06-20 採取行 その9
動きを止めた亜竜は、全身真っ白な霜に覆われている。
〈……まだ生きているのかな?〉
念のため、『念話』で会話するゴロー。
〈……うん、心臓の音が聞こえる。かなりゆっくりだけど〉
〈冬眠みたいな感じかな?〉
〈かもしれないけど、わからない。亜竜の生態はあまり知られていないから〉
〈そっか〉
〈それより、ここからどうするの?〉
動きを止めた亜竜から、どうやってフランクの脚を取り出すのか。サナはゴローに尋ねた。
〈……手を突っ込んでみるしかないだろう〉
〈え?〉
対象になっている亜竜はどうやら成体らしく、体長は7メルほどもある。
ただし『翼竜』なので胴体は細い。細いがゆえにフランクの脚が引っ掛かっている、ともいえるのだが……。
〈他に何か、使えそうな魔法ってあるか?〉
〈……ない……と思う〉
〈やっぱりな。サナが思い当たらないんじゃ、ないんだろうな〉
〈……うん、ごめん〉
〈いや、謝らなくても……〉
ハカセなら、何かいい知恵があるかもしれないが、戻って聞いてくるには時間が足りない。
数分もすれば、亜竜は再び動き出す可能性があるからだ。
かといって首を切り裂いたら、後始末が大変そうである。
〈完全に凍らせてしまえば、血も出ない、と思う〉
〈うーん……〉
サナの言うことは正論だ。だが、なんとなくゴローはそれをしたくなかった。
単なる気まぐれか、それとも為す術もなく横たわる生き物を殺めるのが嫌なのか。
あるいは、『亜竜ライダー』がいることでわかるように、人間と意思を通じ合わせることができる生き物を惨殺することに気が咎めるのか。
はたまた、フランクの脚をもいだには違いないが、人間に危害を加えていないのに殺すことにためらいを覚えているのか……。
ゴロー自身にもよくわからなかった。
〈まあ、やってみるよ〉
〈ゴロー!?〉
〈時間もないしな〉
ゴローはその身体に『強化』を掛けた。
ゴローの身体能力が3倍に跳ね上がる。つまり動作速度も3倍、身体強度も3倍。
その状態を保ったまま、ゴローは亜竜の口中を覗き込んだ。
暗視能力も使い、喉の奥を見る……が、首が真っすぐ伸びていないため、何も見えない。
〈……ゴロー、任せて〉
〈お、サナ!〉
サナもまた、3倍の『強化』を掛け、ゴローの支援を行う。
その強化された力で、亜竜の首を引っ張り、まっすぐに伸ばした。
〈……どう?〉
〈うーん……何か……見えるような気がする〉
飲み込んだフランクの脚が胃にまで達していたら、この方法ではサルベージできない。が、どうやら喉に引っ掛かっているように見える。
〈手を伸ばしても、届かない?〉
〈うーん……俺じゃ、ちょっと無理かも〉
ゴローでは、肩幅などの体格的に、喉の奥まで身体を突っ込めないのだった。
だが。
〈……なら、私がやる〉
〈サナ!?〉
ゴローより小柄なサナなら、可能かもしれなかった。
〈ゴロー、代わって。私が潜り込んでみる〉
〈………………気をつけてな〉
〈うん〉
サナは亜竜の喉の奥へと右手を伸ばす。が、まだ届かないので、喉をこじ開けるようにしてさらに奥へと……。
〈もうちょっと……〉
〈サナ、大丈夫か!?〉
〈うん。心配しないで〉
だが、ゴローもサナも気が付いていなかったが、亜竜の表面の霜が溶け始めていた。
〈どうだ?〉
〈……見えた。フランクの脚。どうやら、無事……の、よう〉
〈そうか!〉
〈あと、少し……〉
その時、サナが潜り込んだ喉の違和感も手伝って、亜竜が目を覚ましたのである。
動き出す亜竜。
その口内にいたゴローと、喉に半ば上半身を突っ込んでいるサナは突然の揺れに驚き、亜竜が目覚めたことを知る。
〈ま、まずい! サナ、どうだ?〉
〈……もう、ちょっと…………届いた!〉
〈よし!〉
ゴローはサナの足を掴み、亜竜の喉の奥から引っ張り出そうとした。
だが、喉の違和感に不快を覚えたのか、亜竜は吠えた。
「グアアアアアアアッ!」
そして、口中にゴローの存在を感じ取り、口を閉じようとする。
「そうはさせるか!」
サナの足を離したゴローは、3倍の『強化』の力で、口を閉じよう……いや、ゴローたちを噛み砕こうとする亜竜に対抗した。
爬虫類の一種であるワニの噛む力は地球上の生物最強クラスと言われる。
そしてそこから推測された『ティラノサウルス』の噛む力は1平方センチ当たり約900キロとも言われる。もちろん実際に検証のしようもないのだが……。
この亜竜の噛む力はそれよりも強いようだった。
「ぐ、うううううううう! サナ、まだか!」
ゴローは今や念話で話す余裕もなくなっていた。
〈待って。……あと、ちょっと……ぬめるから、出にくい〉
亜竜が目覚めてしまったため、飲み込もうとする蠕動運動が喉に生じてしまい、サナも苦戦していた。
「まだか!」
〈……もうすぐ。……出た。お待たせ、ゴロー〉
「よし、サナ、フランクの脚を持って先に出ろ!」
「うん。だけど、ちょっとだけ、ゴローを支援する」
そう告げたサナは『水』『しずく』を使った。
「!?」
いきなり喉に水を流し込まれた亜竜は、驚き、咽る。
「今!」
「おう!」
咽て咳をするためには口を開く必要がある。つまり、噛む力が緩む。
まずサナが、そしてゴローが亜竜の口中から飛び出した。
「脱出成功!」
「うまくいった」
河原に飛び降りた2人は、足場が悪いことと急いで飛び降りたことで体勢を崩してしまう。
「おっと」
「ゴロー、気をつけて」
2人は体勢を整え、亜竜を見上げた。
が。
「…………」
「……?」
亜竜は動きを止め、2人を睨みつけている。否、見つめていた。
その視線を辿れば、サナが手にしているフランクの脚だった。
「獲物を取られたと怒っているのか?」
「……そうじゃない、みたい」
「え?」
ゴローが驚いたことに、亜竜は攻撃を仕掛けてくることもなく、2人をじっと見つめている。
そして、ゆっくりとその首を伸ばし……。
「サナ、気をつけろ!」
サナに鼻面を押し付けた。
「なに、これ」
「……懐いてるのか?」
「お礼を言ってる、みたい?」
背中の羽も折りたたまれ、敵意や害意はなさそうである。
どうやら、喉の異物をサナたちが取り除いたことを察したらしい。
とりあえずほっとしたゴローとサナであった。
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次回更新は2月11日(木)14:00の予定です。
20210207 修正
(誤)動きを止めた亜竜は、前身真っ白な霜に覆われている。
(正)動きを止めた亜竜は、全身真っ白な霜に覆われている。
(誤)だが、喉の違和感不快に感じたのか、亜竜は吠えた。
(正)だが、喉の違和感に不快を覚えたのか、亜竜は吠えた。
20211221 修正
(誤)サナは亜竜の喉の奥へを右手を伸ばす。
(正)サナは亜竜の喉の奥へと右手を伸ばす。