07-29 開発予定が目白押し
すみません、遅れ(すぎ)ました
改良された『レイヴン』は、前回よりも早く『研究所』に到着した。
「うーん、だいたい2割くらい、スピードアップできたかねえ?」
「そのくらいですね」
「上出来だね。これ以上は、空気抵抗を減らすような工夫が必要になるだろうね」
「そうですね、ハカセ」
空気抵抗は速度の自乗に比例して大きくなる。
時速200キルでは、時速100キルのときの4倍の空気抵抗が生じるわけだ。
高速化すればするほど、空気抵抗が問題になってくるのである。
今回『レイヴン』は2割、つまり1.2倍の速度向上を達成したわけであるが、空気抵抗は1.2の自乗で1.44倍になっている。
「まあそれはまた考えるとして、材料を積み込むかねえ」
「はい、ハカセ」
「お帰りなさいませ、ハカセ、ゴローさん」
「ただいま、フランク」
「また素材がお入り用に?」
「うん、そうなんだ。運び出すのを手伝っておくれ」
「お任せください」
そういうわけでフランクにも手伝ってもらいながらハカセとゴローはアルミニウムのインゴットを積み込んでいった。
その他、ティルダのためにラピスラズリと翡翠を少々。それに、なにかに使えるかもとダイヤモンドとルビーの原石も少し。
その時気が付いたことがある。
「……フランク、あの隅に山になっているのって、ボーキサイトじゃないかねえ?」
「はい、ハカセ、仰るとおりです」
「あたしの記憶が確かなら、この前にはなかったと思うんだけど?」
「はい。先日、ハカセとゴローさんがアルミニウムを必要とされていたようですので、僭越ながら少々採掘しておきました。私には精錬までは無理なので、ああしてそのまま積み上げてあります」
この返答に、ハカセは上機嫌。
「でかした! ……フランク、その自律思考と判断力。あんたはあたしの自動人形の最高傑作だよ」
「お褒めにあずかり、光栄です」
「その調子で……そうだね、今の倍くらいまで、ボーキサイトを採掘しておいておくれ」
「わかりました」
ここのボーキサイトはアルミニウムを60パーセント近くも含む、良質なものである。
つまり1トムのボーキサイトから600キムのアルミニウムが得られるわけだ。
今、フランクが積み上げてくれたボーキサイトは目算で300キムほど。あと300キムあれば、当面必要なアルミニウムは確保できるだろうと思われた。
「あとの素材はどうするかねえ」
『レイヴン』に積める重さには限りがある。
「王都で手に入るものは積まなくていいと思いますが」
「それはそうだねえ。なら、『亜竜の翼膜』も少し持っていこうかね」
「向こうで飛行機を作るつもりですか?」
「いや、わからないけどね。他にも使い途はあるだろうから」
そういうわけで、1時間ほど掛けて必要な資材を積み込み終えた。
「フランク、それじゃあ、また行ってくるよ」
「はい、行ってらっしゃいませ」
そして『レイヴン』は、夜の闇の中、帰途についたのである。
* * *
「ハカセ、『移動用』と『輸送用』に分けてみたらどうでしょうか?」
帰りの空の上で、ゴローはハカセに提案を行った。
「もうちょっとだけこの『レイヴン』に手を加えて積載量を1.5倍くらいまで増やすんです。速度は今と同じレベルでいいでしょう」
一晩のうちに、余裕で王都と研究所を往復できるのだから、とゴローは言った。
「うーん、そうだねえ……でゴロー、『移動用』のあてはあるのかい?」
「はい。ほら、昼間、ローザンヌ王女が言っていたじゃないですか」
「……生憎とあたしゃ聞いていないのさね」
「あ、そうでしたね、すみません」
ゴローはハカセに詫び、掻い摘んだ説明を行う。
「ふむ、『浮く』プロペラと『進む』プロペラねえ」
「俺の『謎知識』は、似ているようでまた別系統のやり方もあると教えてくれているんですが」
「帰ったら聞かせてもらうよ。……で、そっちを『移動用』にしようというわけだね?」
「はい」
「悪くはないねえ。……でも、ゴローの『謎知識』が示してくれた方式は、『魔法ありき』ではないのだろう?」
「あ、それは確かにそうですね」
「……なら、魔法のあるこの世界での最適ではない可能性もあるね。いや、むしろ最適ではないと断言してもいいかもねえ」
それはあくまでもハカセの勘である。
だが、『失速したら墜落する飛行機』というものは、ハカセにしてみたら欠陥品にしか思えないのである。
いくらその方が効率がいいにせよ、だ。
「まあ、あたしのアイデアを実現するにはまだ時間が掛かりそうだけどねえ」
そう言ってハカセは楽しそうに微笑んだ。
「ゴロー、あんたが生まれてきてくれてよかったよ。やれそうなことはやり尽くして退屈してたあの頃からは、こんなに楽しい毎日が来るなんて思ってもみなかったからねえ」
「は、はあ」
そしてハカセは鼻歌を歌いながら、近付いてくる王都シクトマの灯りを見つめていたのであった。
* * *
「おかえりなさい、ハカセ、ゴロー」
「ただいま、サナ」
屋敷に帰り着くと、サナが出迎えてくれた。
荷物を下ろす手伝いをしてくれる。
「あ、これ……」
その中に『樹糖の結晶』があることに気が付いたサナ。
「少しだけど持ってきた。サナが喜ぶと思ってさ」
「うん、ゴロー、偉い。さすが、私の弟」
「はは、ありがとう」
サナは早速『樹糖の結晶』の塊を口に放り込み、独特の甘みを楽しんでいる。
「そう言えば、『ダークエルフ』がいるっていう『ミツヒ村』へ行く話が立ち消えになっているな」
「うん。……でも、『飛行機』ができれば、楽に訪問できる。こういうのって、ゴローの言う『急がば回れ』?」
「ああ、そうかもな……」
昨年のゴローたちなら歩いていき、探し回らなければならなかった。
だが今なら『レイヴン』でひとっ飛びし、空から村を探すことができる。
「こっちの用事が終わったら行ってみたいな」
「うん。その時はハカセも、一緒」
「だな」
荷物を全部下ろしたあと、『飛行機』の開発スケジュールを検討しようとしたハカセであるが、サナに止められ、渋々寝室へ行ったのは余談である。
* * *
そして眠る必要のないゴローとサナは、ベッドに横たわって『念話』で会話をしている。
〈……というわけで、移動用と運搬用の飛行機を作ろう、ってハカセと話していたんだ〉
〈そう。……でも、使い所が、難しい〉
〈そうなんだよな。だから俺としては、王城で開発中の『飛行機』を少し手伝って、より完成度を高めたら、と思っているんだ〉
自動車がそうであるように、とゴローは説明した。
サナもそれは理解してくれた。
〈確かに、それも1つの、手〉
〈だろう?〉
〈うん。飛行機が普及すれば、ハカセの飛行機も目立たなくなる、かも〉
〈木を隠すなら森の中、って言うしな〉
〈言わない。というか、初めて聞いた。……それ、『謎知識』から?〉
〈あ、ああ、そうだと思う〉
〈でも、納得。『木を隠すなら森の中』。うん、気に入った〉
〈はは、そうかい〉
物を隠すには同種の物がたくさんある中に混ぜるのがよい、というくらいの意味である。
ちなみに、それほど古い諺ではなく、とある推理小説の文が元になっているという。
〈とりあえず王女様への自動車を作らないとな〉
〈それから飛行機?〉
〈そうなるな〉
〈少しなら、手伝う〉
〈ああ、頼むよ〉
そんな会話をしながら、夜は更けていったのである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は5月30日(日)14:00の予定です。
20210528 修正
(誤)空気抵抗は速度の自乗に否定して大きくなる。
(正)空気抵抗は速度の自乗に比例して大きくなる。
(誤)「うん、そうなんだ。運ぶ出すのを手伝っておくれ」
(正)「うん、そうなんだ。運び出すのを手伝っておくれ」
20210529 修正
(誤)「王都で手に入るものは買わなくていいと思いますが」
(正)「王都で手に入るものは積まなくていいと思いますが」
(誤)あんたはあたしのゴーレムの最高傑作だよ
(正)あんたはあたしの自動人形の最高傑作だよ