07-14 協力して
アーレン・ブルーは運んできた茶筒に似たものをテーブルに置いた。
「これがそうなんです。これは……」
「ちょっと待った」
「はい?」
「そんな技術をホイホイ教えていいのか?」
ゴローは、アーレン・ブルーがこれから説明しようとしているものがかなりの重要機密であろうと推測し、それをこんな場で開示してもいいのか、と気を回したのである。
「ええ。だってゴローさんですし、それにハカセさんは初代のお知り合いだっていいますし」
「いや、それをそのまま鵜呑みにするというのもな……」
「ゴローさんを信じてますから」
「……秘書のラーナだっけ……あの人がしっかりしていてくれるといいな……」
「え? ラーナはしっかりしていますよ?」
「ああ、そう……」
5代目工房主アーレン・ブルーがあまりにも人がよいというか世間知らずというか研究馬鹿というか……とにかく騙されやすそうなので本気で心配になったゴローであった。
閑話休題。
「ゴロー、そういう話は後でしな。……アーレン君、その筒が『魔力庫』かい?」
「はい」
「……『マナタンク』もしくは『オドタンク』と言わないのは、両方を蓄えることができるからかい?」
「え、あ、そうです。わかりますか?」
「いや、名前からの推測だけどね」
「さすがですね。初代様のご友人ですものね!」
「うん、まあ、いいさね。……で、見せてくれるのかい?」
「はい、どうぞ」
アーレン・ブルーは『魔力庫』をハカセに手渡した。
「ふむ……全体は銅合金だね。中に入っているものが重要だと見た」
「そのとおりです。それは開けられないので、答えを言いますと……」
「魔獣の骨髄かい?」
「え……ど、どうしてわかったんですか? そのとおりですよ!!」
「いや、ついこの前、ちょっとね」
亜竜の骨髄を少し研究した経験からの推測であったが、的を射ていたようだ。
「骨髄を乾燥させ、粉末にしたものが主な素材です。そこに、魔力を取り出すための極となるプラグを差し込んで作られてます。その他に、魔力に対する絶縁構造とかいろいろと」
アーレン・ブルーは筒の上部にあるキャップを外してみせた。
「ここに魔導線を結線すれば、魔力を取り出すことができます」
「魔力を溜める時はどうするんだい?」
「やはりこの線を通じて魔力を充填します」
「『マナ』と『オド』の区別は?」
「どちらでも大丈夫です。両方を溜めることはできませんが。……いや、できることはできますが、効率が悪いようです」
「ふうん……『オド』は術者の個性が出るはずだけど、大丈夫なのかい?」
「ええ。そこがこの『魔力庫』の特徴ですね。開発した2代目もかなり苦労なさったとか」
「なるほどね。……ところで、それ1基でどれくらいの魔力を蓄えられるんだい?」
ハカセとしては、これが一番気になることであった。
「これ1つでおよそ平均的な魔導士の1日分の魔力を蓄えることができます」
「うーん、比較対象がないから、多いのか少ないのかよくわからないね」
「でもハカセ、魔導士1日分、って凄くないですか?」
「そう考えると凄いのかもねえ」
ハカセとしてはあともう1つ、気になる点があった。
「その『魔力庫』に魔力をいっぱいにするまでどのくらい掛かるんだい?」
平均的な魔導士の1日分の魔力を蓄えることができるというなら、丸1日掛けなければ魔力充填ができないということになる。
「専用の変換器があるんですが、それを使って半日ですね」
それを聞いてゴローは微妙だな、と感じた。
彼の『謎知識』は、EV車の充電もかなり時間が掛かるものであり、それが普及を妨げる要因の1つだ、と分析していた。
「魔力充填をもっと速くできないと普及は難しいだろうねえ」
「そうなんですよね……」
おそらく、ゴローの『哲学者の石』なら、数分でチャージが終わるだろうと思われるが、今ここで試して見るわけにも行かない。
「まあとにかく、だ。それがあるなら、あたしとゴローが考えた『エンジン』を回すには十分そうだね」
「『えんじん』ですか?」
「うん。……アーレンが開発しようとしている『円盤を回転させて』出力を取り出す機関さ」
「それって作れます?」
「素材があればね」
「提供しますから、簡易的なものでもいいですから『えんじん』を作って見せてもらえませんか?」
「ああ、いいともさ。『魔力庫』なんていう重要機密を見せてもらったお礼だよ」
「ありがとうございます!」
* * *
そういうわけで、ブルー工房でゴローとハカセは『エンジン』を作っている。
形式は円盤が4枚なトルク重視型。円盤は直径30セル。
およそ30分でデモ用エンジンは完成した。
「ほら、こいつの技術を参考にして、もっと効率のいい『エンジン』を開発しておくれよ」
「そうですね……こ、これは凄い技術ですよ!? 世に出さないのですか?」
「いや、出してもいいけどね」
それに伴いそうなゴタゴタは避けたい、とハカセは言った。
「それでしたら、うちの工房で発表させていただければ」
「あー、あたしの名前を出さないでくれるならいいよ」
「いいんですか?」
普通は『名前を残す』ことが優先されると、アーレン・ブルーは言った。
ハカセのような方は珍しい、とも。
「あたしゃ好きな研究ができればいいのさ。そういう手続なんて面倒なことは御免こうむるよ」
「変わってますね」
と言ったものの、アーレン・ブルーもまた研究者、ハカセの心情は理解できます、と言うのだった。
「ところで、この『エンジン』を『足漕ぎ自動車』に乗せられれば、漕がなくても動く、文字どおり『自動車』ができるのでは?」
「ああ、そうだと思うよ」
「ですよね。では早速、『足漕ぎ自動車』に合う『エンジン』を開発しましょう!」
やはりアーレンも研究者だった。
* * *
ハカセ、アーレン、そしてゴローらは協力してもう1台『エンジン』を作り上げた。
これは『自動車』用に特性を考慮したものである。
すなわちトルク重視、回転数は二の次。
そのため、円盤径は20セルと小さくし、枚数を10枚と増やした。
駆動極は6極。
これなら、ゴローの脚力にも負けないものができそうである。
かなり細長くなったが。
「よし、それじゃあ取り付けてみようかね」
「あ、ハカセ、動力を切り替えられるようにしましょう」
「ああ、そうすれは、足漕ぎとエンジンと、両方試すことができますね」
そういうわけで『足漕ぎ自動車』の改造が始まった。
ハカセの研究所ほどではないにしろ、ブルー工房には十分な素材や設備があったので、1時間ほどでエンジンは完成。
さらに30分で『足漕ぎ自動車』への搭載が終わったのである。
「それじゃあ、動力源はこれを使ってください」
アーレン・ブルーは先程持ってきた『魔力庫』を差し出したのである。
「できたできた」
「できましたね」
「早速走らせてみよう」
ナンバープレートも車検もないので、公道でいきなり走らせても違反にはならないのがいいな、と、『謎知識』を参照してゴローはひとりほくそ笑んだ。
「では、行きます」
ゴローはハンドルを握ると、スロットルに相当するレバーをそっと引いた。
『エンジン』が回り出し、『足漕ぎ自動車』……いや、もうれっきとした『自動車』……は走り始めた。
「おお、成功だ」
その後、最高速度は時速50キルほど、最大積載量は150キム、ということもわかったのである。
文字どおりの『自動車』が王都で産声を上げた瞬間であった。
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次回更新は4月8日(木)14:00の予定です。