07-05 トラウマ?
ゴローたちの願いが天に通じたのか、翌日は晴天となった。
「……ううん、積もったねえ……」
テーブル台地上の積雪量は2メートル以上となっており、研究所周りは雪かきをしないと出入りすら困難である。
「でも、墜落してもダメージが少ないのはいいですよね」
「ダメダメ、ゴロー。今から墜落した時のことなんか考えてちゃ。成功することを考えな」
「すみません。そのとおりですね」
「そうだよ。……じゃあ、早速テスト飛行を頼むよ」
「はい、ハカセ」
恒例になった『滑り台式カタパルト』からの発進である。
滑り台にも雪が積もっていたので、それをどかすのに1時間掛かったが、なんとか発進準備は整った。
「次は、機体を運びます」
「頼んだよ、ゴロー」
「私も、手伝う」
試作2号機は大きく重くなったため、ゴロー1人だと運びづらくなってしまった。なのでサナも手伝うと言ったわけだ。
2人がかりで運び上げた試作2号機に、ゴローは乗り込む。
「それじゃあ行ってくる」
「うん、気をつけて」
そしてゴローと試作2号機は『滑り台式カタパルト』を滑り降り……。
「おお、飛んだね!」
見事に空中に浮かび上がったのである。
〈今度は重量が増したせいか、それとも大きくしたせいか、前よりずっと安定しているな〉
ゴローは『念話』でサナに報告をする。
そしてサナはハカセに報告をするわけだ。
〈ゴロー、左右の安定性はどうか、って〉
〈待ってくれ。……うん、いい感じだ。上反角がちょうどいいんじゃないかな〉
〈次は方向舵の具合を見てくれ、って〉
〈ええと……うん、1号機よりいい感じだ。もう少し反応がよくてもいいかもな〉
〈それじゃあ、昇降舵は?〉
〈うん…………いいな。自然な感じで機体がついてくるよ〉
通信機はないが、数キルの距離ならこうして『念話』が通じるため、さほど不便はない。
〈かなり性能が上がった気がするぞ。ちょっといろいろ試してみる〉
〈ゴロー、大丈夫?〉
〈大丈夫だと思う。1号機に比べ、安心感がある〉
サナに報告した直後、ゴローは操縦桿を引いた。
ぐっと機首が上を向く。同時に、魔力の放出を強めると、エンジン出力が上がった。
試作2号機は急角度での上昇を開始。
〈おお、これは凄いな〉
〈ゴロー、大丈夫?〉
〈大丈夫さ。快適だぞ〉
試作2号機はぐんぐんと高度を上げていく。上昇角度は45度くらい。
速度も時速100キルは出ており、予想以上の性能を発揮してくれていた。
〈かなり上空まで来た。テーブル台地が小さく見える〉
〈ゴロー、ほんとに大丈夫?〉
〈大丈夫だってば。ハカセの技術はすごいよ〉
そしてゴローは左右に旋回を行ってみる。
試作1号機にはできなかったような急旋回も楽々こなしてくれた。
〈完全な成功だ〉
〈ハカセも、喜んでる〉
〈そうだろうそうだろう〉
次にゴローは最高速度を試してみることにした。
〈行っけー!〉
エンジンが唸る。
風防を風が叩く。
風切り音がすごい。
〈……うーん、体感的に時速300キルくらい出ていそうな気がする……出ているといいなあ……〉
速度計を作ることはできなかったので、大雑把に、距離のわかる2地点間を何秒で翔破できるかで推測するしかない。
テーブル台地の端から端までは約20キル。そこを4分ほどで飛んでしまったことから、時速300キルと判断できるわけだ。
これは『平均速度』であり、『瞬間速度』に関しては速度計の開発が待たれるところである。
〈ゴロー、ハカセが『大成功だ!』って喜んでる〉
〈だろうな!〉
〈そろそろ、戻ってきて〉
〈わかった。じゃあ、最後に……〉
〈……なに、するの?〉
〈ちょっとな〉
ゴローは試作2号機を斜め下へ向けて降下させ、速度を上げていく。
〈ゴロー、何する気?〉
〈まあ見ててくれ〉
そして台地の上50メートルくらいの高度で操縦桿を引き、機首を上げると共にエンジン出力を最大にした。
結果。
試作2号機は弧を描いて急上昇し、そのまま背面飛行になり、再び弧を描いて下降……つまり、『宙返り』を行ったのである。
〈ゴロー!〉
〈おお、できたできた〉
〈ゴロー!!〉
〈……なんだ、どうした?〉
〈…………戻って、来て〉
〈う、うん〉
『念話』でもわかるほどにサナの機嫌が悪いのを感じ、ゴローは素直に試作2号機を着陸もとい着雪面させた。
* * *
「ゴロー、正座」
「いや、なんで」
「いいから、正座」
「……わかったよ」
怒っているような、泣き出しそうな、そんなサナの顔を見たゴローは逆らえなかった。
「心臓が止まるかと思った」
ゴローの、いやゴローの乗った試作2号機の『宙返り』が、よほどショックだったらしい。
「飛行機が裏返しになったときは気が遠くなった」
心なしか、その目が潤んでいる気がする。
レイスだったサナ。
もしかしたらレイスになる前に、何かトラウマがあるのかもしれない、とゴローは想像した。
「……ゴロー、聞いてる?」
「ああ、うん」
「どうして、あんなこと、したの?」
「どうしてって……うーん、なんていうか……そう、ハカセの技術力を証明したくて、かな」
「証明?」
「うん」
それ以外にももちろん冒険心とか興味とかあったことも認めたゴローであった。
「サナ、そのくらいにしておきな」
「ハカセ……はい」
「ゴロー、お立ち」
「はい」
ハカセに宥められ、ようやくサナもゴローを許したのだった。
* * *
「うーん、サナのトラウマ……心理的外傷、ねえ……」
ハカセも初めて見たと言う、サナの取り乱しよう。
少なくとも人造生命になってからではないということで、レイスになる前、もしかするとレイスになった原因なのかもしれないということになった。
が、想像できるのはそこまで。
検証すらできない過去のことなので、サナ自身、ほじくり返されたくはなさそうな顔をしていたのである。
「まあ、この話はここまでにしようかね。……ゴロー、試作2号機はどうだった?」
「ええ、快適でしたよ。あれだけのことができるんですから」
「だねえ。もう『亜竜ライダー』なんて目じゃないねえ……」
「今のところ、俺しか乗れないという問題がありますけどね」
「それは最大の欠点だね」
どうにかしたいとハカセは言う。
「『哲学者の石』が量産できないなら、『マナ』か『オド』を溜めておける何かを作ればいいんじゃないですか?」
ゴローが言うと、ハカセは頷いた。
「それは考えているんだよ。だけど、なかなかそういう素材が見つからなくてねえ」
「亜竜の素材で何か使えそうなものってないんですか?」
「うーん、ないんだよねえ。……骨が多少いいかな、と思ったんだけどね」
「そうですか……」
「それに骨は、構造材に使えるしねえ」
「なるほど……」
確かに骨は、構造材としての使い途があるからなあ、とゴローもハカセの意見に賛成した。
「構造材か……『単管パイプ』って何だ?」
『謎知識』の囁きに首を傾げるゴロー。
そして、突然ひらめいたことを口にする。
「ハカセ、『骨髄』は?」
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次回更新は3月7日(日)14:00の予定です。