07-10 夜間飛行
食料を満載して戻った『試作4号機』。
これでハカセの食料の心配は当分なくなった。
もちろん砂糖も買ってきてあるので、その夜はラスクを作ってやったためにサナも満足したようだった。
しかし、である。
「……そうかい、ゴローたちの同居人が心配を、ねえ」
「元々年内に帰るつもりが、年を越しましたからね」
「そりゃあ確かに心配するだろうねえ」
「俺としては一旦帰って、また戻ってこようかと思うんですが」
どうにもこうにも、飛行機の開発が楽しみで仕方なくなっているゴローなのだ。
「うーん、そうだねえ。あたしとしてもゴローがいてくれたほうが助かるしねえ」
「あ、いっそ、ハカセも一緒に行きますか?」
「え?」
「同居人のティルダ・ヴォリネンはアクセサリー職人ですし、近所にはブルー工房なんてのもありますし」
「そういえばそうだったねえ。奴の子孫にも会ってみたい気もするねえ」
ブルー工房の創設者、『ジョージ・アオキ・ブルー』とハカセは知り合いだったのだ。
「それに、屋敷妖精や木の精やピクシーもいますし」
「そうだってねえ。いったいどうなってんだい、あんたの屋敷は」
「そう言われても……」
そういう屋敷を手に入れたから、としか答えようがない。
「飛行機が完成していれば、往復1日で行けるんだけどねえ」
「確かにそうですね……」
「うーん、『試作4号機』を改造して、積載量を減らす代わりに速度を上げてみるかねえ?」
そうすれば、出立を1日2日遅らせても、結局早く着けるだろう、とハカセは言った。
「それはそうですけど、案があるんですか?」
「そりゃあね。推進機をもっと大きいものにするのさね」
単純だが有効な手である。
ここから王都までは直線距離で400キルくらい。
今は時速100キルが限度で、買い出しの帰りのように荷物を積むと時速80キルくらいに落ちてしまう。
5時間の空の旅はハカセにはきつそうだ。
そこで速度を倍の時速200キルに……可能なら荷物を積んでもそのくらい出せれば片道2時間となり、ぐっと楽になるわけだ。
問題は、それを実現できるのかどうかである。
「エンジンはできると思うよ」
「ですね」
「あとは、ゴローが教えてくれたように『空気抵抗』を考慮するとともに風よけも兼ねて風防を付ければ完璧さ」
「なるほど。風防ってガラスですか?」
「そうなるねえ。幸い、水晶や石英はたくさんあるから、作るのは簡単だよ」
「わかりました。その線で行きましょう」
* * *
そういうわけで、『試作4号機』の改造が始まった。
座席は3人分。
今回、フランクは留守番となる。
推進機。
やや大型のものを2機。作るのはもう手慣れたものだ。
それを重心位置に取り付ける。
風防。
石英を溶かして型に流すのだが、大きくて平らなものを作るのは難しい。
だが。
「溶かした鉛か錫の上にガラスを流せば、平らなものが作れますよ」
と、『謎知識』を活かし、ゴローが助言したので、鉛のプールを作ってその上にガラスを流すことにした。
ただし、鉛は有毒なので、作業はゴローとフランクで行うことにする。
そんな工程を経て、『試作4号機』は『試作4号機改』となった。
ここまでで丸1日。
そして試験飛行を行ってみたところ『試作4号機改』は、想定したとおり、ゴロー、サナ、フランクの3人が乗っても時速200キルで飛ぶことができたのである。
* * *
「もう1つ、問題がありましたよ、ハカセ」
「何だい?」
「『試作4号機改』で王都に飛んでいったら大騒ぎになりますよ」
「見られなきゃいいんだろう?」
「それはそうですが」
「真っ黒に塗って、夜に到着するようにしたらどうだい?」
「それなら、確かに目立ちませんね」
いずれは『飛行機』を世の中に発表する日が来るのかもしれないが、今は無理だ。
なにしろ『哲学者の石』がない限り、長距離飛行はできないからである。
また、亜竜素材も不可欠であった。
それでは到底一般的とは言い難い。
「まあ、見つかった時はその時さね」
逃げるもよし、開き直るもよし、とハカセは言った。
「……ハカセがいいならいいんですけどね」
ゴローは、ハカセが楽観的なので少し拍子抜けした。
「まあとにかく、『試作4号機改』を真っ黒に塗って、それから荷造りだね」
「え、今日出発するんですか?」
「そうだよ。夕方出れば、ちょうど夜に王都に着けるだろうからね」
「それもそうですね」
そこでゴローたちは大急ぎで『試作4号機改』を黒く塗ったのである。
「真っ黒ですね」
「うん、カラスだねえ」
「……名前、『レイブン』って呼ぶ?」
「いつまでも『試作4号機』って呼ぶのもなんだねえ。そうか、真っ黒だから『レイブン』(カラス)か……」
「『イーグル』とか『ファルコン』とか『ツバメ』とかじゃ駄目ですか?」
「うーん、ちょっとイメージが違うかね」
「やっぱりサナの案でいいよ。こいつは『レイブン』だ」
「……そうですか」
ハカセがいいと言うので、『試作4号機改』は『レイブン』と呼ぶことになったのである。
* * *
「さて、それじゃあ荷造りだ」
「忘れ物をしないようにしませんと」
「だねえ」
そうそう頻繁に行ったり来たりできないだろうから、荷物は厳選して……というわけだ。
だがその考えが間違いだと知る者は、この時点ではいない……。
「ここへ来る前、マッツァ商会のオズワルド、それにティルダに頼まれていた原石は持っていけるかなあ……」
アメジストのドームが、ちょっと重そうである。
ルビーは小さいので問題なし。
「あ、そうだ、あの時頼み忘れていた石も」
「なんだい?」
「緑色の石とラピスラズリを」
「うーん……ラピスラズリはあまりいいのがないけどね」
そう言ってハカセが出してきたのは拳大のものが2つだった。
「あとは緑色の石だったね。これとこれくらいは持っていってみようかね」
ハカセはニワトリの卵ほどのエメラルドを3つ手に取るのであった。
* * *
荷造り後、早めの夕食を食べ、出発準備は整った。
「フランク、悪いけど留守を頼むよ」
「はいハカセ、お任せください」
「1週間くらいで帰るつもりだけど、何があるかわからないからね。ゴローとサナが一緒だから、遅くなっても心配いらないよ」
「わかりました。お気をつけて」
「うん」
というわけで午後6時、薄暗くなった空に『レイブン』は浮かび上がったのである。
「ああ、いい感じだねえ。……これで明るければ眺めもいいんだろうにねえ」
「そこは我慢してください」
「わかってるさね」
夜の闇を飛んでいく『レイブン』。
ゴローもサナも夜目は利くので、全く問題はない。
ただハカセは生身なのでほとんど何も見えないため、残念がっていたが。
そして午後8時、王都シクトマ上空に到着した『レイブン』であった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は3月25日(木)14:00の予定です。
20210321 修正
(誤)「あ、そうだ。ハカセ、ルビーとアメジストはありますか?」
(正)「あ、そうだ。ハカセ、ルビーとアメジストはありますか? それに緑色の石とラピスラズリ」
(誤)ここへ来る前、マッツァ紹介のオズワルドに頼まれていたことを思い出したのであった。
(正)ここへ来る前、マッツァ商会のオズワルド、それにティルダに頼まれていたことを思い出したのであった。
(誤)(なし)
(正)「あとは……ラピスラズリはあまりいいのがないけどね」(1行空け)
そう言ってハカセが出してきたのは拳大のものが2つだった。
(誤)「そうかい。でもまあ、これとこれくらいは持っていってみようかね」
(正)「あとは緑色の石だったね。これとこれくらいは持っていってみようかね」
(誤) ハカセは小遣い用に、ニワトリの卵ほどのエメラルドを3つ手に取るのであった。
(正) ハカセはニワトリの卵ほどのエメラルドを3つ手に取るのであった。
20210322 修正
(誤)ゴローもサナも夜目は効くので、全く問題はない。
(正)ゴローもサナも夜目は利くので、全く問題はない。
20221117 修正
(旧)
「さて、それじゃあ荷造りだ」
「あ、そうだ。ハカセ、ルビーとアメジストはありますか? それに緑色の石とラピスラズリ」
ここへ来る前、マッツァ商会のオズワルド、それにティルダに頼まれていたことを思い出したのであった。
「あるよ。アメジストはドームでいいのかい?」
「あ、そういえばそうでした」
オズワルドはアメジストのドームが欲しい、と言っていたことも思い出したゴローである。
「ちょっとおいで」
ドームは重いのでハカセは持ち上げられないようだ。
それでゴローは『石置き場』までハカセに付いて行く。
「ルビーはこれでいいかい?」
赤ん坊の拳ほどもある真っ赤なルビーを差し出すハカセ。
「あ、いや、大きすぎます。親指の先くらいでいいと言われたので」
「なんだ、そんな小さいやつでいいのかい。それなら……ああ、あったあった」
今度はちょうどいい大きさのものをハカセは出してくれた。……30個ほど。
「多すぎます」
とゴローは言い、2粒を手に取った。
「これでいいですよ」
「そうかい。それじゃあドームは……あそこだよ」
ハカセはゴローに『石置き場』の隅を指で指し示した。
そこには、漬物石くらいのものから、人の背丈ほどもあるものまで、アメジストの『ドーム』が15個ほど並んでいた。
「大きさは言われなかったな……」
とりあえず、1番小さなものを選んでおくことにした。漬物石ほどのものである。
『レイブン』は積載量が100キムあるなしだから小さいものにしたのだった。
「それでいいのかい? お金に換えられるんなら、もう少し持っていくかい?」
「いえいえ、ルビーとドームで十分すぎますよ」
「あとは……ラピスラズリはあまりいいのがないけどね」
そう言ってハカセが出してきたのは拳大のものが2つだった。
「あとは緑色の石だったね。これとこれくらいは持っていってみようかね」
ハカセはニワトリの卵ほどのエメラルドを3つ手に取るのであった。
(新)
「さて、それじゃあ荷造りだ」
「忘れ物をしないようにしませんと」
「だねえ」
そうそう頻繁に行ったり来たりできないだろうから、荷物は厳選して……というわけだ。
だがその考えが間違いだと知る者は、この時点ではいない……。
「ここへ来る前、マッツァ商会のオズワルド、それにティルダに頼まれていた原石は持っていけるかなあ……」
アメジストのドームが、ちょっと重そうである。
ルビーは小さいので問題なし。
「あ、そうだ、あの時頼み忘れていた石も」
「なんだい?」
「緑色の石とラピスラズリを」
「うーん……ラピスラズリはあまりいいのがないけどね」
そう言ってハカセが出してきたのは拳大のものが2つだった。
「あとは緑色の石だったね。これとこれくらいは持っていってみようかね」
ハカセはニワトリの卵ほどのエメラルドを3つ手に取るのであった。
*06-10でこの話をしていましたので、こちらを修正しました。m(_ _)m