07-27 相談と試乗
ゴローたちが『試作2号車改2』を完成させ、昼食を食べ終えた頃。
「ゴロー、遊びに来たぞ」
と言って、ローザンヌ王女がやって来た。モーガンも護衛として一緒について来ている。
「あ、殿下、……ようこそおいでくださいました」
とっさにサナがそう言って2人を迎えた。
「昼食も終わった頃だろうと思ってな。……うん? 他に人がいなかったか?」
「え?」
王女にそう言われ、ゴローはあたりを見回してみる。
サナ、ティルダ、そしてルナール。……ハカセがいなかった。
どうやら面倒ごとの臭いを察知し、どこかに避難したらしい……。
「まあそれはよい。……きっと何やら面白いことをやっているだろうと見当をつけてきたが当たったな」
庭に置かれた『試作2号車改2』を目ざとく見つけたローザンヌ王女。いや、これ見よがしに置かれていたのだから見つかって当然ではある。
「ゴロー、これは城で見たものとどう違うのだ?」
モーガンがゴローに質問する。
「ええと、ブルー工房で作ったのは『量産試作』といいまして、量産化する前段階のものです」
「ふんふん、ではこれは?」
「『試作2号車改2』ですね。試作の2台め、それを2回、大改造したものです」
「何が違う?」
「そうですね……量産を考えないで、ひたすら性能を追究したと言えるでしょうか」
「なるほど」
「……ど、どうぞ」
庭に置かれた椅子に腰掛けたローザンヌ王女の前に、ルナールが冷たいはちみつレモンを置いた。
「おお、すまん。……その方はルナール、だったか。元気そうだな」
「は、はい、お、おかげさまで」
王族を前にして、さすがにルナールも緊張をしているようだった。
「ふふ、そんなに緊張しなくてもよいぞ」
「は、はい」
そうは言われても、『不敬罪』に関しては少々トラウマがあるルナールなので、緊張するなと言うのも無理である。
それを察したローザンヌ王女は、
「ルナール、もう下がってよいぞ」
と声を掛けたのである。
ルナールは恐縮しながらもこれ幸いと屋敷の中へ引っ込んだのであった。
* * *
「さてゴロー、今日来たのはだな」
ローザンヌ王女が切り出した話。
それは、『竹とんぼ(木とんぼ)』を応用した『飛行機』についての話だった。
王城での研究が、少々行き詰まっているということで相談に来たのだという。
「先日、『自動車』のエンジンを見せてもらった。同じようなものを使って……なんと言ったか……そう、プロペラを回そうとしているのだが、今一つうまくいかないそうなのだ」
「はあ……」
ローザンヌ王女は技術関係に疎いので、その説明も大雑把であり、そこから問題点を抽出するのに少々時間が掛かる。
「……ええと、要は、プロペラで十分な風を起こせないということでしょうか?」
「多分そうだと思う」
「なるほど……」
「どうだ? 何か改善案があるか?」
「そうですねえ……」
王女の説明が不十分なので100パーセントの確証はないが、おそらく……という推測をゴローはしていた。
「推測ですが、回転数か、トルクが足りないんじゃないでしょうか」
「回転数? トルク?」
「回転数はわかりますよね。トルクというのは『回す力』のことです」
「ふむ、なるほど」
「自動車用のエンジンは、回転数は低めでトルクを大きく、というコンセプトで作っていますから、そのまま参考にはできないかと思います」
「で、では、どうしたらいい?」
「そちらの研究者の方もいずれ気が付くと思いますが、回転数を上げたいのなら回転する円盤の直径を小さくするんです」
「それだけでいいのか?」
「はい。用途によって最適な大きさがあると思いますが」
「ふうむ……」
『研究所』で飛行機用に開発したエンジンは、ローター直径が30セル、厚み2セル、駆動部分は6箇所で毎分2000回転を得ている。
ローザンヌ王女の話から推測した(あくまでも推測)スペックは、ローター直径50セル、厚み3セル、駆動部分8箇所で毎分500回転くらい。
それほど悪いとは思えないので、ゴローはもう少し話し合うことにする。
「大きなプロペラを回すためにトルクが必要でしたら、その場合はローターを2枚、3枚と増やしていけばいいのです」
ローター径が大きいと回転数は下がりトルクは上がる。
ローター径が小さいと回転数は上がりトルクは下がる。
もしもその状態でよりトルク(または馬力)がほしいのならローターの枚数を増やせばいいのである。
レシプロエンジンでいうなら気筒数を増やすようなものだ。
「なるほど……」
などと言っているが、実のところ『試作2号車改2』のエンジンは、ローター径は20セルと小さくし、枚数を10枚に増やし、駆動極は6極である。
幅広い速度域に対応できるよう、高回転・高トルクを目指したものであった。
「ローター径は30セルで、枚数も4枚くらいに増やせば『プロペラ』で空を飛ぶ飛行機もきっとできると思いますよ」
「そういうことか。……ゴロー、さすがだな」
細かい値についてもメモをとるローザンヌ王女であった。
「感謝するぞ、ゴロー」
「いえいえ。……あの、どんな機体を設計しているのか教えてもらえますか?」
ここで開発機のスペックを質問するゴロー。
ある程度相談に乗ってからのほうが打ち明けてくれるだろうという思惑からこのタイミングで質問したのだ。
「うむ。ゴローにならいいだろう。……『浮く』ためのエンジンと、『進む』ためのエンジンを備えた機体だ」
「……」
王女の説明には具体性が欠けているので想像するしかないのだが、おそらくはヘリコプターのようなものではないかと推測したゴローは、それに基いた改善点を口にした。
「『浮く』ためのエンジンは、トルク重視。『進む』ためのエンジンは回転数やや高め、でしょうか」
「ふむ」
素直にメモをとるローザンヌ王女。
そしてモーガンはなぜ、という質問をしてきた。
「俺の推測ですが、『浮く』プロペラは大きいと思うんです。だからトルクが必要でしょうし、あまり回転を高くするとプロペラの強度が心配になるので」
「ほう、さすがだな」
感心するモーガン。どうやらゴローの推測はそれほど大きく外れてはいなかったようだ。
* * *
「参考意見を聞くのはここまでにして」
メモをしまい込んだローザンヌ王女は顔を『試作2号車改2』に向けた。
「ゴロー、乗せてくれるだろう?」
と言い出したのである。
そう来るであろうことは推測できていたので、
「はい」
と頷いたゴローであった。
「よし、では頼む」
ローザンヌ王女は大喜びで『試作2号車改2』の助手席に乗り込んだ。
モーガンも後部座席に乗り込む。
最後にゴローが運転席に乗り込む。
「ええと、庭は狭いですので、外に出ていいのですか?」
「おお、もちろんだ。この自動車には屋根が付いているから、よほど注意して中を覗き込まない限り、殿下が乗っていらっしゃることに気付かれることはないだろう」
「わかりました」
護衛であるモーガンの許可も取ったので、ゴローは『試作2号車改2』を屋敷の外へ向けて走らせた。
「おお、乗り心地がいいな!」
そうした改善をしているので当然だが、それを知らない乗客が褒めてくれるというのは嬉しいものである。
「それになかなか速いぞ」
王都シクトマの道路は比較的状態がいいので、時速30キルで走ることに問題はない。
まして、タイヤやサスペンション、ダンパー、それに座席の見直しまで行った『改2』なのだ。
環状4号線を東進し、右折して北通りを南下し、また右折して環状3号線を西進。
北西通りを北西に進んで屋敷に戻る、およそ10キルのドライブだ。
「なかなか快適だな」
ローザンヌ王女はそう評した。
そして、この試乗会は同時に『試作2号車改2』のいいテストにもなったのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は5月24日(日)14:00の予定です。
20210520 修正
(誤)きっと何やら面白いことをやっているだろうと検討をつけてきたが当たったな」
(正)きっと何やら面白いことをやっているだろうと見当をつけてきたが当たったな」
20211222 修正
(誤)環状4号線を東進し、右折して北通りを南下し、また右折して環状3号線を東進。
(正)環状4号線を東進し、右折して北通りを南下し、また右折して環状3号線を西進。