07-06 試作3号機
「骨髄?」
「はい。一般的な生物の大きな骨の芯には海綿状の組織があって、血液を作っています」
「それも『謎知識』かい?」
「そうです。……その『骨髄』は、骨の強度には影響を与えていないでしょうし、むしろ取り除くことで軽量化に役立つんじゃないかと思います」
「なるほど、面白いねえ。早速調べてみよう。ゴロー、サナ、フランク、手伝っておくれ」
「はい、ハカセ」
前回運んできた『亜竜』の骨は、それほど量はないのでこの作業はすぐに終わった。
とはいえ亜竜の骨は太い。
大皿に山盛り程度の骨髄が手に入ったのである。
「さてゴロー、これをどうする気だい?」
「そうですね……完全に乾燥させて、特性を調べましょう」
「うんうん、それで? どういう風に?」
「……魔力を流してみて、その挙動や反応を見ます」
「うんうん、それで?」
「……俺の予想では、多少なりとも何らかの変化が見られるはずです」
「どうしてだい?」
「……亜竜を解体してみて、その魔力的な器官が見つかっていないからです」
「続けておくれ」
「……皮革、筋肉、翼膜、骨。内臓に関しては持ち帰っていないのでなんともいえませんが、あの巨体に対する魔力的な器官なら、それなりの大きさがないとおかしい」
「うんうん、それでそれで?」
「……もちろん、俺やサナの『哲学者の石』みたいな小さい器官である可能性もないとはいえません。ですが、自然界でそれはまずありえない」
「それで? 続けておくれ」
「……そして、俺の『謎知識』は、『生物の骨髄では血液が作られる』ということを教えてくれています」
ハカセは大きく溜息をつくと、にっこり笑った。
「ゴロー、成長したね。そう、それでいいよ。研究者とは、理論と、知識と、実践とを、同じくらい大事にしなきゃいけないんだ」
そして、
「あたしも、亜竜の魔力の秘密があるとするなら骨じゃないかと思っていた。だって、骨は体中に行き渡っているんだからね」
と自説を述べる。
「筋肉、皮、血管、神経ももちろん全身に行き渡っているさ。でもそれらを調べても何も出てこなかった。なら、残るは骨だよねえ」
しかしその骨も、ただ丈夫なだけで、どうにもこうにもわからないことだらけだった、とハカセ。
「だからゴローが『骨髄』って言った時にはっとしたね」
「ハカセ……」
「あんたは間違いなく、あたしの教え子だよ。ゴロー」
「うん。ゴロー、さすが」
ハカセとサナに褒められてゴローはくすぐったかった。
「さあ、それじゃあ実験してみようじゃないかね」
* * *
結論から言うと、実験は大成功であった。
乾燥骨髄が1キムあれば、試作2号機を1時間飛ばす程度の『マナ』を蓄えることができることがわかったのである。
「ううん、やっぱり亜竜の骨髄は魔力を蓄えるんだねえ……まてよ? ……もしかして……」
「ハカセ?」
「……この亜竜の骨髄が『マナ』を蓄えるとして、だよ? 自分の身体に応用するには『オド』に変化させなくちゃならないわけだ」
「そうですね」
「だけどね、ここから『オド』をどうやって取り出すんだろうね」
「あ、確かに……」
ゴローの場合、意識しなくても『哲学者の石』からはマナでもオドでも、無尽蔵に取り出せるのだ。
最初の最初の頃には意識しなければオドを取り出せなかったが、今ではどうしてできなかったのか、それがわからなくなってしまっていた。
「そもそも、蓄えているのは『マナ』ですものね」
「うん。だけど……」
「ハカセ?」
『マナ』を蓄えているはずの骨髄を調べていたハカセは、驚いた顔になった。
「ゴロー、サナ、これに蓄えられているはずの『マナ』が、いつの間にか『オド』になっているよ!」
「ええ!?」
「そんなこと、あるの?」
「うーむ……これって、亜竜の秘密の一端に触れたかもね」
亜竜の研究というものはほとんどなされていない。
そもそも亜竜を研究材料にするにはリスクが大きいのだ。
亜竜ライダーが飼いならした個体もいるにはいるが、その場合は希少すぎて研究材料にするわけにもいかないのだろう。
それはさておき、ひょんなことから亜竜の秘密を1つ、解明したわけである。
「……ねえハカセ、この骨髄に『マナ』を通したら『オド』になって出てくる、ということ?」
「うーん、そうとも言えそうだねえ」
「だとすると、『亜竜の翼膜』、もしかして」
「おお! そうだよ、サナ! 骨髄から出てくる『オド』は亜竜の固有魔力に違いないよ!」
「じゃあ、翼膜利用の飛行機が作れるかも」
「そういうことだねえ」
一気に、研究が進展しそうな目処が立ったのであった。
* * *
翌日は、雪ではなく雨雪……霙が降った。
その翌日は曇り。
さらにその翌日は雨となった。
春は着実に近づいてくることを感じさせる日が続き、晴天がやって来た。
「晴れたねえ」
「絶好のテスト日和ですね」
「雪、ぐずぐず」
「滑り台も解けかかってますね」
ハカセ、ゴロー、サナ、フランクのセリフである。
「まあ、でもこの機体のテストにはあまり関係ないからいいさね」
「ですね」
ハカセたちが4日間を掛けて試作した『試作3号機』は、1・2号機とは趣を異にしていた。
直径が1メルの円板が4つ、正方形に配置されている。
その下に操縦席が『ぶら下がって』いる形だ。
読者によりわかりやすく言うなら、ドローンに籠をぶら下げた形状と思ってもらえばかなり近い。
これは安定性を重視した結果である。
「それにしても、やっぱり予想どおりだったね。亜竜の翼膜は、自分の魔力によって浮力を発生する、ってさ」
「ですね。その浮力が何なのか、よくわからないんですけど」
ハカセとゴローの会話でもわかるように、亜竜の翼膜に亜竜自身の魔力を流すことで浮力が生じることが判明したのである。
ただ、その『浮力』の正体がどうにもわからないのだ。
風力ではない。
反重力なのか、あるいは念力のようなものなのか。
とにかく、亜竜自身の魔力……『オド』を流すと浮力が発生することがわかったのである。
「では、やってみます」
「気を付けるんだよ、ゴロー。……といっても、飛行機よりもずっと安全だと思うけどねえ」
「そうですね。……では、スタート!」
ゴローは慎重に『マナ』を『魔力変換器』にゆっくりと流す。
『魔力変換器』は主に亜竜の骨髄で作られており、ゴローの『マナ』を亜竜固有の『オド』に変換する。
その『オド』を、翼膜を張った4つの円板に流すと『浮力』が発生するのだ。
「おお、浮いた浮いた」
発生した浮力により、『試作3号機』は地面をゆっくりと離れ、1メルほどの高さに浮遊していた。
「成功だ! やったねえ、ゴロー」
「ハカセ、おめでとうございます」
ついに亜竜素材を100パーセント利用した『浮遊』に成功した瞬間であった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は3月11日(木)14:00の予定です。
20210307 修正
(誤)俺やサナの『哲学者の石』みたい小さい器官である可能性もないとはいえません。
(正)俺やサナの『哲学者の石』みたいな小さい器官である可能性もないとはいえません。