07-24 技術革新
ゴローは、目の前に置かれた茶筒と単一電池……ではなく、『魔力庫(大)』と『魔力庫(小)』を見て、ハカセに意見を言った。
「ハカセ、この『魔力庫』、本体から魔導線が出ていますよね」
「うん、魔力を取り出すためだからねえ」
「これ、端子にできませんか?」
「端子?」
ゴローはハカセに、端子について説明を行った。
「なるほどね。より交換を楽にするってわけかい」
「はい」
今のところ、ゴローが出した案は2つ。
1.乾電池を電池ボックスに入れて使うように、『魔力庫ボックス』を作って、交換できるようにする。
2.ラジオコントロール模型などで使われる充電式電池のように、『コネクタ』で接続し、交換できるようにする。
「なるほどねえ。やっぱり『謎知識』だねえ」
感心するハカセ。
「俺としては『コネクタ』がいいかと思っているんですが、規格化しないと互換性がなくなりますしね」
「そうだねえ……これは、アーレン君に丸投げしようかねえ」
鬼畜なことを言い出すハカセ。
開発者としての名誉を全て譲る代わりに、面倒事も全部押し付けようというわけだ。
「……本人がいいなら、いいんじゃないですか」
とだけ、ゴローは答えたのであった。
* * *
「………………」
午後3時。
ブルー工房で、『魔力庫(大)』と『魔力庫(小)』を前に、アーレン・ブルーは絶句していた。
「……さすがです」
やっと口にした言葉はそれだけ。
そして、徐々にだが現実に戻ってくる。
コネクタを見て、
「……この発想はいいですね。交換が楽になります」
と感心し、2つのサイズを見て、
「規格化……うん、大事ですね!」
と納得する。
そして最後は、
「雲母を使う……気が付きませんでした」
と言ってハカセとゴローの手をとった。
「いや、たまたまというか、思いつきだから」
とゴローが言えば、
「いえいえ、思いつけるというのは、それだけの基本情報を持っているからこそですから」
と畳み掛けるように褒める。
「ま、まあ、それは置いておいてさ」
ゴローは強引に話を変える。
「この『魔力庫(大)』と『魔力庫(小)』を、ちゃんとした規格品にして公にしたらいいと思うんだ」
「それは、確かに」
「で、それには知名度のあるアーレンにお願いしたいんだけどな」
「そうですね……これは僕の役目でしょうね」
意外とあっさり引き受けてくれたアーレン・ブルーであった。
もっとも、書類仕事は彼自身ではなく、秘書のラーナはじめ、事務職の人たちが主体で行うのだろうが……。
「で、こいつもブルー工房の製品にしておくれでないか?」
「ええ……それでいいんですか?」
「いいのいいの。あたしは名誉なんてほしくないから。自由に好きなように研究していられればそれでいいのさね」
「そのお気持ちはわかりますが……」
「まあ、ここはハカセの希望に沿ってあげてくれよ」
「わかりました……」
「よし、決まりだね。……アーレン君、この先は、いろいろな結晶を使って、容量がどう変わるか調べてみることと、容量の『単位』を決めることだね」
「『単位』ですか?」
「そう。この『魔力庫』の魔力容量は幾つ、とか、魔力残量はどれくらい、とかを表現するためにね」
「ああ、それは便利ですね。魔力充填にも応用できますね。容量がこれくらいだから充填時間はこのくらい、とか」
「そうそう。……だから単位を決めようじゃないか」
「はい!」
そういうわけで、ハカセ、ゴロー、アーレン・ブルーの3人は意見を出し合った……。
* * *
「では、単位は『リリ』でいいですね?」
「はい!」
「……よくないよ……」
「2対1です。多数決です。民主主義です。ハカセ、諦めてください」
「……」
話し合いの結果、魔力量の単位は『リリ』に決まった。記号は『LL』。
もちろんハカセの本名、『リリシア・ダングローブ・エリーセン・ゴブロス』から取ったのである。
そして肝心の容量の基準。
これが難物であった。
何しろ、『定量化』するためには測定器が必要であり、それを校正するための基準が必要になる。
その基準は、変動・変化・劣化しないものでなければならない。
ということでハカセが用意したのが『ダイヤモンド』。
炭素の結晶であり、モース硬度10。加工しづらいため、この世界では宝石としては2級品扱いされている。
結晶であるがゆえに魔力を溜め込む性質がある。
そして硬いがゆえに、基準……『原器』として使えるだろうという判断。
最後に、加工はゴローの持つ『ナイフ』で簡単に行えた。
「この1セル角のダイヤモンドに満充填した魔力を1LLとしようよ」
「わかりました」
これで残るは測定器である。
* * *
「ゴローの言う『めーたー』? なかなか難しいねえ」
「いっそ棒状にしましょうか?」
「ああ、それならよさそうだ」
最初はいわゆる『メーター』らしいメーターということで、アナログの針式のものを開発しようとしたのだが、その針を回転させる『力』をどうするか決められなかったのである。
電気なら電磁気力だが、魔力の場合は……。
まだこの方面の学問は体系化され始めたばかりだったのだ。
そこで、蓄えられた魔力の圧力を検知する方法として、髪の毛ほどの極細の魔導線で取り出した魔力を、例えば『風』のような魔法に変換し、その力をバネばかりで表示すれば……。
「うんうん、いけそうだね!」
「それならいいかもしれません。ゴローさん、さすがです!」
『謎知識』に頼りっきりなので褒められても少々複雑なゴローである。
「込める魔力で強さが変わる魔法がいいよねえ」
「何があります?」
「うーん、やっぱり『風』か……あとは『発射』だね」
「そこは試作して決めましょう」
そんなやり取りがあり……。
「風だね」
「風ですね」
「風がいいですね」
満場一致で『風』に決まったのだった。
理由は……なんといっても消費魔力が微小であるということに尽きる。
動かす質量が小さいから……かもしれない。
魔力抵抗……極細の魔力線に、鉛を混ぜた合金の『魔力抵抗』を噛ませることにより、容量の100万分の1という消費魔力でメーターを動かすことができるようになったのだ。
「これなら気にならないね」
「誤差の範囲ですね」
「この『魔力量計』があれば、いろいろと便利ですねえ」
ここ数日で『ブルー工房』は、100年くらいの技術革新を成し遂げているのであった……。
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次回更新は5月13日(木)14:00の予定です。