07-07 原理解明への第一歩
『浮遊』しただけでは『飛行機』としてはまだ不十分である。
ハカセとゴローは『試作3号機』の製作途中、推進方法について何度も意見を交わし、検討をしていた。
その中で、最もやりやすく、効果がありそうだったのは、『推進用のエンジンとプロペラを付ける』というものだった。
だがこの方法は同時に、『結果が容易に想像できる』ものでもあった。
つまり『浮き』さえすれば、進むことは問題なくできるだろう、ということ。
それでは実験としては面白くない。
そこで別の方法が検討され、最終的に採用されたのが、『浮く』力を『進む』力に利用する方法である。
* * *
この『試作3号機』には4つの『浮遊用円板』が付いている。
その4つの円板は正方形に取り付けられていると書いたが、前← □ →後 ではなく、前← ◇ →後 のように配置されている。
重心位置を移動させる、あるいは『浮遊用円板』の位置をずらすことで、機体を傾けるのだ。
機体を『前傾』させると、『浮遊用円板』も斜めになり、『浮く力』の一部が、『進む力』に利用できるわけだ。
米軍機のV-22『オスプレイ』のプロップローターを傾けての飛行と思ってもらえばいい。
「おお、進んだ進んだ」
ゆっくりではあるが、『試作3号機』は前へと移動したのである。
「今度は後退してみます」
『試作3号機』の傾きを逆にすることで、当然ながら後退も可能。
「横にも移動できますね」
左右に傾ければ向きを変えなくとも横移動ができたのである。
「うんうん、大成功だね」
「……ですがハカセ」
「うん? どうした、ゴロー?」
「……方向転換ができません」
「あ、そうか……」
この『試作3号機』のような浮き方をしているなら、その場でくるりと向きを変えたいと思うのは自然なことである。
残念ながら『試作3号機』にはそのようなことはできないのであった。
「じゃあ、飛びながらのUターンならできるかい?」
「やってみます」
前進しながら、左右どちらかに機体を傾けることで曲がることはできた。
「ターンは成功だね。あとは、どのくらいの重さまで持ち上げられるかやってみようかね」
「ええと、試作ですのであまり強度はないですよ?」
「それはわかってるさね。自分が作った機体なんだから」
そう言いながらハカセは『試作3号機』の操縦席下部にロープを縛り付ける。
そこに重りを付けてみようというわけだ。
「ハカセ、まずはサナとフランクを乗せてみるあたりから始めましょうよ」
「ああ、その手があったねえ」
重り以前に、同乗者を増やしてみる方が先決だろうとゴローが主張したので、まずはそちらから試してみることになったのである。
「ええと、サナ……大丈夫そうなら乗ってみるか?」
「うん、乗ってみたい」
少し前に発現した『トラウマ』のことがあるので、ゴローは少し慎重になってサナに尋ねたが、当の本人は軽く頷いてゴローの前に乗り込んできた。
ゴローは身長172セル、サナは155セル。ゴローはなんとか前を見ることはできる。
「なんで前……」
「後ろに乗ったら、前が見えない」
「それはそうだが……」
「ゴロー、飛んで」
「あ、ああ」
サナに急かされ、ゴローは再び『マナ』を『試作3号機の魔力変換器』にゆっくりと流した。
4つの『浮遊用円板』に浮力が生じ、『試作3号機』はゆっくりと浮き上がった。
「おお、浮いたね」
「ハカセ、このくらいなら十分行けそうです」
「みたいだねえ。それじゃあ、あたしも乗ってみようかね」
「はい」
そういうわけで、一旦着陸した『試作3号機』にハカセは乗り込んだ。
今度はゴローの後ろに、立って乗っている。
操縦席周りが大分狭くなったが、実験であるから致し方ない。
「ゴロー、いいよ」
「はい」
ゴローは三度『マナ』を『試作3号機の魔力変換器』にゆっくりと流した。
今回も『試作3号機』はゆっくりと浮き上がった。
「おお、結構力があるんだねえ」
ハカセは大喜びである。
ハカセの体重は50キムに満たないくらい、サナも同じ。ゴローは60キム以上ある。
「あたしとゴローとサナ……3人で150キムくらいはあるかねえ。……それじゃあ、フランクも呼ぼう」
自動人形であるフランクは、身長170セル、体重200キムくらい。
まずはハカセが降り、フランクが乗って実験。
問題なく浮かんだ。
そして一応最後の試験として、ゴロー、サナ、ハカセ、フランクの4人が乗っての浮遊試験だ。
350キムを浮かすことができるとしたら、運搬にも使える見通しが立つ。
「さあ、いいよ」
「落ちそうですね」
「まあ落ちても1メルくらいだから、大したことないさね」
「気をつけてくださいよ……」
そしてゴローは5度目の浮遊試験を行う。
みしり、と構造材が軋んだが、『試作3号機』は問題なく浮かび上がったのである。
「おお、成功だ。ゴロー、このまま少しでいいから動き回っておくれ」
「は、はい」
構造材が立てる軋み音が気になるゴローだったが、ハカセの指示に従い、ゆっくりと『試作3号機』を前進させた。
「おお、進んだねえ。……うんうん、『飛ぶ』っていうのはこういうものなんだねえ。もう少しスピードは出せるかい?」
ハカセは初めての『飛行』に大興奮である。
地面から1メルほどの高さであるから、落ちても大したことはないだろうと割り切り、ハカセの希望を聞くことにした。
「ふんふん、こういう感じで進むんだね。……曲がってみておくれ」
「はい」
ゴローは『試作3号機』を右回りにターンさせた。
「お、お、お……こういう感じなんだねえ……ふむ……」
さらに構造材の軋み音が大きくなったので、ゴローは浮遊高度を0.5メルまで落とす。
と、その瞬間、ビキッと嫌な音を立て、操縦席の底が抜けた。
「わあ!」
操縦桿を持っていたゴローと、その前に座っていたサナはなんとか落下を免れたが、ハカセとフランクは地面に落下してしまったのである。
とはいえ、フランクがハカセを抱きかかえながらの落下だったので、ハカセにダメージが入ることはなかったのが救いであった。
「ああ、びっくりした。やっぱり強度が保たなかったか……」
「ハカセ……」
「でも、これでかなりわかってきたよ。亜竜の翼膜が発生する『浮遊力』は、いわば空中に足場を作っているようなものだとね」
それは、実際に翼膜が働いているすぐそばにいたことでハカセが感じ取ったものである。
「空中に足場、ですか?」
「うん。傾けると、斜面になったその足場を翼膜が滑り落ちる。でも斜面は一定の高さを保とうとするから、結果として前に進む」
「なんとなくわかります」
簡潔にすぎるハカセの説明だったが、ゴローの『謎知識』はそれに似たものを連想させてくれたので、理解できたのだ。
それは『波乗り』。
サーフィンとも呼ばれるそれは、波が作り出した『斜面』を滑り落ちることで進む。
そしてその『波』もまた岸に寄せていくことで、サーファーは沖から岸に戻ることができる。
……そんな光景が『謎知識』により、ゴローにもたらされたのである。
それがどこの世界のものなのか、ゴローにはわからない。
実際にそんなことをしている世界があるのかも定かではない。
そして『謎知識』が無謬であるという保証はどこにもない。
だが、それでもゴローは、これが原理解明への第一歩であることを理解したのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は3月14日(日)14:00の予定です。
20210311 修正
(誤)前進しながら、左右どちらかに期待を傾けることで曲がることはできた。
(正)前進しながら、左右どちらかに機体を傾けることで曲がることはできた。
20240824 修正
(旧) 自動人形であるフランクは、身長170セル、体重100キムくらい。
(新) 自動人形であるフランクは、身長170セル、体重200キムくらい。
(旧)250キムを浮かすことができるとしたら、運搬にも使える見通しが立つ。
(新)350キムを浮かすことができるとしたら、運搬にも使える見通しが立つ。