07-19 実用化
結局、翌々日の昼前に『試作2号車』は一応の完成を見た。
あれからサイドブレーキ、ヘッドライト、テールランプ、ブレーキランプ、ウインカー、クラクション、ワイパー、エアコン、シートベルト……などを追加していったために時間が掛かったのだ。
「できましたね」
「できたねえ」
「できましたね」
アーレン・ブルー、ハカセ、ゴローは顔を見合わせて笑った。
「では、テスト走行をしてみましょう」
ゴローは途中でチョコチョコ試験運転をしているので、まずはアーレン・ブルーが乗り込んだ。
もう一般人でも運転できるレベルになっている『はず』なので問題はない。
工房そばの空き地でまずは練習。
「お、わ、わ、わ」
最初は発進時にガクガクしていたが、じきに慣れ、スムーズに加減速できるようになっていった。
そして10分ほど空き地をぐるぐる回ったアーレンはハカセとゴローの前に『試作2号車』を止めて報告。
「うーん、これくらいの難易度なら一般化できますね」
「その前にあと1つ、越えるべき壁があるけどな」
「魔力補給の問題ですね」
「うん」
今のところ、標準型の『魔力庫』1個を魔力充填するには丸1日掛かる。
そして、その魔力庫では、『試作2号車』はせいぜい1日しか動かせないのだ。
これは走らせっぱなしではなく、適度に止まっている前提なので、走り続けるなら魔力庫2個以上は必要になるだろう。
「魔力庫を多数積めばいいんですが、そういう問題だけではないんですよね」
アーレン・ブルーが深刻な顔で言った。
が、ゴローは、それに対して1つの答えを持っていた。
「それに関しては、運用でなんとかできる可能性があります」
「え、それは? ゴローさん、教えてください」
「交換するんです」
「交換?」
「交換……ああ、充填済みのものと交換するってのかい」
「あ、そうか! 拠点で丸1日掛けて充填し、それと交換するということですね!」
ハカセはすぐに察し、続いてアーレンもゴローの言わんとする事を理解した。
充填に時間は掛かるが、交換なら1分くらいで済む。
要するに模型の充電池交換のイメージだ。
遊ばない時間に充電した予備の充電池をたくさん用意しておけばより長い時間遊べる。
「それには魔力庫を規格化する必要があるけどな」
「それは大丈夫です。すでにうちの工房ではこの大きさが標準になっていますから」
短めの茶筒くらい……直径10セル、長さ20セルが標準の魔力庫ということになる。
「これを並列で充填する装置を作れば……」
ここでハカセがアーレンの言葉を遮るように発言。
「ちょっといいかい? その『魔力充填装置』ってえのは大きさはどのくらいなんだい?」
「ええと、普通の机くらいです」
「結構大きいね。そいつを使うと、この魔力庫は1日で充填できるんだね? それは何本までできるんだい?」
「2本か……せいぜい3本ですね」
「そうか……」
ハカセはちょっと考えて発言。
「それをもっと小さくできたら車に搭載できそうだね」
「あっ」
直接『オド』を供給するのではなく、一旦使っていない『魔力庫』に蓄えながら走れれば……。
「うまくやれば、補給なしでいけそうですね」
魔力庫の切り替えのみ行えればいいわけだ。
そこで3人は、『魔力充填装置』の改良を検討することにした。
『魔力充填装置』の改良。
これは『飛行機』のエネルギー問題の解決にも繋がる……かもしれないのだ。
ゴローとハカセはアーレン以上に真剣に取り組むこととなった。
* * *
「これは、空気中の『マナ』を取り込んで『オド』に変えて、蓄える……という仕組みです」
「うん。まずはその、『取り込む』ところから考えようかねえ」
「どういうことです?」
「そうだねえ……うん、風に舞う花びらを短時間でできるだけ集めるにはどうしたらいいと思う?」
「花びらを逃さない程度の目の網を持って振り回しますね」
「だろう? ただ網を持って、中に入ってくる花びらを待っているのは効率が悪いよねえ?」
「あ……」
つまり、何らかの方法で『網』にあたる部分を動かすことで、より効率的に空気中あるいは空間にある『マナ』を集めることができるようになるわけだ。
「空気取り入れ口を作るか?」
ゴローは絵を描いて説明する。
「なるほど、走っているとここから空気が入ってきて、自然と『マナ』を取り入れられるというわけですね」
「いいんじゃないか? 自動車が止まっている時は『オド』の消費もしていないか、ごくごくわずかでしかないわけだから」
「あ、場合によっては強制的に吸い込むこともできますよ。……プロペラファンを付ければ」
再び絵を追加するゴロー。
「ああ、これはいいねえ」
「こ、こんな手が……ゴローさん、素晴らしいです!」
興奮気味のアーレンをハカセは宥める。
「落ち着きな。まだ第1段階だよ。……マナをオドに変える部分ももっと効率化したいねえ」
『魔力充填装置』でもっとも大きな割合を占めているのが『魔力変換器』である。
「構造を教えておくれでないかい?」
「は、はい」
アーレン・ブルーはハカセの前に、『魔力変換器』の設計式が書かれた紙を広げてみせた。
「うーん……ええと、ここの式は無駄だねえ。こっちのルーチンと共用すればその分コンパクトにできるよ」
「ああ、なるほど!」
「こっちの式はこう表すと少し無駄がなくなるよ」
「本当ですね!」
「ここのルーチンだけど、こっちとまとめて、それからこっちの条件式をこう直せば……」
「すごい! 気が付きませんでした!」
こうなるとゴローの出番はないので、ハカセとアーレンのやり取りを眺めていたが、1つ気付いてしまった。
「あの……ハカセ」
「なんだい、ゴロー?」
「こことこことここ……ほとんど同じ構造に見えるんですが」
「何だって? …………ああ、そうだよ、ゴロー!」
「ゴローさん、すごい!」
魔法式の構造が似通っていることを見つけ出したゴローを、ハカセとアーレンは称賛した。
「これとこれ……それにこいつを変数にして、条件で選定すれば……」
「凄い! 半分になりましたよ!」
「うんうん、ゴロー、いいところに気が付いてくれたよ」
「いやあ、岡目八目といいますか」
「うん? おかめがどうしたって?」
「あ、いえ、1歩下がって眺めると、また違う景色が見えるものですし」
「本当にそうだねえ。あたしもまだまだだよ」
こんなやり取りを経て、机くらいあった『魔力充填装置』は、最終的にみかん箱くらいにまで小さくすることができた。
しかも性能は変わっていない。
重さは10キムほど。
「これなら搭載できるね」
「ですね」
こうして、4つの『魔力庫』を積み、1個を使いながら残り3個に魔力を充填する、という運用方法が確立。
ほぼ1日中の運転が可能となり、実用レベルの『自動車』となった『試作2号車』であった。
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次回更新は4月25日(日)14:00の予定です。