06-22 採取行 その11 帰還
翌日は大忙しだった。
雪が降り始めたからだ。
「……急いで撤収しないと、あんたらはいいけどあたしが……」
1人生身のハカセ。雪に埋もれてしまったらどうなるかわからない。
というのも、食料があと1日分しかないのである。
雪が積もってしまったら、植物系の食材を探すのは困難になるし、動物も数日は動きが鈍くなる。
少なくとも人里まで急いで戻る必要があった。
「荷物は……それでいいね。ゴロー、頼むよ」
「はい」
一番多いのが『亜竜』の翼膜。次が皮革。そして牙と骨が少々。
翼膜と皮革は軽いので、かなりの量を運べる……ために、ゴローの荷物は身長の2倍くらいになっていた。
サナが天幕と食料を背負い、フランクはハカセを背負う。
帰りは音を立てないようにというような気遣いをする必要がなくなったので、往路の2倍ほどの速度が出せた。
昼前には谷を抜け、軽い昼食を摂ったらすぐに出発。
およそ時速25キルほどで一行は南へと進んだ。
「雪、止みませんね」
「ああ、こりゃ、本格的な雪の季節が来たようだね。雪解けまで、残りの素材を掘り出すことはできないかもねえ」
いくらハカセが優秀な学者であろうと、ゴローとサナが規格外の力を持っていようと、自然の猛威だけは防ぐことはできなかった。
* * *
急ぎに急いだおかげで、今、一行は、往路の時に使った宿泊地に到着していた。
三方を岩に囲まれた中に天幕を張れば、かなり暖かい。
「ああ、ほっとするね」
「明日には研究所に着けると思います。食料もあと1食分。なんとかなりましたね」
「ゴローがちゃんと管理してくれたおかげさね」
フランクがその目で見て記憶した亜竜の飛行。そして大量に持ち帰った素材。
それらを使うことを考えると、ハカセの心は知らず浮かれ出すのであった。
「明日には研究所か。ああ、楽しみだねえ」
雪はまだ降り続いている。
* * *
翌朝は雪も止み、一面の銀世界であった。
およそ50セル程も積もっている。
「うわあ……」
「こりゃあ、進むのに難儀しそうだねえ」
「ですね……」
いくらゴロー、サナ、フランクが疲れ知らずとはいっても、新雪の中は歩きにくい。
膝上までの雪は足への抵抗になるし、何よりも踏み込む力が逃げてしまい、踏ん張りが利きにくくなるのだ。
そしてそのとおり、速度は時速10キルほどにまで落ちてしまった。
「でも、なんとか今日中に研究所に着かないと……」
「ゴロー、食料が、ない?」
「そうなんだ。あとは乾燥したパンが2切れあるだけで、昼に食べたら終わりだ」
「思ったより日数をかけてしまったしねえ」
「すみません、ハカセ、ゴロー様、サナ様」
「いや、フランクが悪いわけじゃないさね」
手間取ったのは不可抗力だから、とハカセが言った。
「このまま、パワーを上げる?」
サナがゴローに言った。
パワーを上げれば、効率が悪くても速度が少しは上がるだろう、というのだ。
「いや、それより……」
ゴローは小さな林のそばで立ち止まった。
「ハカセ、『かんじき』を作ってください」
「かんじき?」
「はい」
ゴローは『謎知識』で知った『かんじき』をハカセに作ってもらおうと考えたのだ。
作っている間は進めないが、一旦出来上がれば、おそらく歩行速度はぐんと上がる。
ゆえに、ここで止まって『かんじき』を用意したほうが結果的に早く帰れるというわけだ。『急がば回れ』である。
「ふんふん、木の枝で作ろうかね……ん? ああ、もっといい素材があったじゃないか」
はじめはすぐそばにある林から木の枝を取ってこようかと考えたハカセであったが、『亜竜の素材』というものがあることに気が付いた。
「よし、取り掛かるよ」
「それじゃあ、このナイフを使ってください」
「ああ、そうだねえ」
『亜竜の素材』は強靭である。切るだけでも相当の手間が掛かる。
その点、ゴローの持つ『古代遺物』であるナイフならすぱすぱ切れるのだ。
「俺はその間に昼の用意をしておきます」
時刻はまだ午前10時頃、昼食には早い。
が、ゴローは、止まっているこの時間に『行動食』を用意しておこうと思ったのだ。
「乾燥したパンと、油が少し、それに砂糖の残りが少し……か」
ゴローは小鍋に油を入れ、火属性魔法『熱』『ゆっくり』で熱した。
油の温度が十分に上ったなら、乾燥したパンを入れてさっと揚げる。
そこに砂糖をまぶせば、『揚げパンもどき』の出来上がりだ。
多少冷めても、美味しく食べられるし、カロリーも高い。
残ったのは調理用の油が少々。あとはもうすっからかんである。
その間にハカセもまた、『かんじき』を3人分完成させていた。
「……もうこれは『スノーシュー』だな……」
亜竜の革を楕円形に切り取り、足を固定できるようバンドを取り付けた。
楕円形の下面、つまり雪に接する面には短いがギザギザを付けて滑りにくくしてある。
楕円形の大きさは長径50セル、短径20セルほど。
現代日本で用いられているスノーシューよりはやや小さいが、十分に雪の上で使えそうなデザインであった。
「どうやって曲げたんですか?」
滑らないように楕円形の縁を下面に向けて曲げて固定した方法が見当つかず、ゴローはハカセに質問した。
「うん? ちょっと魔力を流してやると軟らかくなるんさね。で、魔力を抜くと硬くなるんだよ」
「ええ……」
よくもこの短期間で『亜竜の革』の加工法を見つけ出したものだ、とゴローは感心し、次いで『ハカセだしなあ……』と諦めることにしたのである。
* * *
『かんじき』を付けた3人の足取りは、ゴローが思ったように速くなった。
何も付けなかった時の倍は出ている。
これなら日のあるうちに研究所に着けそうだと、ゴローもほっとしたのである。
途中、ハカセには悪いが歩きながら昼食を摂ってもらい、止まることなく進み続けた結果、午後4時半……日が暮れる寸前に研究所のあるテーブル台地、その麓に着くことができたのである。
「ああ、間に合った」
「ご苦労だったねえ、みんな」
入り口である岩の扉を開けたハカセは、ほっとため息をついた。
「さあ、早く帰りましょう」
「そうだねえ」
『かんじき』を脱いで歩き出す3人。ハカセは負ぶさったままだ。その方が早いから。
* * *
「ああ、帰ってきたよ……」
「できれば、もう冬の採取行はやめましょう……」
「わかっちゃいるけどねえ、こればかりはね」
あまり懲りていないハカセである。
まずは風呂を沸かし、ハカセに入ってもらう。背中を流すのはサナに任せた。
その間にゴローは夕食の準備。
消化がよく温まるものということで、大麦のリゾットとシチューを用意した。
サナには『純糖』(和三盆糖)の干菓子。
「ああ、美味しいねえ。ゴロー、ありがとうよ」
「たくさん食べてください」
「うんうん。……こうして寛げる自宅はいいなと思うけど、やっぱり研究のためには不便も致し方ないと思うんだよねえ」
「研究者って、そういうものではないでしょうか」
「ゴローはわかってくれるかい」
「100パーセントではないですが、そういうものかな、くらいは」
「まあ、それでいいさね」
風呂に入って疲れも取れ、お腹に温かいものが入ってほっとしたハカセは饒舌である。
一方サナは、ゴローが用意した『純糖』を無心に頬張っていたのである。
そしてフランクは全面オーバーホールする予定だ。
* * *
空はいつの間にか雪雲に覆われ、研究所の外にも雪が降り積もっていた。
今、北の地に本格的な雪の季節が訪れたのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は2月18日(木)14:00の予定です。
20210214 修正
(誤)そしてそのとおり、速度は時速10セルほどにまで落ちてしまった。
(正)そしてそのとおり、速度は時速10キルほどにまで落ちてしまった。
(誤)何よりも踏み込む力が逃げてしまい、踏ん張りが聞きにくくなるのだ。
(正)何よりも踏み込む力が逃げてしまい、踏ん張りが利きにくくなるのだ。
(旧)「……急いで撤退しないとあんたらはいいけどあたしが……」
(新)「……急いで撤退しないと、あんたらはいいけどあたしが……」
20210215 修正
(誤)「……急いで撤退しないと
(正)「……急いで撤収しないと