06-19 採取行 その8
ゴローとサナは、音をたてないよう注意しつつも、出せる限りの速度を出し、谷を遡っていった。
先頭はサナ。一度往復しているので地形もおおよそ把握しているからだ。
〈ゴロー、止まって〉
会話も音声ではなく『念話』を使う。
〈どうした?〉
〈この先、角を曲がったところに、骨が転がっている〉
〈わかった。慎重に進もう〉
サナとの付き合いもそれなりに長くなったので、短い言葉でも言いたいことを察するスキルを身に着けたゴローである。
〈おお〉
〈ね?〉
わかっていても驚く大きさの骨である。
そして食べ残した皮も転がっていた。
〈フランクの脚を見つけたら、皮を持って帰りたいな〉
〈同感〉
〈とにかく、急ごう〉
〈うん〉
今のところ『亜竜』の姿は見えない。行動するなら今のうちである。
さらに2人は先へ進み、段差にまでやって来た。
〈この上にフランクが、いた〉
〈だとすると、脚が見つかる可能性も高くなるな〉
亜竜の気配はないので、2人は5メルの段差を一気に飛び上がった。
そこは大きな石がゴロゴロする河原で、足元が不安定である。
自分とサナなら捻挫する心配はないが、ハカセだと危険だろうなとゴローは考えた。
〈そのあたりに、フランクがいた〉
〈なるほどな〉
地面を見ると、這いずってきたような跡が見える。
〈これを辿っていこう〉
〈うん〉
そうすれば、フランクがやられた場所もわかるし、場所がわかれば、脚も見つかる……かもしれない。
ゴローとサナは慎重に跡を辿った。
〈これも跡かな?〉
〈多分、そう〉
思ったより遠くからフランクは這ってきたようだ。
〈つまり、亜竜のやつはフランクの脚を咥えてかなりの長距離を移動した、ということになるな〉
〈うん、確かに、そう〉
〈フランクは200キムくらいあるんだ。それを運べるというのはかなりのものだぞ〉
単純な空力で空に浮かんでいるのではなさそうだとゴローは推測した。
考え込みながらも、地面を確認し、フランクが這って移動した跡を辿ることはやめない。
そして20分ほど移動。
往復の時間を考えると、もう少しで予定の時間となる、そんな時。
〈……何か声が聞こえないか?〉
〈…………聞こえる〉
どうやら亜竜の鳴き声らしく、2人は一層慎重に進んだ。
進むに連れ、声は大きくなる。
どうやらただの鳴き声ではなく、悲鳴というか苦し紛れの声というか……とにかく、尋常ではない声のようだ。
〈ゴロー、あれ〉
〈……おわあ〉
慎重に進んだ2人が見たものは、仰け反ってジタバタと暴れる亜竜であった。
〈苦しんでいるのかな?〉
〈うん……そうみたい〉
仰向けにひっくり返り、左右に首を激しく振り、ゲーゲー、もしくはグェーグェーというような鳴き声を上げている様子は、苦しんでいるようにしか見えなかった。
〈何か悪いものでも食べたのかな〉
と、ゴローが軽口を言うと、
〈うん、きっと、そう〉
と、サナが、何か思い当たったような顔をして答えた。
〈もしかすると、フランクの脚〉
〈あ、そうか!〉
いかに、亜竜がゲテモノ食いでも、ステンレス鋼でできたフランクの脚を消化することはできないだろう。
つまり、喉に小骨が刺さったような状態で苦しんでいる可能性があるわけだ。
〈……金属反応を捉える魔法ってないのか?〉
そういう魔法があれば、離れていても確認できるのだが、とゴローは思ったのだ。
〈うーん……もしかしたら、あれが使えるかも〉
〈あるのか?〉
〈あるというか、鉱脈を探す魔法。『地中』『調べる』。〉
〈ああ、あれか……〉
〈でも、地中を探すことはできても、生き物の中は調べられないと、思う〉
〈いや、魔法はイメージだって、教えてくれたろう? やるだけやってみよう〉
ゴローは金属……ステンレス鋼を思い浮かべながら亜竜に『地中』『調べる』を使った。
〈……お?〉
〈あった?〉
〈うーん、正確な場所はわからないが、亜竜の方向にステンレス鋼があると思う〉
〈なら、位置を変えてもう一度使ってみたら?〉
〈あ、その手があったな!〉
ゴローは、サナに言われて気が付いた。もし位置を変えても亜竜の方向にステンレス鋼があると出れば、まず間違いなく飲み込んでいるのだろうから。
そして、それは間違いがないようだった。
都合3回、『地中』『調べる』を使って、3回とも亜竜の方向にステンレス鋼があると教えてくれたのだ。
そもそもステンレス鋼は自然に存在する合金ではない。
十中八九、亜竜がフランクの脚を飲み込み、消化できずに苦しんでいるのだろう。
〈……それがわかっても、どうすれば取り出せるか……〉
〈仰向けになったお腹に、大岩でも落としてみる?〉
〈おいおい〉
過激なことを言うサナに少し呆れたゴローであったが、確かに有効そうではある。
だが、問題も多い。
〈命中しなかったら厄介だし、もしそれで傷ついたら、また他の亜竜がやって来て共食いし始めるんじゃないか?〉
〈うーん、その可能性は否定できない。でも、それじゃあどうしよう?〉
〈それだよな……〉
弱っている今、亜竜を倒すことはできそうだが、それをやると血の臭いで他の亜竜が集まってきてしまい、危険度が増すだろうと思われた。
〈……そうだ。眠らせることってできないかな?〉
〈なるほど〉
眠らせる、もしくは麻痺させておいて、飲み込んだフランクの脚を取り出せないかというわけだ。
〈……難しい問題。眠らせる魔法はあるけど、亜竜に効くかどうかは不明〉
〈まあそうだろうな〉
〈麻痺させる魔法も同じ。普通は亜竜を相手にしようとは思わない、から〉
〈うーん……〉
それでも、やるだけやってみよう、とゴローは提案した。
〈確かに、効かなくて元々〉
〈だろう? ……あ、もしかして……〉
〈なに?〉
〈……寒くさせたら、効きがよくなる可能性もあるなと思って〉
亜竜が爬虫類かはさておき、大抵の生き物は極低温には弱く、冬眠する種族もある。
〈わかった。それじゃあまず、2人で『冷やせ』を使う。動きが鈍くなったら『眠れ』を使う〉
〈『眠れ』? 俺はそれ、知らないな〉
〈教えなかった。……練習している暇はないから、そっちは私一人でやる〉
〈わかった〉
こうした打ち合わせ後、2人はまず全力で『冷やせ』を放った。
この魔法はおよそ氷点下20度くらいまで温度を下げることができる。
低温としてみたら微妙な温度だが、生物相手なら、なんとかなる温度である。
〈……見て。動きが鈍くなった〉
〈ああ。もっと『冷やせ』を掛けてやろう〉
〈そうして。私は『眠れ』に切り替える〉
そしてサナが睡眠魔法、ゴローが冷却魔法で亜竜を包み込む。
その状態を1分ほど続けた。
人間の魔導士なら、とっくの昔に『オド』が枯渇しているが、2人には『哲学者の石』があった。
〈お、心なしか動きが鈍ってきた〉
〈うん、このまま、続行〉
そしてもう1分。
ついに亜竜は動きを止めたのである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は2月7日(日)14:00の予定です。
20210204 修正
(誤)〈確かに、聞かなくて元々〉
(正)〈確かに、効かなくて元々〉