07-01 実験
「ああ、晴れたね。それじゃあ実験しようかね」
「はい、ハカセ」
冬が来てから3ヵ月半。
雪に降り込められる日々が過ぎ、北の地にも少しだけ春が兆し始めた。
今日は1ヵ月ぶりに青空が覗いたのだ。
『ハカセ』の研究所があるテーブル台地の上には雪が2メートル以上も積もっていて、その表面は硬く凍っている。その中はふかふかのままなので、モナカのようだ。
「雪のコンディションもよさそうだしね」
「そうですね」
そんなフィールドで何をするかというと『飛行機』の実験である。
ゴローの謎知識を元に、ハカセが作り上げた『飛行機』。正確には『グライダー』の実験である。
テーブル台地は古いカルデラ跡らしく、直径はおよそ20キルほどもある。
研究所があるのはその西寄りの山の中だ。
ハカセたちは今、その西寄りの山の上からグライダーを台地上に飛ばしてみようとしているのであった。
3ヵ月半という長い冬の間、僅かな晴れ間を見つけては実験を繰り返していたハカセたち。
最初は翼長1メルほどの模型だった。
それが100メルを滑空できるようになるまで1ヵ月掛かった。
次は翼長2メルの模型。これは半月で1キルを滑空するほどに完成度が上がった。
そして今、翼長5メルの実機を飛ばしてみようというのだ。
骨組みは『亜竜』の骨を加工したもの。
軽く、丈夫で弾力性もあり、飛行機の構造材にはもってこいの素材だった。
外板は同じく『亜竜』の革。
元は厚さ10ミルほどもあった革だが、何層にも重なった層状の構造をしていて、薄く剥離させることができることをサナが発見したのだった。
「おそらく、亜竜の年齢と関係があるんじゃ?」
「うーん、サナの言うことが当たっているようだねえ」
つまり亜竜の表皮は年輪のように毎年1層ずつ重なっていく……らしい。
ゆえに層状に剥がすことも可能なのだ。
一番外側の層は丈夫で硬く、2層目以降はやや柔らかい。
1層あたりの厚みはおよそ0.5ミル。今回手に入れた皮は20層からなっていたから、この亜竜は20歳くらいなのだろうと推測できる。
今回主翼に使っているのは内側の層から作った革である。
「それじゃあ、行きますよ」
「ゴロー、気をつけるんだよ」
「はい」
実験用の試作なので、着陸脚は付いていない。つまり胴体着陸することになるのだ。
なので、雪が積もった今が実験のチャンスなのである。
グライダーなので、初速を与える必要がある。
これにも雪が利用された。
つまり、山の上から中腹まで、雪で滑り台を作ったのである。
表面を凍らせることで摩擦を小さくし、なおかつ滑走用のソリに機体を載せることでさらに速度を上げられる。
山の上までは雪に刻んだ階段を、グライダーを担いでえっちらおっちら上っていくことになる。
『強化』を掛けたゴローだからこそできる離れ業であった。
100メルほどの標高差のある階段を、グライダーを担いで上りきったゴローは、滑走用の滑り台にソリをセット。
その上にグライダーを載せると、ゆっくりと滑り出し始める。
すかさずゴローが飛び乗って、操縦席に座るわけだ。
操縦席と言っても前面に風防があるだけの吹きっさらし。
操縦桿は床から伸びるレバーで、方向舵・昇降舵・補助翼を動かすことができる。
とはいえ、ゴローに飛行機を操縦した経験はなく(謎知識にも)、ぶっつけ本番だ。
ちょうどスキーのジャンプ台のような滑り台を下ってくると、グライダーの速度は時速50キルほどになっている。
「お、お、いいねいいね!」
「ゴロー、頑張れ」
ハカセとサナが見守る中、ゴローの乗ったグライダーは発射台から飛び出した。
「お、お、飛んだよ!」
「うん、飛んでる」
発射台の高さは5メルくらいだったが、勢いに乗ったグライダーは少し斜め上に上昇したので、積もった雪面との高度差は20メルほどにもなった。
そこからは滑空していくだけ。
ほぼ無風なので機体の姿勢は安定している。
「いいねいいね! いい感じだよ!」
「成功した。やった」
ゴローの乗ったグライダーはおよそ1000メル以上も滑空し、クラスト(表面が固く、中はやわらかい雪の状態)した雪面に軟着陸したのである。
そしてゴローは『かんじき』を履き、グライダーにロープを付けて引きずりながら戻ってきた。
こうすればクラストした雪に潜らずにグライダーを牽引できるわけだ。
「ゴロー、お帰り! 成功だよ、成功!」
「うん、ご苦労さま、ゴロー」
「はい! 飛びましたよ!!」
喜ぶハカセとサナだったが、操縦者のゴローはそれ以上に興奮していた。
とにかく、手を取り合って喜び合う3人だったのである。
* * *
「まずは、原型はできたということでよさそうだね」
「はい、ハカセ」
研究所に戻り、3人は検討会を開いていた。
「ゴロー、乗ってみて気が付いたことはあるかい?」
「そうですね、今の操縦装置だと、補助翼の効きが強すぎます」
「ふんふん。舵角を抑えるか、補助翼を小さくするか、だね」
「それでいけると思います」
「あとは車輪と動力だね」
「はい」
「それで、基本構成は、完成」
頷き合う3人。
「そうすると問題は……」
「翼膜」
「だねえ……」
そう、『亜竜の翼膜』。これについての研究が遅々として進まないのである。
ゴローやサナ、ハカセ、フランクまでもが魔力を流してみたのだが、何の変化も見られないのであった。
『録画』……つまりフランクの『記憶』を再生してみてもわからず、こちらの研究は暗礁に乗り上げたままである。
「翼膜に魔力を流したら何かが起きると思ったんだけどねえ……外れたようだよ」
「そうですよね。浮く力が発生するとか、風が起きるとかするんじゃないかと思ったんですが」
「やっぱり、亜竜の魔力でないと駄目なんじゃ?」
「うん、おそらくサナの言うとおりなんだろうね。だけど亜竜の魔力って言ってもねえ」
調べる方法、知る方法がないことが問題である。
第一に『個体差』があるはずだから、素材になってしまった亜竜の魔力がどういうものかなど、知ることはできるはずがないのであった。
「だとすると、もう1つの道は……」
「推進力」
「だよねえ……」
これに関しては、ゴローが作った『竹とんぼ』の形状を洗練させればほぼそのままプロペラになる。
問題は回転させる力をどうするか、である。
つまり『エンジン』。
継続して回転するような機械は、まだこの世界にはない。
科学という基礎がない以上、一足飛びにエンジンを作ることもできず、ゴローの『謎知識』といえども答えを出せないのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は2月21日(日)14:00の予定です。
20210218 修正
(誤)雪に振り込められる日々が過ぎ
(正)雪に降り込められる日々が過ぎ