01-09 お泊まり
ゴローは頭に思い浮かんだ昔話を3つほど、ライナに語って聞かせた。
「……そしてみんな、幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」
「わーい、おもしろかった!」
「……面白かった」
そして、なぜかサナも一緒になって聞いていた。
ちょうどそのタイミングで、
「ご飯ができたよ」
とディアラに声を掛けられたので、ライナはぱっと立ち上がって居間へ駆けていった。ゴローとサナも後に続く。
献立はシチューだった。それもクリームシチュー。
肉はベーコンのような薄いものだが、塩味が染みていて美味い。
「美味しかったです。ごちそうさま」
1杯だけ食べ、ゴローは礼を言った。
サナも、もう1杯食べたかったのだろう、椀を置く手が躊躇うように一瞬震えたのをゴローは見逃さなかった。
〈気持ちはわかるけど、1杯だけな〉
〈うん、わかってる、けど、美味しかった……〉
が、結局サナは椀を置き、
「ごちそうさま。とっても美味しかった」
と言って頭を下げたのである。
「もういいのかい? 遠慮しなくていいんだよ?」
「いえ、大丈夫です」
ゴローはそう答えると、食べ終えた食器を持って台所へ。せめて洗おうというのだ。
が、ディアラに、
「ああいいよ、洗うのはこっちでやるから。ありがとね。……またライナの相手してやっとくれ」
と言われたのでゴローは食器だけ置いて戻ってきた。
座敷ではサナの膝の上にライナが乗っていた。
「おにいちゃん、つづきはなして!」
「……ゴロー、つづき」
「ああもう、わかったよ!」
ということで、ゴローは再度、昔話を語り始めるのであった。
「昔々、あるところにおじいさんとおばあさんが……」
* * *
午後9時頃には就寝だ、明かり用の油もただではないのだから。
布団が足りない……ということもなく、ゴローとサナは久しぶりに床の上に横になった。
とはいえ、眠る必要はない2人なので、横になったまま念話で会話を行っている。
〈ゴロー、さっきの物語、あれも、あなたの前世の知識?〉
〈ああ、そうみたいだ〉
〈そう。……やっぱり、あなたは不思議〉
〈そうなのかな? 自分じゃあまり自覚がないけど〉
〈不思議、と言って悪ければ、面白い。飽きない〉
〈それはそれであまり褒められた気がしないな……〉
〈褒めてない〉
〈あ、そ、そうかい〉
〈でも、けなしてるわけでもない〉
〈どっちだよ〉
〈事実を述べているだけ〉
〈事実ねえ……〉
〈あなたの人格の元になった魂は、きっと面白い……ううん、興味深いものだった、はず〉
〈自分じゃわからないな〉
〈そういうもの。私も、私のことがわからない〉
そんな他愛もない話をしながら一晩を過ごした彼らだった。
* * *
「おにいちゃん、おねえちゃん、あさだよー!」
夜が明けて少し経った頃、ライナが起こしに来た。
「あ、もう朝か」
ゴローは今目が覚めた、という風を装い、起き上がった。
隣ではサナがすっと起き上がっている。
2人とも上着を脱いだだけの格好なので、そのまま顔を洗いに行けるのだ。
〈私たちは汗をかかないし、垢も出ない。顔を洗う必要、あまりないんだけど〉
などとサナが言っているが、
〈そうはいっても汚れが付かないわけじゃないだろ?〉
〈でも、ここの水はわざわざ井戸から汲み上げている。しなくてもいいことに使うのは非効率〉
〈人間社会は効率だけで動いているんじゃないからな〉
〈そうなの?〉
〈そうさ。……例えば、橋だけど、足を置くだけの幅があれば渡れるけど、それじゃあ危なくて怖いから、十分な幅を持たせて作るだろう?〉
〈狭くても、怖くない、けど〉
〈あ……ええと、サナの話じゃなくて一般的な人間〉
〈それならなるほど、わかる気がする〉
〈だろう?〉
そんな念話をしていたら。
「おにいちゃーん! おねえちゃーん! おそいよ!」
と、ライナに呼ばれてしまった2人であった。
* * *
朝食は少し……いや、かなり堅いパンと野菜のスープ、それに温めたミルクだった。
「こうやってたべるとおいしいよ」
ライナはパンをちぎってスープに浸し、軟らかくしてから食べている。
ゴローも真似をしてみる。確かに食べやすい。味は……まあ、それなりだな、と感じた。
サナもまた、真似して食べている。その顔つきからして、美味しいとは思っていないようだ、とゴローは推測した。
「ごちそうさまでした」
朝食後、ディアラは改めて、
「ゴロー君とサナちゃんは、服を買いに来たんだったね」
「あ、そうです」
それが、通貨の単位の話になり、泊めてもらうことになったのである。
「じゃあ、今から、服を選んでみるかい?」
「はい、是非」
というわけで、ゴローとサナはまだ開店していない店に降りた。
「どんなのが欲しいんだい?」
「これから夏に向かいますし、俺たちは南へ向かう予定ですので……」
「春夏ものだね。で、色はどうするね?」
「あまり目立たない、地味な方がいいですね」
「地味ねえ……そうしたらこれかね」
ディアラは白い長袖シャツとグレーのベストを取ってくれた。
「これだとズボンは同じグレーにしたいところだけど、ないんだよねえ」
そこが古着屋の辛いところだね、とディアラは笑った。
「それならいっそ、黒にしましょうか」
とゴローが言うと、
「黒かい? 確かに色のバランスは取れそうだけど、暑いんじゃないかい?」
「少しくらいは大丈夫ですよ」
暑さ寒さに関して、ゴローもサナも意に介さない。
「そうかい? それじゃ、これかねえ」
「あ、なんとなくいいですね」
「着てみるかい?」
「いいんですか?」
「ああ、いいともさ」
そう言われてゴローは、この店に足りないものに気が付いた。
「試着室が欲しいですね」
するとディアラは、
「しちゃくしつ? ってなんだい?」
と聞き返す。そのことは予想が付いていたので、
「ええと、衝立か何かで囲んだスペースを作り、その中で着替えてもらうんですよ」
「ああ、なるほどね」
「ちなみに、そういう場合はどうしていたんですか?」
「店の奥で着替えてもらっていたよ」
それはそれで問題ないが、やはり試着室があると便利ではないかなあ、とゴローは思ったのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は7月28日(日)14:00の予定です。
20190726 修正
(誤)暑さ寒さに関して、ゴローもサナも意に関しない。
(正)暑さ寒さに関して、ゴローもサナも意に介さない。
20200911 修正
(誤)とディアラに声を掛けられたので、ライナはぱっと立ち上がって居間へ掛けていった。
(正)とディアラに声を掛けられたので、ライナはぱっと立ち上がって居間へ駆けていった。




