07-28 注文のために
『試作2号車改2』の試乗を終え、屋敷に戻ってくると、
「ゴロー、この『試作2号車改2』と同じ性能の車を作ってくれぬか?」
と、ローザンヌ王女が言い出した。
「え……」
ゴローが返事を渋ると、
「ああ、王家用の自動車ができてからでいいぞ、もちろん」
と言われたので、まあそれならとゴローは渋々頷いた。
「でしたら、仕様をもう少し詰めたいのですが」
「うむ、わかった。何を決めればいい?」
「そうですね……乗り心地は同じでいいでしょうか?」
「よい」
断言するローザンヌ王女。
実はこれでかなり製作が楽になる。サスペンションとダンパーの改良は今現在難しいからだ。
「大きさや乗れる人数はどうします?」
「うーむ、私専用にしたいから、できるならもう少しだけ小さくできるか? 4人乗りくらいでいいのだが」
「できると思います」
その他に、ボディの色は赤とか、最高速度は今回の試乗を元に時速40キルくらい、ということまで決まったのである。
「材料費として、前金で200万シクロを払おう。今は持ち合わせがないから、後で届けさせる」
「承りました」
期せずして、2台めの自動車の発注を受けてしまったゴローであった。
* * *
その後、庭でティータイムとなった。
のんびりと雑談に花を咲かせるゴローたち。
「そういえばティルダ、ジャンガル王国から受けたアクセサリー作りはどうなっているのだ?」
「はい、昨年中に、と言われたものは、納品しましたです。でもそうしたら、追加注文をいただきまして、今はそれを製作中です。ただ、石が見つからなくて……」
「石か。何が必要なのだ?」
「珊瑚か翡翠、それに瑠璃があるといいのです」
「なるほど、希少な石ばかりだな。……珊瑚は持っていた気がするな」
王女であれば、そうした希少な宝石を持っていてもおかしくない。
「南の海で採れた珊瑚だと言っていたな。確かピンク色をしていた」
「桃色珊瑚なのですね」
宝石となる珊瑚は、温かい海の深いところに棲息しており、赤・血赤・桃・白の4種類に分けられている(赤と血赤をまとめて赤とみなし、3種類とする分類もある)。
桃色珊瑚は『原木』(珊瑚の姿が樹のようなのでこう呼ぶ)が大きく、粘りがあるので彫刻に向くのだ。
「大きな原木だったから、少し分けてやろう」
「え」
絶句して固まるティルダ。
市井の職人に、王女殿下が材料を下賜してくれると言うのだから無理はない。
「そう恐れ入ることはないぞ。そもそもこの注文はジャンガル王国からのもので、いわば我が国の名誉が掛かっているわけだ」
「そ、そういえばそうなのです。ど、どど、どうしましょう」
ローザンヌ王女に言われ、改めてこの注文がとんでもないものだと悟ったティルダは震え出してしまった。
「あわわわわわ」
「てい」
サナがティルダの頭を軽く叩いた。
「あ……サナ、さん?」
「ティルダ、落ち着いて」
「は、はいなのです……」
「ティルダの腕前は、ジャンガル王国の王族も認めるほど。それは私も、ゴローも保証する。だから、自信を持って」
「あ、はいなのです」
そこへローザンヌ王女も口を添える。
「そうだぞ。ティルダの腕がいいことは私もよく知っているからな」
「あ、ありがとうございますです……」
「いや、プレッシャーを掛けるようなことを言って済まなかったな。詫びとして、できるだけ早く……そうだな、明日にでも珊瑚を届けさせよう」
「あ、あ、あ、ありがとうございますです、殿下」
深々と頭を下げるティルダであった。
* * *
「さて、名残惜しいがそろそろお暇するか」
春の日も傾いてきたため、ローザンヌ王女は立ち上がった。モーガンもそれに続く。
「邪魔したな、ゴロー。自動車の製作、よろしく頼む。材料費と珊瑚は明日にでも届けさせよう」
そう言い残しローザンヌ王女は帰っていったのである。
* * *
「ゴロー、もう王女様は帰ったかい?」
ハカセはそっと陰から顔をのぞかせながら、小さな声で尋ねてきた。
「あ、はい」
「……いやいや、この屋敷には王女様も来るんだねえ。ゴローも随分と顔が広くなったもんだよ」
「はあ」
「……で、聞いていたけど、『試作2号車改2』を元にした自動車を注文されたんだね?」
「はい」
「それなら今夜、研究所へ行こうかね」
ホイール用のアルミが足りないだろう、とハカセは言ったのである。
「これからもっといろいろ作りたいから、アルミのインゴットはたくさん持ってきたほうがいいだろうね」
「……そうですね」
それに、ティルダのアクセサリー用に瑠璃を少し欲しいなと思っているゴローなのである。
何でもかんでもハカセに頼るのはどうかと、今回は聞いてみなかったのだが、王都ではティルダが欲しがるような瑠璃も翡翠も見つからなかったのである。
「ラピスラズリなら手持ちにあるから使っていいよ」
「ハカセさん、ありがとうございますです」
そういうわけで、今夜日が落ちたなら、飛行機『レイヴン』を使って研究所に材料を取りに行くことになった。
「それじゃあ、ついでに『レイヴン』の推進機も少しパワーアップさせようじゃないか」
「あ、そうですね」
「私は手伝えそうもないのです」
「ああ、ティルダちゃんはいいさね。サナ、ティルダちゃんについていておやり。こっちはあたしとゴローで十分だからね」
「はい、ハカセ」
そんなわけで『レイヴン』の改良はハカセとゴローの2人で行っていく。
「やっぱり、飛行速度は速いほうがいいからねえ」
『レイヴン』の推進機は円盤式エンジンでプロペラを回している。
エンジンをパワーアップし、プロペラを少し大きくすれば、速度も上がるだろうと思われた。
「プロペラの先端の速度が音速を超えないようにしないといけないんですよ」
「ほう? なんとなくわかる気もするけどねえ」
プロペラ先端の回転速度が音速域に達すると衝撃波が発生し、急激にエネルギーが奪われてしまうのだ。
そのため、プロペラ先端の速度は亜音速に留めておくのがセオリーとなっている。
そんなこんなで、ハカセとゴローは改造を進めていったのである。
* * *
日が暮れ、闇に覆われた午後9時、飛行機『レイヴン』は夜空に浮き上がった。
研究所に向かうのはハカセとゴロー。積載量の関係である。
「それじゃあ、行ってくるよ」
「ハカセ、ゴロー、気をつけて」
「うん。サナ、留守を頼む」
「任せて」
そしてゴローは『レイヴン』をスタートさせた。
「お?」
昼間に行った改造の効果がちゃんと感じられたのだ。
「どうだい、ゴロー?」
「はい、ハカセ。……前よりもスピードが出ている気がします」
「そうかい。改造は成功だね。……やっぱり速度計がほしいねえ。ピトー管、って言ったっけねえ」
「あ、はい」
「だけどねえ……構造からいって、管の先端に虫が詰まるとか凍りつくとかしたら役に立たなくなるんだろうねえ」
そうしたことが原因で起きた墜落事故もあるのだ。
特にジェット機の場合は低速での安定性が悪いので、着陸時に『対気速度』を知るのは必須条件であった。
その着陸時に、左右の翼に付いているピトー管が凍りつくなどして駄目になったために速度を知ることができずに失速したのである。
「3系統くらい取り付けておけばいいんじゃないでしょうか」
「そうだねえ……数多く取り付けるという安全策くらいしか思いつけないね」
「他にいい案がないか考えましょう」
「うん、そうだね」
そんな検討会もどきをしながら、『レイヴン』は北へと向かうのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は5月27日(木)14:00の予定です。
20210523 修正
(誤)「そうだねえ……数多く取り付けるという安全策くらいあいか思いつけないね」
(正)「そうだねえ……数多く取り付けるという安全策くらいしか思いつけないね」
A と S の押し間違いですね……orz
20210614 修正
(旧)「はい、かなり進んでいますです。ただ、石が見つからなくて……」
(新)「はい、昨年中に、と言われたものは、納品しましたです。でもそうしたら、追加注文をいただきまして、今はそれを製作中です。ただ、石が見つからなくて……」