07-26 改2
王族からの依頼がなされた大型の『パレード用』『自動車』。
その構想を、ゴローとアーレン・ブルーは相談していた。
「10人乗りで、装飾も加えるので車重も重くなるから、エンジンパワーは3倍くらい欲しいですね」
「そうだなあ……今のエンジンを3台積むか?」
「え? どうしてです? 専用エンジンの方が効率がいいんじゃないですか?」
「それは確かにそのとおりだけど、エンジンの形式を共通化するメリットが大きいからさ」
ゴローはアーレンに説明する。
「部品を共通化できれば、コストダウンに繋がるし、部品交換や修理にも有利だから」
「ああ、それはそうですね」
「だから『魔力庫』も規格化して、必要なら複数積むようにしていきたい」
「わかります」
この場にハカセがいたなら、違う意見も出てきたであろうが、『製造』サイドのアーレン・ブルーはゴローの意見に賛成した。
そしてゴローも、ハカセの方向性については理解している。
「オリジナルで性能の高い逸品を作る、という方向性もあるけど、それは趣味の世界だからな」
「ハカセさんならそっちでしょうね」
「そうだな」
そういうわけで、世界に広めていく『自動車』は、最初期から『規格化』を考慮したシステムで行くことになったのである。
* * *
「……なるほどねえ。アーレンらしいねえ」
家に戻ったゴローは、サナと一緒に夕食を食べていたハカセに報告を行った。
「でもまあ、ゴローのいうことはわかるよ。でも、あたしが作るのは『趣味』のモノだけどねえ」
「それはわかってますよ」
「『試作2号車改』も、もうちょっと手を入れたいねえ」
ハカセは、細々とした不満がある、と言う。
「どういう点ですか?」
「ゴローは気が付かないかもしれないけれど、あたしにはちょっと運転しづらいんだよ」
「具体的には?」
「シートとペダルの位置とか、ハンドルの太さとか、だねえ」
「ああ、なるほど」
「あとは、やっぱりもう少し乗り心地をよくしたいねえ」
先日『研究所』から運んできた素材があるので、そうした部品のグレードアップは可能である。
どうやらハカセは今日、1人残ってそうした改良を考えていたらしい。
「それじゃあ明日、アーレンのところでやりましょう」
「いやいや、大きな改造ではないからここでできるよ。アーレンは王家からの注文で大変だろう」
「そうかも知れませんね」
とはいえ、大変なのは製造面だけで、技術面に関してはもうブルー工房はモノにしているはずである。
ハカセとゴローの手助けはいらないはずであった。
むしろハカセとゴローが顔を出すと、アーレンの手が止まるというマイナス面があると思われる。
「だから3日くらいは顔を出さないでおこうかねえ」
「それがいいのかもしれませんね」
ハカセはハカセなりの気遣いをしているのであった。
そのため、アーレン・ブルーは寂しい思いをするのであるが……。
* * *
翌日、打ち合わせどおり、ハカセとゴローは『試作2号車改』のさらなる改造を行っていた。
シートは高さと前後の位置を調整可能にし、体格に合わせてドライビングポジションを決められるようにした。
ハンドルには細く切った革を巻いて滑り止めとし、グリップ性もよくしてみる。
シートの座面はコイルスプリングと綿、それにゴムを組み合わせることで、座り心地を少しだけ改善できた。
『魔力量計』をインパネ(インストルメントパネル)に取り付け、運転中でも魔力の残量を知ることができるようにした。
そしてゴローは。
「うーん……『速度計』が欲しい……」
と唸っていた。
「速度計かい。確かに、あったらいいねえ」
ハカセも、その必要性は理解できる、と言った。
「あんたの『謎知識』では『速度計』ってどういう原理で作動するんだい?」
「ええと、自動車の場合は、単位時間内にタイヤがどれだけ回ったか、を利用します」
「なるほどねえ。 ……ん? 『自動車の場合は』って言ったね? 他にもあるのかい?」
「あ、はい。飛行機の場合ですけどね」
「それは?」
「ええと、飛行機の場合は、地面ではなく空気に対する速度を測ります」
「なるほど。確かに、その方がいいかもねえ。特に『亜竜』式で浮くわけじゃない『グライダー』みたいな飛行機はね」
空気に対する運動によって揚力を生み出す飛行機の場合は、その『空気に対する速度』すなわち『対気速度』を知ることが重要になるわけだ。
実際、空気の圧力差によって速度を知る『ピトー管』が速度計として使われている。
もちろん『対地速度』もあり、これは地面との相対速度をいう。自動車の場合はこれであるし、飛行機の場合でも、目的地への所要時間を知る必要がある場合はこれを使うわけだ。
原理としては、風圧を受ける部分と受けない部分をパイプでつなぎ、内部に流体を詰めたものとなる。
静止したときと風圧を受けたときとでは流体の位置が変わるわけだ。その位置の移動量で風圧すなわち対気速度を知るわけである。
「ピトー管かい……そっちはいずれ飛行機用に開発するとして、自動車用の速度計を考えないとねえ」
そこでゴローはアイデアをひねり出す。
「ハカセ、回転する円盤が生み出す力って何かありませんか?」
「うん? ……やっぱり『風』じゃないかねえ」
「風ですか……」
回転を取り出してプロペラを回して風を起こし、その風力でメーターの針を動かす、という原理。
これならとりあえずは作れそうである。
「まあ、まずは『魔力量計』と同じように、ばねばかりを風で動かしてそれを読み取る方向でいいだろう」
「そうですね」
精度が悪そうだが、こうした計器はあるとないとでは大違いである。
とりあえずはその線で製作することにした。
* * *
「……最近、ゴローとハカセが忙しそう」
「なのですねえ」
サナとティルダはお茶を飲みながら2人の噂をしていた。
「サナさん、寂しいのです?」
「……ん……よくわから、ない」
「私は、注文された簪作りで充実しているのですが、サナさんは……」
「うん、確かに、暇。つまんない」
「でしたら、ゴローさんたちのお手伝いをなさったほうがいいと思うのです」
「そう?」
「はいです。ゴローさんたちも喜ぶと思うのです」
「……ティルダがそう言うの、なら」
そんなこんなで、サナも『試作2号車改』のさらなる改造に参加することになる。
* * *
「ハカセ、ゴロー、私も、手伝う」
ストレートにそう言って2人に近づくサナ。
「おや、サナかい。それは助かるよ」
ハカセは素直に人手が増えたことを喜び、
「サナも興味を持ってくれたか」
ゴローはサナがモノづくりの楽しさに目覚めたかと勘違いしながらも歓迎するのだった。
「それじゃあ、これを取り付けるから、そっちを押さえていておくれ」
「はい、ハカセ」
「サナがそっちを押さえていてくれるなら、俺はこっちを済ませてしまえるな」
やはり2人と3人とでは作業効率が違う。
『試作2号車改』の改、つまり『試作2号車改2』は次第にできあがっていく。
「うん、一緒に何かするのって、楽しい」
元々、サナはハカセの助手を務めていたわけで、こうした作業が嫌いなわけではない。
ただ最近のハカセとゴローの熱狂ともいえるのめり込み方についていけなかっただけである。
そんなこんなでお昼ごはんを挟んで午後の早い時間。
「できたねえ」
「できましたね」
「ん、できた」
『試作2号車改2』は完成したのである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は5月20日(木)14:00の予定です。
20210518 修正
(誤)ばねばかりを風で動かしてそれを読み散る方向でいいだろう」
(正)ばねばかりを風で動かしてそれを読み取る方向でいいだろう」