07-23 実験と検証、そして
翌朝、ハカセは朝食もそこそこに、『魔力庫』の実験に取り掛かった。
まずは雲母での実験だ。
「興味深いのです」
場所はティルダの工房。
なのでティルダも興味津々でハカセのやることに注目している。
「まずは雲母が魔力を蓄えるのか実験しようかね」
持ってきた雲母の1つを、標準的な『魔力庫』の内径に合わせて加工。
雲母は軟らかいので加工は非常に楽である。
直径9セル、厚さ1セルくらいの雲母の円盤ができあがった。
「これをあと9枚作ろうかね」
「あ、お手伝いしますのです」
「そうかい? ティルダちゃん、ありがとうよ」
雲母のカットはティルダに任せ、ハカセは『魔力庫』の外装を作ることにした。
銅を使って円筒を作る。『絞り』という加工だ。
銅の板に力を加え、少しずつ円筒にしていくのだ。
「『金属・変形』」
ハカセが使うのは土属性レベル8の魔法。金属を任意の形に変形させるものだ。
「わあ……凄いのです」
レベル8ともなると、魔導士100人に1人使えればいいような難易度の高い魔法である。
とはいえ、アクセサリーのような精密な変形はできない。
今回ハカセが行ったような、比較的単純な形状にできる程度である。
それでも十分に凄いのだが。
とにかく、そうして作った銅の円筒に雲母板を積層していく。
内部には、魔力の絶縁体となる鉛をめっきしてある。
具体的には、溶けた鉛を円筒の中に満たした後にこぼせば、内部は鉛めっきされているわけだ。ドブ漬けに近いやり方である。
「魔力極は銀にしておこうかね」
銀線に絹を被せ、魔力処理を施して魔力導線とし、魔力極に接続。
魔力処理をした絹もまた、魔力の絶縁体になるのだ。鉛よりも熱に弱いが、よりしなやかである。
他にも幾つかの処理と加工を施し、30分ほどで『ハカセ式魔力庫』は完成した。
「じゃあゴロー、これにオドを充填してみておくれ」
「はい、ハカセ」
アーレン・ブルーの所と違い、『魔力変換器』がないので、ゴローに充填してもらうことになる。
「『放出』」
ゴローの能力により、十秒ちょいで『ハカセ式魔力庫』は満タンになった。
「おお、いいねいいね」
今回、ハカセが工夫した点。
魔力のチャージ量がわかるようにしてある。
『ハカセ式魔力庫』の上部に、メーターもどきが付いているのだ。
魔力圧……電圧のようなもの……によって色が変わる素材を付けたのである。
満タンなら青、減っていくと緑、黄色を経て、空になると赤くなる。
「じゃあ、どのくらいの魔力容量があるか調べてみようかね」
簡易実験なので、『試作2号車改』に繋いでエンジンを回してみればいいだろうということになった。
『試作2号車改』の駆動輪が空転するように台の上に置き、そのまま放置。どのくらいの時間で停止するかを調べるのだ。
「待っている間に、亜竜素材の方をやってしまおう」
「あ、じゃあ、マリーに頼んで、止まったら教えてもらいましょう」
誰も付いていないと、止まったことに気が付かないだろうから、『屋敷妖精』のマリーに見ていてもらうことにした。
「頼むよ、マリー」
「承りました」
* * *
そしてハカセは、同じように作った銅の円筒内を鉛めっきし、『亜竜の骨髄』で満たした。
あとの作業は雲母の時と同じだ。
「ゴロー、充填してみておくれ」
「はい。……『放出』」
「んんん…………なかなか充填が終わらないねえ……」
ゴローの魔力をもってしても、満タンになるまで1分近く掛かったのである。
雲母の時は12秒くらいだったので、単純計算でおよそ5倍の容量があることになる。
「これは凄いねえ! ……もっと効率をあげられないかね? ゴロー、何かアイデアはないかい?」
ハカセとしては『やっつけ仕事』的なものがここまでの性能を持っているとわかったので、より効率アップを目指したかったのだ。
「そうですね……中の骨髄ですが、細かくしたものと粗いものとではどっちがいいか、調べてみたらどうでしょう?」
「なるほどね。……じゃあ実験だから、ごくごく小さいものを作るとしようかねえ」
「あ、それでしたら、うまくいったら魔導具用にできるように、サイズを考えて作った方がいいですよ」
大型が茶筒とするなら、小型は単1電池くらいにできないかとゴローは補足説明を行った。
「単1電池ってのがわからないけど、要は汎用性のあるサイズにしようというわけだね」
ゴローの言うことを理解したハカセは、今度はほぼ単1電池サイズの『ハカセ式魔力庫』を作り上げた。
1つの中身……骨髄は粉のように細かくしたもの。もう1つは適当に砕いたものだ。
「それじゃあ、これに充填してもらおうかね」
「わかりました。……『放出』」
「お、粗い方は一瞬で充填が終わったね。それじゃあ細かい方はどうかねえ?」
「『放出』」
「んん? ……体感的に倍くらいの時間が掛かったかねえ?」
「ええ、そのくらいですね」
「ふうむ……」
これにより、『亜竜の骨髄』は、できるだけ細かくした方が『魔力庫』の容量が増えることがわかった。
「やったね、ゴロー」
「はい、おめでとうございます」
「ハカセ、ゴローさん、よくわからないけど凄いのです!」
「ありがとね、ティルダちゃん」
と、そこへサナがやって来た。
「ハカセ、ゴロー、ティルダ、お昼ごはんの時間」
「ああ、もうそんな時間かい」
「夢中になっていましたね」
「おなか空いたのです」
そして、食堂へと向かう途中、実験中の『試作2号車改』の横を通ると。
「……まだ回っているねえ」
「ですねえ……」
「こりゃ、結構なものができたかもねえ」
魔力圧計を見たところ、まだ半分ほどしか魔力は減っていないようだった。
「雲母でも十分実用的かもね」
「でもこの実験では、エンジンに大した負荷は掛かっていませんから」
「ああ、そうだったねえ」
車を走らせているわけでもなく、単に空転させているだけなので、実際に走行させたらどのくらい走れるのかはまた別であった。
「うっかりしていたよ」
「……俺もです」
反省するハカセとゴロー……だが。
「2人とも、ごはん」
「あ、悪い」
サナにせっつかれ、後ろ髪を引かれる思いで食堂へと向かったのだった。
* * *
昼食はルナールが作った焼きおにぎりだった。
「うん、美味い」
「こりゃ美味しいねえ」
「うん、美味しい」
「美味しいのです」
「……ありがとうございます」
皆に褒められ、ルナールはお辞儀をした。
マリーに厳しく指導されたのは伊達ではないようだ。
* * *
そして昼食後、ハカセは『単1サイズ』の『ハカセ式魔力庫』を2つ作った。
中身はもちろん雲母だ。
片方はそのまま積層したもの。
もう片方は、魔力的に圧縮してみたもの。
それぞれをゴローに充填してもらったところ、そのままの雲母を使ったものはごく一瞬で充填が終わり、魔力的に圧縮した方は0.5秒ほど時間が掛かった。
「ふむ、やっぱり魔力的に圧縮した雲母のほうが効率がいいね」
ここまでの実験により、次世代の『魔力庫』が完成しつつあった……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は5月9日(日)14:00の予定です。
20210506 修正
(誤)レベル8ともなると、魔導士100人に1人使えればいいよう難易度の高い魔法である。
(正)レベル8ともなると、魔導士100人に1人使えればいいような難易度の高い魔法である。