07-04 試作2号機
ゴローが強度のことをハカセに伝えると、
「やっぱりねえ……。とりあえずはこの機体を補強していこうかねえ」
というように、すぐに対応してくれた。
支柱を立て、ワイヤーを張って主翼を補強する方法だ。
初期の飛行機によく見られた手法である。
胴体は主桁を4本増やした。
そうした補強で重量も少し増えたが、それ以上にエンジンの出力も増えている。
『円盤』の駆動部分を6箇所から8箇所に増やしたのだ。
また、ゴローの提案により、円盤のバランスもより正確に取っている。
この『バランス取り』は重要である。
要するに回転軸の中心に円盤の重心が来るように調整するわけだが、これがなかなか難しい。
洗濯機の脱水槽に洗濯物を入れて回すことを想像してもらえるとわかりやすいかもしれない(最近の洗濯機ではやらないかもしれないが)。
可能な限り摩擦抵抗の少ない軸受で円盤を支えると、重い側が下になるように回転する。
そこでその部分を少し削って軽くし、もう一度円盤を支える。
するとまた、重い側が下になるように回転する。
これを繰り返すことでバランスが取れていくのだ。
実際、回転する機械は大なり小なりこれを行っている。
これをするとしないとでは数パーセントから十数パーセントも回転数や出力が違ってくるとも言われている。
* * *
「おお、今度はだいぶいいなあ」
2日後、雪の晴れ間を狙ってのテスト飛行で、ゴローはかなり改善されたことを感じ取った。
緩やかな上昇と下降、少々急な旋回程度なら問題なく行えるようになったのだ。
速度も、体感で時速100キルは楽に超えているようだった。
「これ以上は根本的な作り直しになるかもなあ……」
補強の追加やエンジンの手直しにも限界があるからだ。
「うん、まあ、この試作機は記念に取っておこうかねえ」
ハカセもまた、作り直しの必要性を感じていたらしい。
「プロペラは、素材から見直す必要があるかもですね」
今は硬い木から削り出して作っているが、強度的に不安が出てきたのである。
「貼り合わせるか、金属にするか……」
プロペラも重要な要素である。
エンジンの出力が大きいのにプロペラが小さいと、その出力を十分に生かせない。
かといって直径をむやみに大きくして、プロペラの先端の速度が音速を超えてしまうことになると効率が落ちてしまう。
ならばと羽根の幅を広くすると重くなり、ハブ……軸付近の強度が必要になってしまう、というわけだ。
それ以外に、プロペラの直径が大きいと、離着陸時に地面を擦らないよう主脚を長くする必要があり、機体の重量増加に繋がる。
「うーん……なんだかややこしいね」
ゴローが、その『謎知識』によるプロペラの条件を述べると、ハカセは腕を組み、首を傾げたのだった。
* * *
それから4日間、毎日のように雪空が続いた。
「もう少しで春なんだけどねえ……」
ハカセはそう言いながらも、せっせと飛行機の製作に励んでいる。
まずエンジン。
『円盤』の数を3枚に増やし、直径を30セルから50セルにアップ。
『駆動部』は円盤1枚あたり8箇所から4箇所に減らしたが、結果としてトータルの出力は5倍となった。
「駆動部は90度ずらして4箇所にしているけど、それを3枚の円盤で同じ場所じゃなく30度ずつずらしたんだよねえ」
「おそらく、駆動と駆動の間隔が短くなったから効率が上がったんじゃないでしょうか」
「そうかもね」
回転数は変わらないがトルクが大きくなったので、プロペラの羽根も3枚に増やすことにした。
「ゴローの言っていた『あるみにむ』? を精錬するのがちょいと大変だけどね」
「アルミニウムですよ。でもこの金属は軽くて丈夫ですから」
「確かにね」
アルミニウムの原料は『アルミナ』。つまり酸化アルミニウムAl2O3である。
これは鉱物としては『コランダム』として産する。ルビーやサファイアがこれだ。
「宝石にならないようなルビーやサファイアを使うとはねえ……どうせ捨てていたんだからいいけどさ」
このテーブル台地の一部ではコランダムが産出するのだ。
宝石として扱えるものはごくごく僅かで、9割以上が屑石として廃棄される。
とはいえ硬度が高い(モース硬度9でダイヤモンドに次ぐ)ので、一部は研磨剤として使われていたが。
「機体を作るまでにはいきませんが、プロペラは作れるでしょう」
「そうだねえ。この『じゅらるみん』ってやつは軽くて丈夫だものねえ」
ゴローが『謎知識』を駆使して再現した『ジュラルミン』。
アルミニウムに銅とマグネシウム、マンガン、ケイ素などを加えたもので、現代日本ではA2017系合金と呼ばれるものに近い。
これらのうちマンガン、ケイ素は意図して加えたのではなく、不純物として混じっていたものを取り除かなかっただけである。
「しかし、銅とマグネシウムを加えると、こうも飛躍的に強度が増すんだねえ」
ハカセは感心することしきり。
しかしゴローとしてはハカセが駆使する土属性魔法、『土』『金属』『分離』の方が凄いのでは、と思っている。
これは鉱石から目的の金属を分離抽出する魔法だ。
熱を伴わないので、アルミニウムのように酸化しやすい金属も単体で取り出すことができる。
「こうなってくると、アルミニウムの鉱石の入手を考えたくなってくるね」
今のところ屑コランダムが原料なので、到底量産できるものではない。
かろうじて直径90センチの3枚羽プロペラを2つ作ることができただけである。
「それは雪が解けたら考えましょう」
「それもそうか」
そして機体全体はりん青銅のパイプでフレームを作り、そこに亜竜の革を張ったものが基本だ。
「しかし、これは……」
ハカセは自分が作り上げたものに感心している。
ゴローの『謎知識』を元にデザインされた試作1号機の最終形態がブレリオの単葉機。
試作2号機は、96式艦上戦闘機に近い外観をしていた。
「ゴローの『謎知識』の元は、絶対にこの世界じゃないね。少なくとも伝説になっているような過去か、別世界じゃないかと思えるよ」
「うん、賛成」
ハカセの意見にサナも賛成した。
「そもそも、ゴローの『魂』がどこから来たのかわからないんだよねえ」
「そうなんですか?」
「まあ、そうなんだよ。適当、とは言わないけど、それまで『魂』の召喚には4連続で失敗していてねえ。少しヤケになってこれまで使わなかった召喚魔法陣を使ったんだよねえ」
「……」
「まあ、結果オーライだし、いいさね」
「……」
思わぬ自分のルーツを耳にし、ゴローは少し憮然としたが、
「ゴロー、それよりこっち」
というサナの言葉に、今はそんなことで呆けていてもなんにもならないと思い直した。
「ん? どれだ?」
「これ。 ちょっと押さえていて。……フランク、今のうちに接合して」
「わかりました」
ゴロー、サナ、フランクらが主に力仕事と大まかな加工を請負い、ハカセが繊細な作業を行うという役割分担により、4日間でなんとか試作2号機は完成したのであった。
晴れたらまた試験飛行である。
「明日は晴れるといいねえ」
「ですね」
そろそろ春が来てほしいと願う面々であった……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は3月4日(木)14:00の予定です。
20210302 修正
(誤)離着陸時に地面を擦らないよう主脚を長くする必要があ利、
(正)離着陸時に地面を擦らないよう主脚を長くする必要があり、
(誤)それを3枚の円盤で同じ場所じゃなく20度ずつずらしたんだよねえ
(正)それを3枚の円盤で同じ場所じゃなく30度ずつずらしたんだよねえ
(旧)今はそんなことで不貞腐れていてもなんにもならないと思い直した。
(新)今はそんなことで呆けていてもなんにもならないと思い直した。