07-17 共同開発
『自動車を運転するのに魔力は必要ない』。
ハカセはそう断定した。
「ですが、『エンジン』に供給する『オド』の量はどうやって制御するんですか?」
「専用の制御装置を作って、それに行わせる。その制御装置は魔力を使わずに制御できるようにするのさ」
この方式ならば、『製作者』に適合した『オド』に合わせた『制御装置』を作ればいいということになる。
『アクセル』あるいは『スロットル』の考え方だ。
「……そうしますと、誰でも運転できるわけで、盗まれたり、少なくとも悪戯されないようにしないといけませんね」
「ああ、そうだね。……でも、その心配をするには少し気が早いよ」
『試作2号車』はまだまだその要素すらできあがっていないのだから。
「ゴローの言う『アクセル』かい? 足でペダルを踏み込めば、その踏み込み量に応じて『オド』の量が変わる仕組みを作ればいいさね」
「なるほど、そうですね。イメージは水門ですかね」
この世界にも、掘割や溜め池の水を調節するため、水門がある。
水門を開け閉めして水の流入・流出量を調整するのだ。
アーレン・ブルーが言ったのはそのイメージである。
魔力、特に『オド』は、特定の素材と親和性が高い。
そんな素材の1つが『魔獣系素材』である。
電流が電気伝導体に流れるのに似ている。
「魔獣の革で作った魔力伝導線を一旦切断し、その切断部分を水門という風にイメージして、仕切にあたる何かを上下させれば、『オド』の流量を調節できるんじゃないでしょうか」
「うんうん、いいねえ。やり方はそれでいいと思うよ」
切断部分……ギャップ部分に『オド』が流れるかどうかであるが、電流と異なり、数ミル程度のギャップは問題ないことが過去の経験でわかっている。
むしろ問題は『仕切り』の材質だ。
「魔力絶縁性のある材料だねえ」
「と、なると……銅かその合金でしょうね」
電気と違い、銅は魔力を通さないのである。
ゆえに『魔力庫』の外装は銅合金を使っているのだ。
「純銅は軟らかいから、青銅にしようかねえ」
「それがいいですね」
青銅製のパイプの中に魔獣の革を通し、その一部を仕切板で切断して、それをレバーで上下させる機構を作るのはアーレン・ブルーが担当した。
ハカセとゴローはステアリング機構の検討だ。
この3人の役割分担も大分決まってきていた。
もちろん3人とも理論・設計・製作をこなせるのだが、最も理論寄りがゴローで、ハカセが設計、そしてアーレンが製作。
これがもっとも効率がよかったのである。
「ステアリング、かい。ハンドルを回すと前輪が曲がるんだよねえ」
「はい。今の機構だと、車重が重くなると、ハンドルを切るのに力が必要になるはずですから」
「ゴローなら平気でもあたしじゃ無理になるかも、ということだね」
「そうです」
現代の自動車なら『パワーステアリング』が装備されているが、いきなりそれを作れるとはゴローも思っていなかった。
「歯車で減速しましょう」
「それしかないねえ」
チェーン駆動をしている以上、歯車も存在している。加工が難しく、精度が悪いが、あくまでも『今のところは』だ。
いずれ歯車を製造する専用の工作機械ができればいいなとゴローは期待していた。
閑話休題。
『試作1号車』ではハンドルを1回転させれば前輪は目一杯……およそ45度ほども切れたのだが、今度のものは2回転させなければ目一杯切れないものとなった。
つまり、『試作1号車』の半分の力でハンドルを切れるようになったわけだ。
方式は『ラック・アンド・ピニオン』に近い。
ただラック(直線上の歯車)の代わりに『チェーン』を使った。歯車精度の問題があったからだ。
そのため、多少『遊び』があるが、今の速度域では問題になるほどではない。
* * *
ここで昼食時間となった。
アーレンの秘書であるラーナが半ば無理矢理に仕事場から3人を連れ出し、手を洗わせ、食堂へと押し込んだのである。
「……ラーナさんって有能だな」
「ええ、助かっていますよ」
「ふふ、いい部下だねえ」
「健康管理までしてくれるなんて、なかなかいないと思うよ」
「うんうん、本当だ。……いっそ嫁に貰えばいいのに」
ハカセの言葉に、アーレンは飲みかけていたお茶をぶほっと吹き出した。
「お? その反応は、まんざらでもないのかねえ?」
「ハ、ハカセ、やめてくださいよ!!」
「照れない照れない」
「照れてると言うか、面食らっているんですが……」
「まあ、そういうことにしておこうかねえ」
このハカセ、時々こういうことに敏感になるな、と、横で聞いていたゴローは思った。
(普段は研究一筋なのに……)
これも、多種族の血が入っているが故の多面性かな、とも思ったゴローであった。
* * *
食事後は再び開発である。
アーレン・ブルーは、アクセルはできたのでブレーキの検討に入った。
ゴローとハカセは、ステアリング周りはほぼ構想ができたので、改めてサスペンションを考えることにした。
「最初は板ばねを使ったサスペンションにしましょうか」
リーフスプリング方式、リーフ式サスペンションとも言う。
日本語で言うと『重ね板ばね』。
その名のとおり、板状のばねを重ねた形式だ。
トラックなどでも使われているので、見たことのある人もいるかと思う。
古くからある形式であるが、いまだに使われているということはつまり、なかなか優れた方式だからだ。
その1つが、『重ねた板ばね』同士の摩擦力が振動の減衰を行う、つまりショックアブソーバーの役割も果たすこと。
余計な装置を使わずともよいわけだ。
もっとも、専用のショックアブソーバーに比べたら、減衰効果は劣るのだが。
「それでも、『試作2号車』に採用するには十分な性能だと思います」
「うん、ゴローの『謎知識』がそう言うならそうなんだろうね」
そこに、ブレーキは『試作1号車』と同じくディスクブレーキを採用することに決めたアーレン・ブルーも加わる。
「では、今回はその『重ね板ばね』でいきますか?」
「そうだねえ、そうしようか」
「それがいいと思います」
そういうことになった。
残るは……いや、細かな項目はたくさんあるが、重要な項目が1つあった。
「『デフ』をどうするか、だよな……」
「ゴローさんが前にもちょっと言ってましたね」
デフ、つまりディファレンシャルギアは、駆動輪に伝わる回転力を左右の車輪へ適度に配分するためのもので『差動装置』ともいう。(02-10参照)
タイヤがゴムになって、地面との摩擦力が増えるだろうから、どうしてもこれをなんとかしたいとゴローは思っている。
「そうなんだ。ただ、精密で頑丈な歯車が必要になるんだよなあ」
「あたしは聞いてないね。ゴロー、説明しておくれ」
ハカセはデフについては初耳だったので、ゴローに説明を求めた。
「あ、はい。……紙とペンを貸してもらえますか?」
「はい、どうぞ」
秘書のラーナがさっと筆記用具を差し出してくれた。
「ありがとうございます」
さっそくゴローは『デフ』の図解を書き始めるのであった。
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次回更新は都合により、4月20日(火)14:00の予定です。