07-30 ハカセの意外な一面
翌日、ゴローとハカセは朝食を済ませると、『試作2号車改2』にアルミのインゴットを少し積んでブルー工房へ向かった。
「あっ、ゴローさん、ハカセさん! お待ちしてました!!」
アーレン・ブルーが喜々として2人を出迎える。そして早速、自動車の話題になる。
「調子はどうですか?」
「ああ、いいよ。ここへ来る道中も快適だった」
「ああ、いいなあ……うん、僕も今の仕事が終わったら、自分用の自動車を作りますよ!」
勢い込んで言うアーレン・ブルー。
「それはいいな。で、だ……」
「何かあったんですか?」
「ああ、実は……」
ゴローは、昨日ローザンヌ王女が来て『試作2号車改2』をベースにした自分用の自動車を注文していった、と話した。
「ええ……?」
少し呆れるアーレン・ブルー。
「断れなかったんだ」
「でしょうね……」
「そういうわけで、同時並行で作らなきゃと思ってやって来たんだ」
「わかりました。お手伝いしますよ。もう先の注文分は大部分できていますからね。僕がいなくても大丈夫でしょう」
「済まない、助かる」
「いえ、こっちの方が面白そうですし」
どうやらそっちが本音だったようである。
* * *
元になる『試作2号車改2』があるのと、要求スペックがはっきりしているのとで、製作はサクサクと進んだ。
もうゴローもアーレンもハカセも自動車を作り慣れたということもある。
「ホイールはこれを使うよ」
「アルミニウム、ですか。軽い金属ですねえ。今度僕も探してみますよ」
アーレンが一番興味を持ったのは軽金属であるアルミニウムであったが……。
「それ、軽銀と同じものだぞ」
とゴローに言われ、
「あ、ほんとですね」
と今更ながら気付く、という一幕もあったりする。
「フレームは鉄でもいいけれど、断面形状を工夫しよう」
「サスペンションはやっぱり板ばねだろうねえ」
「4人乗りだから、全長はもう少し短くできますね」
その日一日で、ボディ以外の本体が8割方完成してしまったのである。
もちろん、ちゃんと休み時間もありで。
「……いやあ、随分早くできたなあ」
「これ、ゴローさんたちが言ってた『部品の規格化』もありますよね」
「ああ、そうだな」
ネジやシャフト径、タイヤ、ホイール、車幅など、できるだけ共通にしようという提案をし、それに沿って作業を進めているため、作業効率が3割くらい向上したのである。
「明日には完成しますね」
「そうだといいな」
切りがいいところで作業を一旦やめ、ゴローとハカセは帰ることにする。
そうしないとアーレンが作業の手を止めないからだ。
「それじゃあ今日はこれで。……アーレン、ちゃんと休めよ?」
「はい、大丈夫ですよ。ラーナが怖いですから」
「はは、じゃあな」
* * *
ブルー工房からの帰り道。
「ゴロー、明日、自動車の方は、あんたに任せていいかい?」
「え、ハカセは?」
ハカセはその質問に直接答えず、
「……悪いんだけど、今夜もう一度研究所に送っていってくれないかねえ?」
とゴローに頼むのだった。
「はい。それは構いませんけど」
「ありがとうよ。……で、さっきの質問だけど、ちょっと研究室で試してみたいことを思いついてねえ」
「それって『飛行機』のことですか?」
「そうそう。……こっちじゃちょっと危なくて実験できないしねえ」
「危ないって……何をする気ですか!?」
ハカセが危ないと言うからには、本当に危ないのだろう、とゴローは察した。
そんな危ないことをハカセにやらせるわけには……。
「ちょっと思いついたことを実験するだけさね。そんな心配しなくてもいいよ」
「ですが……」
それでも、何を実験するのか教えてくれないハカセに、ゴローの心配は募るばかり。
「そうだ、サナを連れて行ってやってください」
サナが一緒なら安心だ、とゴロー。
「サナをかい? ……まあ、いいけどねえ……」
そういうことになった。
* * *
「私が同行? お目付け役?」
「まあそんなところだ」
どうしてもハカセが何を実験するのか教えてくれないので、ゴローとしてもサナに詳しい説明ができない。
「……そんなに心配することはないんだけどねえ」
「でも、ハカセはどんな実験をするのか教えてくれないじゃないですか」
「…………」
無言になるハカセ。
だがここで、事態を打破する発言が、サナの口から飛び出した。
「……多分ハカセは、失敗する可能性の高い実験をするつもり」
「え?」
「ハカセは、失敗を見られるのがとっても嫌なんだと、思う」
「サ、サナ! それ以上言うんじゃないよ!!」
「ハカセ?」
ゴローがハカセを見ると、その顔は真っ赤である。どうやら図星だったようだ。
「ハカセ、違います?」
「……ああ、もう! そうだよ、サナの言うとおりだよ! 危ない実験じゃなくて、失敗する可能性の高い実験だよ!」
「でもハカセ、そんな実験なら、随分やりませんでした?」
そう言ってからゴローは気が付いた。
ゴローの知る限り、ハカセと一緒に行った実験で『大失敗』というものはなかったことに。
それだけハカセの手腕が素晴らしいということである。
が、その反面、ハカセは失敗を気にする人なのであった。
「そういうことでしたか」
ハカセの意外な一面を知ったゴローは、よりハカセを身近に感じるようになった。
これまでは、思いついたことを何でも実現してきたハカセを半ば神格化して考えていた面もあったのだが、やはりハカセも人間なんだなあと感じたわけである。
「ああもう、いいさね。……そうだよ、あたしゃ、あんたたちの前で失敗するところを見せたくないんだよ!」
「ハカセ……俺はそんなの気にしませんよ」
「うん、私も」
「ああ、それはわかっちゃいるのさね。あんたたちはあたしの失敗を笑ったりしないって。でもね…………」
「ハカセにもトラウマがあるんですか?」
「……トラウマってのが何だかわからないけど、なんとなくわかるよ。……過去の嫌な体験、みたいなものだろう?」
「まあ、そうです」
「だったらそうだよ、と言っておこう。あたしがまだ駆け出しだった時に大失敗をしてねえ。同僚たちに大笑いされてさ。いたたまれない思いをしたんだよ」
「ええと、誰かが怪我をした、とかそういうんじゃないんですよね?」
「もちろんさね」
どうやらその失敗で誰かに怪我をさせた、とか取り返しのつかない事になった、というような重い話ではなさそうなのでホッとするゴロー。
どんな失敗だったのかまでは、ハカセも語りたくなさそうなので、それ以上追及することはやめにする。
「危険はないんですよね?」
「くどいね。ないってばさ」
「ならいいです。でも、サナを連れていってください」
「しょうがない……あんたたちがあたしのことを案じてくれているのはわかってるよ」
そこまで言われて、ゴローもようやく安心したのである。
(……よ、ゴロー)
「ハカセ、今何か言いました?」
「え? いや、別に」
「そうですか。……マリーとルナールが支度ができていると言ってます。夕食にしましょう」
「ああ、そうだねえ」
そしてゴロー、サナ、ハカセらは食堂へ。
サナが先頭、続いてハカセ。ゴローは最後尾。
(ハカセ、)
実際のところ、ゴローの耳にはハカセの呟きがちゃんと聞こえていたのだ。
『ありがとうよ』という呟きが。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は6月3日(木)14:00の予定です。
20210629 修正
(旧)
アーレンが一番興味を持ったのは軽金属であるアルミニウムであった。
(新)
アーレンが一番興味を持ったのは軽金属であるアルミニウムであったが……。
「それ、軽銀と同じものだぞ」
とゴローに言われ、
「あ、ほんとですね」
と今更ながら気付く、という一幕もあったりする。