07-16 改善、改善
ゴロー、ハカセ、アーレン・ブルーの3人でチューブタイヤの検討をすればするほど、問題点がぞろぞろと出てきた。
「まずはチューブの材質か……」
アーレンがしかめ面で呟く。
「バイアス(斜め取り)した麻布にゴムを塗布すれば行けそうですが、すぐにというわけにはいかないでしょうね」
ゴローがそれに応じるが、ハカセがさらなる問題点を口にする。
「それからバルブ……というのかねえ。空気を入れる口だね」
「加工精度やら部品の調達やら、あと空気入れも作らなくちゃいけませんね」
「……」
「ああ、『規格化』しておくと、部品の共通化ができていろいろ便利だと思いますよ」
「……」
「なんだかごちゃごちゃしてきたねえ。ゴロー、全部ゴムで作るわけには行かないのかい?」
「いえ、できなくはないと思います。乗り心地が悪くなるだけで」
「それなら別の方法で乗り心地を改善するさ」
「それじゃあ、最初は全部ゴムでできたタイヤにしましょう」
と、そんなわけで、最初はチューブのない、オールゴムのタイヤで行くことにする。
それでも、自動車の重量が軽ければ負担も少ないだろうし、乗り心地はサスペンションでなんとかするしかないだろうということになった。
なにしろ彼らは3人とも実践派だからだ。
『まずは作ってみよう』。それが信条である。
作ってみてから不具合を直すべくまた考える。考えるばかりで何も作らないのは、何もしないのと同じ。
そんな主義主張を持つ3人なのである。
「まずは試作2号車を作ってみよう」
誰ともなくそう言い出し、他の2人も頷いた。
1号車はもちろん『足漕ぎ自動車改』だ。
* * *
で、試作2号車を作る前に、アーレン・ブルーの秘書、ラーナがやって来て、
「もう夜です。とりあえず夕食を食べてください」
と3人を叱るように言った。
「もうそんな時間か」
『人造生命』であるゴローは、基本的に空腹を感じることがないので、時間が過ぎたのに気が付かなかったのだ。
それだけ自動車開発に夢中になっていたということでもある。
その夜はブルー工房で夕食を御馳走になった後、渋るハカセを連れて『足漕ぎ自動車改』=『自動車試作1号』で家へと帰ったゴローである。
「ゴロー、遅い」
家に帰ると、出迎えてくれたサナが開口一番、愚痴をこぼした。
「え、夕食を食べてないのか?」
『屋敷妖精』のマリーに教育を受けた『ルナール』がいるから安心していたのだ。
「夕食は、食べた。美味しかった」
「……なんだ」
それを聞いて安心するゴロー。
「でも、ゴローの甘味は、別」
「ああ、そうかい」
脱力感を覚えながらも、ゴローはサナのリクエストに応じ、プリンを作ってやった。
もちろん、ティルダやハカセ、ルナールの分もある。
「ゴローさん、ありがとうございますです」
「甘くて美味しいねえ、これは」
「……ありがとうございます。美味しいです」
そしてその夜は休むことにしたゴローたちであった。
* * *
ハカセ、ティルダ、ルナールらは寝たが、ゴローとサナはまだ起きていた。
〈……というわけなんだ〉
〈……そう〉
ゴローはサナに、ブルー工房でハカセが『自動車』作りに夢中になってしまったことを説明した。
〈ハカセらしい〉
〈だろう? だから明日もまたブルー工房へ行ってくるよ〉
〈うん、わかった。私は、留守番しているから〉
〈悪いな〉
〈……そう思ったら、甘いもの、何か作っていって〉
〈わかったよ〉
そんな『念話』を交わした後、ゴローはしばし思索に耽ることにした。
『謎知識』の正体を知るため、自問自答していくのである。
……が、結果は『わからない』であったが。
* * *
翌日、ゴローは早起きしてラスクを大量に作り、マリーに管理を任せておく。そうすればサナが一気に全部食べきってしまうということはないだろうから。
そして朝食もそこそこに、ゴローとハカセはブルー工房へと向かった。
「お待ちしてました!」
ブルー工房では、アーレン・ブルーが諸手を広げて2人を迎えた。
昨日の会議を行った設計室に通されるゴローとハカセ。
椅子に座ったゴローが
「ちゃんと休みましたか?」
と聞けば、アーレン・ブルーは苦笑しながら頷いた。
「ええ。ラーナに言われて、8時間は寝ましたよ。ですから頭もすっきりしています」
「それはよかった。……ああラーナさん、頭を使った時には甘いものを摂るといいらしいですよ」
アーレンの後ろにラーナの姿が見えたので、ゴローはアドバイスをしておいた。
「……そうですか。ゴロー様、アドバイスありがとうございます」
ラーナは3人の前にお茶を置くと、部屋から出ていったのである。
「ええと、あれから少しだけ考えてみたんですけど」
「……少し?」
控えめに言うアーレンに、ゴローがツッコミを入れる。
「……寝るまで、ですから少しですよ、少し!」
ムキになって反論するアーレン・ブルーであるがすぐに落ち着きを取り戻し……というよりも技術者モードになって、説明を行う。
「ゴローさんの言っていた『バネ下重量』を軽くするため、タイヤのホイールはアルミニウム合金で作ればいいと思うんです」
それを聞いたゴローの頭の中で、アルミホイールか、高級車並みだな……と『謎知識』が囁いた。
「あたしの方は、『魔力庫』の効率化を思いついたよ」
ハカセはハカセで、改善案を1つ考えついていたようだ。
「それは?」
「うん。……『魔力庫』って、『マナ』も『オド』も区別しないだろう? だから効率が悪いんだろうと思うんだよ」
「ええ……それは僕も薄々気付いていました。でも、その2つを完全には分けられないんですよ」
「そうだろうねえ。両方を溜めることはできない、と言っていたけど、それ、2つが混じって蓄積されているよ」
「え?」
「……効率が悪いのは、1つには、『マナ』なら『マナ』、『オド』なら『オド』だけを蓄積したいのにも拘わらず、もう片方も混じって蓄えられてしまうことさね」
「やっぱりそうですか」
がっくりと肩を落とすアーレン・ブルー。
だがハカセは、そんなアーレンを元気づけるように言った。
「だから、それを解決する方法を考えついたんだって」
「え? 本当ですか? さ、さすがです! お聞かせください!!」
「もちろんさ。……いいかい、まずは『マナ』と『オド』って、他人はどうやって区別しているだろうね?」
「え……?」
ハカセからの質問の意味がわからず、きょとんとしたアーレン・ブルーだったが、そこは非凡な才を持つ技術者である。
「ああ、そういうことですか。他人からは区別できませんね」
「だろう? 逆に、自分から見たらすぐにわかる。『自分の意志に従う魔力』が『オド』で、『自分の意志に従わない魔力』が『マナ』だからね」
「つまり、これまでは『他者からの視点』で魔力を扱っていたわけですが、『自分からの視点』で魔力を扱えば、『マナ』か『オド』か、選択して溜め込めると?」
「そういうことさね」
ハカセは満足そうに笑った。
「で、ですが、『自分からの視点』で魔力を扱ったら、その『自分』にしか自動車を扱えなくなりませんか?」
アーレン・ブルーが反論するが、ハカセは首を横に振った。
そして、
「自動車を運転するのに魔力は必要ないよ」
と断定したのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は4月15日(木)14:00の予定です。
20230905 修正
(誤)『オド』だけを蓄積したいのにも関わらず、もう片方も混じって蓄えられてしまうことさね」
(正)『オド』だけを蓄積したいのにも拘わらず、もう片方も混じって蓄えられてしまうことさね」