01-08 レート
ライナは頬を膨らませてゴローに食って掛かっている。
「うちのふくはたかくないもん。りょうしんてきかかくだもん」
「えーと……」
この場をどう収めようかとゴローは狼狽えた。
そこに、サナが発言をした。
「……新しい服が7000ゴル。古い服が2000ゴル。これって、普通?」
「え?」
きょとんとするディアラ。
「うちの服は2000シクロだよ。ゴルなら……そうだねえ、200ってとこかねえ」
「は?」
今度はゴローがきょとんとする番だった。
「通貨の単位が……違う?」
ライナの祖母、ディアラは納得がいった、という顔で頷いた。
「ああ、そういうことかい。あんたたちは大分遠くから来たんだね。このあたりから南じゃ、『シクロ』っていう通貨が使われているんだよ」
「そうだったんですか……」
がっくりするゴロー。
交換レートはおよそ10対1だそうで、そうなると日本円とほぼ同じか、それなら……と、またしても謎知識で納得するゴローであった。
「それでしたら十分納得がいきました」
古着とはいえ、綺麗に洗濯されており、傷んだところも見受けられないなら2000円はまあ妥当だろう、と思われた。
既製品が9000シクロ、つまり9000円なら、これもまあまあ納得である。
「……単位を書いてないのが、悪い」
サナがぼそっと言った。
「まあ、それは確かだねえ。でもね、この町を含み、アシリアではもう30年くらい前からシクロだよ」
「そうだったんですか。俺たちはずっと『ゴル』を使ってきたんですよ」
「ああ、まだ北の方ではそういう地方が多いと聞くね。でもここから南はシクロでないと買い物できないよ」
この機会に、ゴローは通貨についてもう少し聞いてみることにした。
「そのシクロ、っていうのは共通通貨なんですか?」
「そうだよ。……何だねえ、ほんとに知らないんだね」
などと少し呆れられたものの、ディアラはゴローたちに親切に教えてくれる。
「ゴルは500年くらい前から使われていたらしいけど、ちょっと重いんだよ」
「確かにそうですね」
ゴル硬貨は大きく分厚い。つまり、重い。使われている地金が、その硬貨の金額よりも少し多めなのだということだ。
これは偽造を防ぐためだという。
確かに、地金の価格より低い金額の硬貨など、誰も偽造しないだろう。
大昔はそれでよかったらしいが、ここ100年くらいになると、硬貨を鋳つぶして地金にし、それを売って儲ける犯罪が増えてきたのだそうだ。
金属を溶かすという技術が一般的になってきたからだという。
「そりゃあそうでしょうね」
通貨を安定させるなら、地金よりも高価な金額に設定し、かつ偽造できないような工夫をする必要がある、とゴローは思った。
工夫とは細かい彫刻だったり、特定の刻印だったりするわけだ。
また、偽造がばれた特には重い罪科を課す必要もあるだろう。
経済を安定させるとはそういうことだ。
とにかく、ゴル貨幣は次第に使われなくなり、代わって『シクロ』が使われているのだという。
「これがシクロさ」
ディアラはテーブルの上に幾つかの硬貨を並べてくれた。
大きさは直径25ミルくらい、厚みは2ミルくらい。
つまり、ゴル硬貨の5分の1くらいの重さになっている。
さらには、中央に大きめの穴が空いている。
「この穴が便利でねえ」
紐を通してまとめておけるのだとディアラは言った。
さらには肉抜きにもなるので、地金の節約にもなっているんだろうな、とゴローは思った。
よく見ると、穴が丸いものと四角いものがあり、聞いてみると丸いものが半硬貨だということだった。
「そうすると銅貨が1シクロですか?」
だがディアラは首を横に振った。
「銅貨は10シクロだよ。こっちの白銅貨が100シクロ、銀貨が1000シクロだね」
丸い穴が半白銅貨で50シクロ。同様に半銀貨が500シクロだということだった。
「金貨は3種類さ」
直径1セル以上の大きな穴の空いた小金貨が1万シクロで、半銀貨や半銅貨と同じ大きさの穴の空いた半金貨は5万シクロ。
「さすがに金貨は持ってないねえ」
10万シクロにもなる金貨は、庶民がじゃらじゃらと貯めておけるものではないということだった。
「俺たち、ゴル硬貨しか持っていないんですが」
とゴローが言うと、
「それなら商人組合で両替してもらえばいいよ。まあ、手数料は取られるけどね」
「どのくらい取られるんですか?」
「だいたい5分から1割だね。……ああ、でも、両替屋は閉めるのが早いから今日はもう無理だね」
気が付けば外はもう暗くなっていた。
「あ……そろそろお暇しなくちゃ」
ゴローが腰を浮かすと、
「今からじゃ宿を探すのも大変だろうさ。どうだい、うちに泊まっていかんかい?」
「え、いいんですか?」
「ああ、いいともさ」
「わあい! おにいちゃんとおねえちゃん、泊まってくれるの?」
ライナは大喜びしている。
そうまで言ってもらっては、断りづらい。
「……それじゃ、一晩お世話になります」
ゴローは頭を下げたのだった。
* * *
「お邪魔します」
「……お邪魔します」
ゴローとサナは奥に通された。
ゴローが驚いたことに、奥座敷は敷物が敷かれた板の間で、土足厳禁だったのだ。
「靴はそこに脱いでおくれ」
「あ、はい」
なんとなく懐かしい思いを抱きながら、ゴローは座敷に上がった。
「それじゃあ、晩ご飯の支度をしようかね」
「あ、手伝います」
台所へ向かったディアラをゴローは追った。
「ふふ、すまないね。じゃあお願いしようかねえ」
「はい」
そしてサナはというと、
「おねえちゃーん、なにかおはなしきかせてー」
ライナに懐かれていた。
「お話……なら、ゴローが、得意」
「そうなんだ? じゃあ、おにいちゃん、おはなししてー!」
「……あ……」
ライナはぱっとサナから離れると、とてててと台所にいるゴローの元へ。
そして、ニンジンのような野菜を刻んでいたゴローに、ぽすん、と飛びついた。
「うわっ!?」
「あ、危ない!」
野菜を刻む包丁が、ゴローの指を直撃する様を、ディアラは見た。
当然、指が切れて血しぶきが飛び出す………………ことはなかった。
「ライナちゃん、危ないよ?」
「……ごめんなさい」
「ライナ、台所で騒いじゃいけないって言っているだろう?」
「うん……ごめんなさい」
祖母に叱られてしゅんとするライナ。
「ゴロー、あんた大丈夫だったかい?」
確かに包丁が指を直撃していたはず……と、心配するディアラ。
「ええ、大丈夫です。何とか無事でした」
ゴローは左手をわきわきさせて見せた。
「……はあ、びっくりしたよ。大丈夫ならいいんだ」
ほっと小さく溜め息をついたディアラは、
「そのカロットを刻み終えたら、もう手伝いはいいから、ライナを見ていてくれないかね」
と、体よくゴローを追い出した。
「はい、わかりました」
10秒ほどでカロットを刻み終えたゴローは、手を洗ってから座敷へ戻り、
「むかしむかし、あるところに……」
と、思い付くままに話を聞かせたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は7月25日(木)14:00の予定です。




