしながらサナの手を引き進んでいった。


 そして歩くこと10分。

「ここだよー」

 ライナが立ち止まったのはガラス工房の前。

 ゴローが見たら、『この世界の鏡はガラスで作るのか』と言ったことだろう。

 が、実情はちょっとだけ違った。

「……こんにちは」

 一声掛けて、サナは工房に足を踏み入れた。

 手前にカウンターがあって、一応商店の体裁はなしているが、すぐ奥は工房で、一番奥にはガラスを溶かす炉の火がごうごうと燃えている。

 溶けたガラスは金属製の型枠に流し込まれている。奥にはそういう型枠が幾つか並んでいた。

 中はガラスを溶かす熱気でむっとしているが、人造生命(ホムンクルス)であるサナには何の痛痒つうようも感じない。

 が、ライナはそうではないので、非常に暑そうな顔をしている。

 職人は3人。

 ちょうど休憩時間だったようで、スツールに座って何やら打ち合わせをしていた。


「おう……古着屋のディアラさんとこのライナ嬢ちゃんじゃねえか」

 ライナとサナに気付いた、親方らしい年配の職人がカウンターにやって来た。

「今日はどうした? それにそっちの姉ちゃんは?」

「あのね、かがみがほしいの」

「鏡か。大きさは?」

 ここでサナが口を開く。

「80セル(cm)と40セル(cm)くらいのを2枚」

「ふむ、ちょうどあるが、そんな中途半端でいいのか?」

「いい」

「わかった。ちょっと待ってろ」

 親方らしき職人は、奥から1枚の板ガラスを持ち出してきた。

「これが鏡だ」

 1メル()四方の大きさのガラスで、片面が真っ黒に塗りつぶされたものだった。


 ガラス張りの窓が、夜、明るい側から見ると鏡のようになり、暗い側から見ると素通しになって見えるのと同じだ。


「必要な大きさに切ってやるぞ。ええと、80セル(cm)と40セル(cm)が2枚、だったか?」

「……切ってもらわなくていい。これ1枚、いくら?」

「4000シクロだが……いいのか?」

「いい。……はい、これ」

 預かった銀貨を4枚差し出すサナ。

「あいよ、確かに。……気を付けて運んで行けよ」

「うん。……ライナちゃん、行こ」

「うん、おねえちゃん!」


 こうしてサナとライナは鏡を手に入れ、ディアラの店へ戻ったのであった。


*   *   *


「ただいまー、おばあちゃん!」

「……ただいま」

「おお、お帰り、ライナ。サナちゃん、ご苦労だったね。重かったろう?」

 ディアラはサナが持っている鏡を見て済まなそうに言った。

「ううん、このくらい平気」

 そう答えてサナは店の隅に鏡を置いた。

 ゴローも、

「お帰り。ご苦労さん」

 とねぎらいの言葉を掛けた後、鏡を見た。

「えっ……」

 それはガラスの片面を黒く塗っただけのもの。

 確かに、これでもガラスの反射で映って見えるが……と、渋い顔になる。

「おお、いい鏡だね」

 だが、この世界……少なくともこの町ではこれが普通のようだ。

 これでも、対象を明るく照らしさえすれば、十分鏡の役割は果たす。

 まだガラスの面に金属を蒸着させる技術は生まれていないようだった。

(金属板を磨いた鏡にするには重すぎるだろうしなあ……)

 そうした鏡もあるが、主に小型の手鏡となっている。


「それはいいけど、ちょっと大きくないか?」

「うん。ゴローなら、切れるでしょ?」

「ああ、あれか……」

 『遺跡』で見つけた小型ナイフなら、ガラスもスパスパ切れてしまうだろうが、ディアラとライナに見られてしまうわけで、ゴローは少し躊躇ちゅうちょした。

「あ、そうか」

 ハカセからもらった宝石があったことを思い出すゴロー。


 ガラス切りは、今でこそ超硬合金製が多いが、昔は小さな工業用ダイヤモンドが先に付いていて、それでガラスに傷を付けて折るようにして加工していたのである。

 なので、手持ちの宝石でもできるだろうとゴローは考えたのであった。

「うーん……紫水晶はモース硬度7だからもっと硬い石がいいなあ……ああ、これはルビーかな。モース硬度9だから行けるだろう」

 謎知識に教えられ、石を物色したところ、残念ながらダイヤモンドはなかったが、その次に硬いと思われるルビー(鋼玉コランダム)が見つかった。

 余談だが、ルビーはまた紅玉ともいう。

 ちょうど採取時に割った裂片があったのでそれを使う。

 半分にすると、当初の80セル(cm)×40セル(cm)より少し大きい100セル(cm)×50セル(cm)になるが問題ない。

 定規の代わりに角材を当てがい、一気に傷を付ける、そして傷を広げるように力を加えれば、『ポリン』という感じで折れるのだ。

 折れ口は鋭くて、手を切るおそれがあるのでルビーの欠片で削って丸める。

 それを適当な板に取り付けて、少し斜めに立てかければ姿見のできあがりだ。


「器用なもんだね。ゴロー君、ありがとうよ」

 試着コーナーに置くことで、自分で自分の姿を確認できるようになる。

 ただ、試着コーナーを少し明るめにする必要があるが。


 後にこの工夫が評判になり、あちこちの服屋で取り入れられることになるのであるが、それはまた別のお話。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は8月1日(木)14:00の予定です。


 20190730 修正

(旧)中はガラスを解かす熱気でむっとしているが

(新)中はガラスを溶かす熱気でむっとしているが

(旧)一番奥にはガラスを解かす炉の火がごうごうと燃えている。

(新)一番奥にはガラスを溶かす炉の火がごうごうと燃えている。


(誤)ガラス張りの窓が、夜、暗い側から見ると鏡のようになり、明るい側から見ると素通しになって見えるのと同じだ。

(正)ガラス張りの窓が、夜、明るい側から見ると鏡のようになり、暗い側から見ると素通しになって見えるのと同じだ。


 逆でした orz


(旧)

 ちょうど採取時に割った裂片があったのでそれを使う。

(新)

 ちょうど採取時に割った裂片があったのでそれを使う。

 半分にすると、当初の80セル(cm)×40セル(cm)より少し大きい100セル(cm)×50セル(cm)になるが問題ない。


 20190731 修正

(旧)その次に硬いと思われるルビー(鋼玉コランダム)を使うことにした。

(新)その次に硬いと思われるルビー(鋼玉コランダム)を使うことにした。余談だが、ルビーはまた紅玉ともいう。


 20190802 修正

(旧)

 手前にカウンターがあって、一応商店の体裁はなしているが、すぐ奥は工房で、一番奥にはガラスを溶かす炉の火がごうごうと燃えている。

(新)

 手前にカウンターがあって、一応商店の体裁はなしているが、すぐ奥は工房で、一番奥にはガラスを溶かす炉の火がごうごうと燃えている。

 溶けたガラスは金属製の型枠に流し込まれている。奥にはそういう型枠が幾つか並んでいた。


(旧) 残念ながらダイアモンドはなかったので、その次に硬いと思われるルビー(鋼玉コランダム)を使うことにした。

(新) 謎知識に教えられ石を物色したところ、残念ながらダイヤモンドはなかったが、その次に硬いと思われるルビー(鋼玉コランダム)が見つかった。


 20200708 修正

(誤)これでも、対象を明るく照らしさえずれば、十分鏡の役割は果たす。

(正)これでも、対象を明るく照らしさえすれば、十分鏡の役割は果たす。


 20200921 修正

(旧)「あ、言っとくけど、息子夫婦は健在だからね? 息子夫婦とその長男、あたしの孫だね。……はシクトマの町で暮らしているよ」

(新)「あ、言っとくけど、息子夫婦は健在だからね? 息子夫婦はシクトマの町で暮らしているよ」

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