07-12 ハカセの真髄
朝食も終わり、お茶を飲みつつ1日の予定を検討することに。
「まず俺はマッツァ商会に、遅れたお詫びと原石の納品に行ってきますよ」
「うんうん、義理は大事だからねえ」
「ハカセはどうします?」
「この屋敷を見て回ってるよ。いろいろ面白そうだしね」
「わかりました」
「それからティルダちゃんに『レイブン』を見せてあげる約束もしてるしね」
予定といってもそんなものだ。
特にハカセは行きあたりばったりな面があるので、あまり詳細に詰めても意味がないことをゴローは身をもって知っている。
「それじゃあ……」
行ってきます、とゴローが言う前に、ハカセが飛びついた。
なぜかと言うと『足漕ぎ自動車』を見たからだ。
「なんだいこれ!?」
「ええっと、『足漕ぎ自動車』っていいまして、俺が構想をまとめて、『ブルー工房』で作ってもらったんですよ」
「ほうほう、興味深いねえ」
「あの、ハカセ、とりあえず行ってきてからにしてもらえませんか?」
今にも『足漕ぎ自動車』を分解しそうな勢いのハカセに、ゴローは懇願するように言った。
「ああ、そうだねえ。……うーん、早く帰ってくるんだよ?」
「……はい」
そういうわけでようやくゴローは出発することができたのであった。
* * *
「それじゃあ改めて、ティルダちゃんに『レイブン』を見せてあげよう」
「あ、ありがとうございますです。……あの、ハカセさんは、ゴブロス姓でしたよね?」
「ああ、それが何か?」
「あ、あの、それって、ドワーフ族の伝説の職人と同じ姓なんですが、何か関係があるのです?」
「伝説の職人? 知らないねえ」
「そうなのですか……」
ちょっと残念そうなティルダだったが、すぐに気を取り直す。
「え、ええと、それではその『レイブン』を見せてくださいなのです」
「もちろんだよ。こっちへおいで。……これがいちばん大事な『浮遊翼』でね、『亜竜』の翼膜でできているのさ」
「ワ、亜竜なのです!?」
「そうさ。北の山奥にはやつらの繁殖地があってね。運よく素材を手に入れられたんだ」
「あ、昨日ゴローさんが、仲間同士で喧嘩してたとか言ってたのです」
「そうそう。それで、翼膜の特性として、元の亜竜と同じ魔力を流すと浮力が発生することがわかってね……」
「ふわああ……」
ハカセの説明に、ティルダは唖然とするばかりであった。
* * *
一方ゴローは、マッツァ商会にやってきていた。
「おお、ゴローさん、ご無事でしたか! ティルダさんも我々も、心配していたんですよ」
「すみません。いろいろあって……でも無事ですから」
対応してくれた商会長オズワルドに、まずは詫びを入れるゴロー。
「遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。ええと、まだ宝石はお入用ですか?」
「ええ、それはもう。見つかったのですか?」
「はい。お気に召すかどうかはわかりませんが……」
「おお、それは嬉しいですね。では、奥で拝見しましょう」
ゴローは持ってきた包みを抱え、オズワルドとともに奥へと向かった。
奥の商会長用の商談室で、ゴローは包みを開ける。
「お、おおおお! こ、これは!!」
転がり出た宝石の原石に、オズワルドの目が飛び出しそうになる。
「こ、このアメジストのドームは!!」
「小さいですけど」
「な、何をおっしゃいますか!! こんなきれいな丸いドームはなかなかありませんよ! それに中も素晴らしい。形といい、色といい」
「それならよかったです」
「それにこのルビー! 親指の先くらいと言いませんでしたっけ?」
「だからそのくらいでしょう?」
ゴローが持ってきたものは、間違いなくそのくらいの大きさのものが2つ。
「あれはカットすることを前提にした大きさですよ! これはカットしなくてももう十分なほど綺麗じゃないですか!!」
「ああ、そうだったんですか」
ハカセのところにある宝石の原石は、そのほとんどが粗くカットしてあるのだ。
ハカセいわく、『取り除くべき部分をくっつけたままじゃ場所を取ってしょうがないから』だそうだ。
「これなら、文句ありませんよ……」
「はは、納品が遅れた分、いいものを納められてよかったです」
「では、値段ですが……」
* * *
ゴローがマッツァ商会でそんなやり取りをしていた頃、ティルダは仰天するような思いを味わっていた。
というのも、ハカセがティルダの作業場を見たい、といい出したからである。
「ええと、ここが私の作業場なのです」
「うんうん、ちゃんと片付いているねえ。職人はこうでなくっちゃね」
「ハカセは、片付け苦手」
「サナ、混ぜっ返すんじゃないよ。あたしは職人じゃなくて研究者だからいいんだよ!」
などというやり取りの中、
「あ、これ、使っているんだね」
ハカセが『足踏み式の回転砥石』を見つけたのである。
「はいなのです。研磨にとても便利なのですよ」
「嬉しいねえ。自分が設計したものがひと様の役に立っているのを見るのって、開発者冥利に尽きるねえ」
「え?」
「ん?」
「あ、あの、今、開発者、って言ったのです?」
「そうだよ」
「それって、この、『足踏み式の回転砥石』を開発した、という意味なのです?」
「そうだよ?」
「……」
「?」
「ええええええええ!」
大声を上げて驚くティルダに、ハカセもびっくりした。
「あ、あ、あの、その、こ、こ、こ」
「落ち着きなよ」
「ティルダ、はい、お水」
焦りまくるティルダに、サナが水を差し出した。
「ぷぁ」
水を一気に飲み干したティルダは、
「『足踏み式の回転砥石』の開発者……って、ハカセさんはドワーフ伝説の職人さんなのです!?」
「だから知らないよ」
「じゃ、じゃあ。これはどうなのです?」
『高熱炉』を指差すティルダ。
「ああ、『高熱炉』じゃないか。……随分古い型だよ、懐かしいねえ」
「え……や、やっぱり、ハカセさんは伝説の職人さんなのですよ!」
「そんなんじゃないと思うけどねえ……」
「ハカセ、状況から見てハカセのことだと思う」
「そうなのかねえ……あたしゃ、大したことはしてないと思うんだけどねえ。自分が便利だと思うものを作って使っていただけなんだよね」
否定してはいるが、どうやらハカセは、ティルダが言う『ドワーフ伝説の職人さん』に間違いないようだった。
ティルダは大興奮である。
「あ、あ、あ、あの、お、お、お目にか、かかれて、こ、光栄なのです!」
「はい、ちょっと落ち着こうね」
「ティルダ、お水、お代わり」
「………………ぷふぁあ」
そんなドタバタをやっている最中、ゴローが帰ってきた。
「ただいま。……何だ、にぎやかだな?」
「あ、ゴ、ゴローさん、おかえりなさいなのです!」
「お帰り、ゴロー」
「ゴロー、お帰りなさい。甘いものは?」
「ああ、とりあえず砂糖を大量に買い込んできたぞ」
「ん、ならいい」
「……で、何を騒いでいたんだ?」
この質問に答えたのはティルダだった。
「え、ええと、ハカセさんが、ドワーフ伝説の職人さんだったのです」
「へえ」
「へえって……ゴローさんもそんな反応なのです?」
「も?」
「はいなのです。サナさんもハカセさんも、似たような反応で」
「まあなあ……ハカセが凄いのはよく知っているわけで、今更伝説のと聞かされても『ああ、やっぱりそうか』くらいにしか思わないわけで」
「うう……サナさんと同じようなこと言ってるのです」
「そうだろ」
兎にも角にもそんなゴタゴタを経て、ティルダもようやく落ち着きを取り戻してきたのであった……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は4月1日(木)14:00の予定です。
20210330 修正
(誤)「うんうん、ちゃんと片付ているねえ。職人はこうでなくっちゃね」
(正)「うんうん、ちゃんと片付いているねえ。職人はこうでなくっちゃね」