06-21 採取行 その10
亜竜は人に慣れる。
亜竜ライダーという職業が存在するのだから、ある意味当然である。
つまり、ある程度の知能を持つということだ。
ゴローが見る限り、『飼い犬』くらいの知能を持っていることは間違いなさそうだった。
くるるるるる、と喉を鳴らしてサナに頭を擦り寄せている亜竜。
サナが『フランクの脚』を手にしていることから、苦労して自分の喉からそれを取り除いてくれたことを理解したのだろう。
基本的にゴローとサナには人間のような『臭い』がないから、『餌』という意識も起きないのかもしれない。
フランクの脚を飲み込んでしまったのは『不幸な事故』だったものと思われる。
ゴローがそこまで推測した時、亜竜は名残惜しそうに起き上がった。
そして最後にサナをちらりと見た後、羽を広げ、ゆっくりと空に舞い上がる。
そして谷を抜け出ると、名残を惜しむように上空で2、3回旋回をしたあと、北へと飛び去っていったのだった。
* * *
「……不思議なことが、起きた」
「だなあ」
ぽつりと呟いたサナの声は、どこか寂しそうだった。
「とにかく、フランクの脚は回収できたから、大急ぎで戻ろう」
「うん」
フランクの脚はゴローが預かり、背中に担いだ。
そして2人は全速力で谷を下り、『ハカセ』と『フランク』の待つ隠れ場を目指したのだった。
* * *
「おー、ご苦労さん。よくやってくれたねえ、ゴロー、サナ」
「なんとかなりましたよ」
そして今、ハカセはフランクの脚を取り付けるべく、加工を行っている。
ほぼ完全な状態で取り出せたとはいうものの、むしり取るような力が加わった関節部はかなりの損傷を受けていたからだ。
「直りますか?」
「任せときな。あたしに掛かれば、ちょちょいのちょいさ。ただ、素材がちょいとばかり足りないから、元の半分くらいの力しか出せないけどねえ」
それでもハカセを背負って撤退するには十分である。
研究所に戻れば、完全な修理もできるのだ。
「よし、これでいい。フランク、立ってごらん」
「はい、ハカセ」
何ごともなかったようにフランクは立ち上がった。
「左右のバランスはどうだい? 右に合わせて左の出力も落としたんだけど」
「はい、大丈夫です。動きに支障はありません」
「そうかい、よかったよ」
「ありがとうございました、ハカセ。そしてゴローさん、サナさん」
「いやいや」
「……どういたしまして」
これで採取行のメンバーが揃ったことになる。
「さあて、それじゃあ亜竜の素材を集めるとするかね」
それもまた、今回の目的の1つだったのだから。
ハカセは亜竜の残骸に近づき……。
「おおおお! こりゃすごい! 宝の山だよ!!」
大はしゃぎをした。
そして携帯用のノコギリやカッターを出し、骨や皮を切り取り始める。
だが、皮はともかく、骨は相当硬いようで手こずっている。
「ハカセ、俺がやりますよ」
「ん、そうかい? それじゃあこの骨をここからここまで切り離しておくれ」
「はい」
『古代遺物』のナイフであれば、亜竜の骨といえど、粘土細工のように切り分けることができた。
「おお、やっぱりそのナイフは凄いね。あたしも作ってみたいもんだね」
感心するハカセ。
「うーん、そうすると全部ゴローに切ってもらった方が早そうだね。ゴロー、頼むよ」
「任せてください。それじゃあ、ハカセは指示をお願いします」
「そうしよう。……サナとフランクは切り分けた部材をまとめておくれ」
「はい、ハカセ」
「わかりました」
役割分担で作業効率が上がり、1時間ほどで亜竜の残骸は素材の山に変わってしまった。
「こりゃあ多いねえ。いっぺんに持って帰れそうもないじゃないか。それに、もう1頭分あるんだろう? どうしたもんかねえ」
「ハカセ、とりあえず素材として切り分けて、まず必要な分を持ち帰りましょう」
「うん、ゴローの言うとおりだね。残った部材は穴でも掘って埋めておくとしようか」
「それでまた取りに来るんですね」
「そういうことさね」
「わかりました。気を付けて行きましょう」
方針が決まったので、まずはもう1つの亜竜の残骸へと向かうことにした。
「ゴローが先導、サナは周囲の気配を探って。フランクはあたしを運んでおくれ」
そういうフォーメーションで、一行は谷を遡っていったのである。
* * *
そしてもう1つの亜竜の残骸にたどり着く。
「これまた凄いねえ……」
そちらはよく見ると、前のものより一回り大きかった。
「でも、まあ、やることは変わらないけどね」
ここでも、ハカセが指示を出してゴローが切り分け、それをサナとフランクがまとめていく、というやり方を取ったので、効率よく解体ができた。
「さて……そうすると、骨を少しと、牙を少し、皮を少し。それに翼膜をできるだけ……といったところかねえ」
「わかりました」
まず骨と牙を物色し、必要最低限な分だけ荷造りをした。
次いで皮も同じように選定し、荷造り。
最後に翼膜を、ゴローの運搬力が許す限り……としたらかなりの大きさになってしまった。
それでも1頭の半分くらいの翼膜でしかない。
「ゴロー、大丈夫かねえ?」
「はい、ハカセ。これくらいでしたら」
「そうかい、それじゃあ、頼むよ」
そして残った分は、ゴローとサナが何往復かしてもう1頭の分と一緒にまとめ、土属性魔法で掘った穴に埋めた。
そして一行は天幕へと戻ることにする。
ゴローが大荷物を担ぎ、サナは空身。フランクはハカセを背負って、である。
「研究所に帰ったら、運搬手段を考えた方がよさそうだね」
「そうですね……」
足元が不安定なので、車のようなものでは運べそうもない。
「運搬用ガーゴイルを作ろうかねえ」
「ああ、それがいいかもしれませんね」
『ガーゴイル』。それは意志を持たない魔導人形で、命じられたことのみを行う。
荷物の運搬なら任せられるだろうと思われた。
そして一行は天幕に帰り着く。
「今日はここで野営して、明日帰ろう」
「はい、わかりました」
そういうわけで、埋めておいた食料を掘り出し、調理するゴロー。
なんとか研究所に戻るまで食料はもちそうである。
「今夜はシチューにしました」
「おお、こりゃ美味そうだねえ。……ああ、お腹の中から温まるよ」
「サナの分もあるから、少し食べていいぞ」
「うん、ありがとう。……美味しい」
顔を綻ばせるサナを見て、ハカセはしみじみと呟いた。
「ふうん、サナ、あんた、いい顔するようになったねえ。やっぱりゴローと組ませて正解だったよ」
その言葉には、娘を慈しむ母親の愛が感じられたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は2月14日(日)14:00の予定です。