07-22 一時帰省
『屋敷妖精』のマリーから『エーテル』について話を聞いたハカセは、興奮してゴローたちのところへ戻ってきた。
「ゴロー! 結晶だよ!!」
「……はい?」
「ゴローが言っていた、『原子』が『規則正しく並んだ』『その隙間』に『エーテル』もしくは『マナ』や『オド』が入り込むんじゃないかと思うんだよ!」
『蓄魔石』がそのいい例だ、とハカセは言った。ただこれは、大きさと蓄えられる魔力量を考えると効率が悪い。
「ええと、だったら魔獣の骨髄を使わなくても『魔力庫』を作れるってことですか?」
「その可能性があるということさね」
もちろんハカセが言うのは『効率のよい』『魔力庫』である。
「それは凄いですが、どうして今まで試されなかったんでしょう?」
「それはおそらく、『大きさ』が必要だからだねえ」
「大きさって、結晶の大きさですか?」
「そうさ。少なくともこのくらいは欲しいねえ」
そう言ってハカセが手で示したのは赤ん坊の頭くらいの大きさだった。
「そんなでっかい宝石なんてまず見つからないでしょうに」
「ああ、いやいや、宝石でなくてもいいんだけどね」
「あ、そうか」
宝石にならない結晶も、数多くあるのだから。
とはいっても、宝石ではない結晶など、そうそう出回っているものではないし、手に入るものでもない。
「氷……じゃあ実用にならないだろうしなあ」
水が結晶したものとして雪の結晶があるが、ハカセが必要とするほど巨大なものは作れないだろうとゴローはその線は諦めた。
「塩……もつらいか」
塩、つまり塩化ナトリウムも結晶するが、赤ん坊の頭ほどのものを作ることができるかというとちょっと、いやかなり難しい。
「うーん……結晶……結晶……」
「ゴロー、水晶は?」
悩むゴローを見かねてサナが案を出してくれた。
「うーん、水晶もそんなでかい結晶はないだろうしなあ」
その上、水晶には不純物が多いのである。
「ミョウバン……はなさそうだしなあ」
ミョウバン。
焼きミョウバンとも言われ、正式な化学物質としては硫酸アルミニウムカリウムと呼ばれる。
理科の実験で結晶作りに使われることもある。
ナスの漬物の色をよくしたり、汗の臭いを抑えたり、煮くずれを防いだり……と、用途も広い。
「蛍石……は駄目だな」
ミネラル(鉱物)コーナーでよく見かける正八面体の蛍石があるが、あれは結晶ではなく、『劈開』といって割れやすい方向をもつ蛍石の性質を生かして整形したものである。
「あ、そうだ。……ハカセ、黄鉄鉱はどうでしょう」
ゴローはハカセに聞いてみる。
黄鉄鉱は『愚者の金』とも呼ばれる。
その名のとおり、淡い金色をしており、一見金の鉱石にも見えるが、実は硫黄と鉄の化合物だ。
硫黄は天然の硫黄が産するし、また、硫黄を含んだ鉄は品質が悪い上に他に優秀な鉄鉱石があるため、鉄鉱石としてもほとんど利用されない。
だが、立方体に結晶したその見た目は美しく、コレクター魂をくすぐるものがある。
「黄鉄鉱かい……確かに研究所にあるけど……赤ん坊の頭ほどのものはないねえ……」
「そうですか……」
なかなかいい素材は思いつかないものだ。
ふと、ゴローが窓から外を見ると、既に外は真っ暗である。
「ガラス窓が曇ってきたな……外は冷えてきたみたいだ……ん……窓?」
そこからゴローが連想したものは。
「ハカセ、雲母はどうでしょう?」
「雲母? ……雲母ねえ……」
雲母はマイカとも呼ばれ、六角板状の結晶をする。
『劈開』は完全で、薄く剥がすことができる。
ゴローは、薄く剥がすことができるなら、逆に『積み上げていく』こともできるのではないかと思ったのだ。
「うーん、やってみないとわからないね。でもうまくいきそうな予感がするよ」
「それじゃあ『雲母』を取りに行ってきます」
「ああ、あたしも行くよ。2、3、持ってきたいものがあるし」
「わかりました」
そういうわけで、ハカセとゴローは飛行機『試作4号機改』すなわち『レイブン』を使って、夜のうちに研究所へ行って帰ってこようということになったのである。
* * *
時刻は午後7時。
「ゴロー、ハカセ、気をつけて」
「うん。行ってくるよ」
「行ってらっしゃい」
『レイブン』は王都の夜空に舞い上がった。
そして、北の空を目指し飛んでいく。
乗員はハカセとゴローの2人なので出力にも余裕がある。
前回、帰ってきた時には2時間だったが、今回は1時間半で研究所に到着できた。
「いやあ、ゴローが夜目が利かなかったら夜間飛行なんてできないねえ」
さすがのハカセも、月明かりのない夜の闇ではほとんど何も見えなかったのだ。
研究所前に『レイブン』が着陸すると、留守番役の『フランク』が出迎えてくれた。
「ハカセ、ゴローさん、お帰りなさい」
「ああフランク、ただいま。……とはいっても、また出掛けるんだけどね」
「お忙しそうですね」
「うん。でも充実しているよ。……それじゃあ雲母を取ってくるとしようかね」
「お手伝いいたします」
「俺も」
そういうわけで、ハカセ、ゴロー、フランクらは資材倉庫へと向かった。
「雲母、雲母と……ああ、あったあった」
透明に近い白雲母の塊がどさどさと置かれていた。
「凄いですね。どうしてこんなにあるんですか?」
「この研究所を掘ったときに出てきたんだよ。透明だからなにかに使えるだろうと思って取っておいたんだ」
「役に立ちましたね」
「うん。重ねて使うとして……これくらい持っていけばいいかね」
雲母は軽いので、結構な量を運べる。
その他にハカセは『亜竜の骨髄』も持ち出した。
飛行機製作時には骨髄を抜き取った骨部分を主に使っていたので、結構な量がストックされていたのだ。
「ふふ、これだけあれば、最高の『魔力庫』が作れるよ」
アーレン・ブルーが持っていた『魔力庫』。
その主要な素材は魔獣の骨髄だった。
「亜竜の骨髄よりは落ちる品質だろうさ」
つまりこれを使えば、最高品質の『魔力庫』を作れるだろうというわけだ。
それをハカセは『レイブン』や『試作2号車改』に積んでみたくなったのだろう。
その他に、『亜竜の翼膜』や『アルミニウム』を少し積み込み、
「それじゃあ戻ろうかね。……フランク、悪いけどまた留守番していておくれ」
「はい、ハカセ。お任せください」
「それじゃあ行ってくるよ。……ゴロー、やっとくれ」
「はい、ハカセ」
フランクに別れを告げ、『レイブン』は夜空に浮かび上がった。
そして今度は一路南を目指す。
往路は1時間半程度だったが、復路は荷物を満載しているので2時間ほど掛かってしまう。
それでも屋敷には、日付が変わる前に帰り着くことができたのだった。
「おかえりなさい、ハカセ、ゴロー」
「ただいま、サナ」
「マリーがお風呂を沸かしてくれてる」
「そうかい。ありがたく使わせてもらうとしようかね」
人造生命であるゴローは疲れを感じていないが、ハカセはそうも行かない。
お風呂で疲れを癒やしてもらい、今夜はぐっすり寝てもらおう、とゴローとサナは目配せしあったのだった。
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次回更新は5月6日(木)14:00の予定です。