07-09 試作4号機
『試作4号機』が完成したのは、翌々日の朝であった。
一応、ハカセは睡眠をちゃんととっている。
睡眠のいらないゴロー、サナ、フランクが組み立てを行ったからだ。
「うんうん、ちゃんとできているねえ。いい出来だよ」
翌朝、朝食後にハカセは最終チェックを行い、満足そうに言った。
「それじゃあ早速試験飛行をするとしようかね」
『試作4号機』の重量は、予想どおり150キムほどになった。
ゴローとフランクの2人がかりで外へと運び出す。
「今度、もう少し外に近い場所に専用の組み立て場所を作ったほうがよさそうだね」
岩山内の通路は広く取ってあるが、今後のことを考えて、そんなことを考えたハカセであった。
* * *
「随分雪が減ったねえ」
丸1日外に出なかったら、目に見えて雪が減っていたことにハカセは驚いていた。
「ハカセ、毎年のこと」
「そうだっけ?」
「……基本、ハカセは冬の間は外に出ないから」
サナが少し呆れている。
そう、飛行機の実験をするからハカセは今でこそちょくちょく外に出ているが、昨年までは雪のある間はずっと研究所に籠もりっきりだったのだ。
「ま、まあ、いいさね。……ゴロー、早速試験を頼むよ」
「はい」
さすがに手慣れてきて、ゴローは手早く準備を済ますと『試作4号機』に乗り込んだ。
「では、行きます」
これまた手慣れた手順で操作を行えば、『試作4号機』は危なげなく宙に浮かんだ。
「おお、やったやった」
手を叩いて喜ぶハカセ。
「方向転換は?」
「やってみます」
『試作4号機』は、その場で方向転換するために小型の『スラスター』を持っている。
まあ要するに、方向転換用の補助推進機として小型のエンジンとプロペラを搭載したわけであるが。
この『スラスター』は操縦席の上に左右1対あって、リンク機構により水平方向に180度、垂直方向に90度の稼動域を持つ。
つまり微速前進や方向転換、また僅かな上昇下降にも使えるのだ。
「うん、『スラスター』は使えるね。それじゃあぐるっと回ってきておくれ」
「はい、ハカセ」
ゴローはそのまま2メルほどの高さを保ち、テーブル台地の上をぐるりと1周して皆の前に着陸してみせる。
「うん、安定性もよさそうだね。大成功だよ。……あとは積載量か」
『試作4号機』には、ハカセ、サナ、フランクも乗れるような荷台が付いている。
3人が乗っても『試作4号機』は問題なさそうだったので、さらに重りとして石を載せ、およそ250キムとしてみた。
「ゴロー、いいよ。やっとくれ」
「はい」
強度と積載量について入念な検討を行い、丁寧な組み立てを行ったおかげで、『試作4号機』は250キムを楽々持ち上げられることがわかった。
「大成功だね!」
中距離までの移動と荷運びには十分使えそうなので、ハカセは喜んだ。
そしてサナも、
「これで、買い出しに行ける」
と喜色を顔に浮かべたのであった。
* * *
「さて、それじゃあいよいよ実用試験を兼ねての買い出しだね」
その日の昼前、ゴローとサナは『試作4号機』で買い出しに行くことになった。
目指すはジメハーストの町である。
直線距離で220キルほど離れているが、『試作4号機』は時速100キルほど出せるので、暗くなる前に戻ってこられるだろうという計算だ。
本当は翌日にしようとゴローが言ったのだが、サナがどうしても今日行こう、と主張したのである。
もちろん、1日も早く甘いものが食べたいから……ではなく、ハカセの食料が尽き掛かっていたからである。多分。
「それじゃあ、行ってきます」
「気を付けるんだよ」
「はい」
というわけでゴローとサナは『試作4号機』を駆って買い出しに向かった。
時刻は午前11時半。
「行きは急げるだけ急ぐぞ」
「うん」
帰りは荷物を積んでくるので行きよりは遅くなる可能性が大だから、である。
* * *
『試作4号機』は研究所のあるテーブル台地を飛び出し、南へと向かった。
地表からの高度差はテーブル台地の高さとほぼ同じ1000メル。
そうしてみると、この『亜竜の翼膜』による浮遊は、地表との相対高度ではなく、海面のような基準面からの絶対高度を保って飛んでいるらしい。
もしかすると気圧を感知しているのかもな、とゴローは想像した。
「わあ、いい眺め」
「だなあ」
高度差が1000メルあると、地上の様子がよく分かる。
「あれが、街道」
「シェルターもわかるな」
「南へ行くほど、雪が少ない」
「よくわかるな」
そして何より、地上の積雪がどの辺りまでなのかが一目瞭然である。
カーン村から2日行程のサナティ集落くらいまでは雪があったが、その先にはもう雪はない。
「問題はどこに着陸するかだな」
「うん」
ジメハーストの町中に降下したら、間違いなく大騒ぎになる。
そこで、適当に離れた場所に着陸したいわけだ。
空中からそういった場所が見つかるかどうか、だが……。
「見つからなければ、作ればいい」
「え?」
「適当な場所を見つけたら、木を伐り倒す」
「強引だな……」
だが、案ずるより産むが易し。
ジメハーストの北東1キルほどの森の中に、ぽっかりと空いた空間があったのだ。
「あそこがいい」
「ああ、格好の場所だ」
着陸してみると、どうやら古い巨木が倒れた跡地らしい。
これから若木が育ってくれば、ここもまた森に戻るのだろう。
「さて、どうしようか」
『試作4号機』を置いていくのは少々不安である。ゴローかサナ、どちらかが留守番している必要があるだろうと思われた。
「なら、私が番をしてる。ゴローは食料を買ってきて」
「そっか、わかった。できるだけ早く戻ってくるから」
「うん」
そしてゴローは買い物用の大袋や荷造り用のロープを持つと、ジメハーストの町を目指して走り出したのだった。
* * *
サナが待つこと1時間弱。
「悪い、遅くなった」
大荷物を背負ったゴローが戻ってきた。
「ディアラさんの所に顔を出したら捕まっちゃって」
ディアラは、2人が最初にジメハーストの町を訪れた時に世話になった老婦人で、王都のモーガンの実母でもある。孫のライナ(モーガンの実子)とこのジメハーストに住んでいる。
そのモーガンは元近衛騎士隊隊長、隠密騎士中隊長という肩書のため、不穏分子に狙われやすく、実娘ライナと実母ディアラをここに避難させているのだった。
「で、なんて?」
「……ティルダから、もう3通も、俺達の安否を尋ねる手紙が来ているんだってさ」
「……ああ……」
ティルダはゴローとサナの同居人である。
ドワーフの女の子でアクセサリー職人。
王都の屋敷を任せて出てきたゴローとサナだったが、元々冬が来る前に戻ると言っていたのに冬を越してしまったのだから心配するのも無理はない。
こちら方面で他に頼る相手もいないのだから。
「無事だ、っていう簡単な手紙を書いて送ってもらうことにしたんだ。そんなこんなで遅くなったんだよ」
「わかった。ご苦労さま」
理由を聞いたサナも納得だった。
「急いでハカセのところへ帰ろう」
ゴローが担いできた荷物は150キムほどはあったが、『試作4号機』には問題なく積むことができた。
「よし、行くぞ」
「うん」
荷物を満載した『試作4号機』だったが、問題なく浮かび上がった。
そして、夕暮れの空を一路テーブル台地の研究所目指し、飛んでいったのである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は3月21日(日)14:00の予定です。
20210318 修正
(誤)そして何より、地上の積雪がどの当たりまでなのかが一目瞭然である。
(正)そして何より、地上の積雪がどの辺りまでなのかが一目瞭然である。
(旧)そうしてみると、この『亜竜ワイバーンの翼膜』による浮遊は、相対高度ではなく絶対高度を保って飛んでいるらしい。
(新)そうしてみると、この『亜竜の翼膜』による浮遊は、地表との相対高度ではなく、海面のような基準面からの絶対高度を保って飛んでいるらしい。
20210320 修正
(誤)『試作4号機』は時速100キロほど出せるので
(正)『試作4号機』は時速100キルほど出せるので
20211222 修正
(誤)元々冬が来る前に戻ると行っていたのに冬を越してしまったのだから心配するのも無理はない。
(正)元々冬が来る前に戻ると言っていたのに冬を越してしまったのだから心配するのも無理はない。