06-18 採取行 その7
サナが見つけたのは、地面を這いずるフランクの姿であった。
「サナ様……」
「フランク、大丈夫?」
「申し訳ございません。……亜竜に右脚をやられました」
その言葉どおり、フランクの右脚は膝から下がもぎ取られてなくなっていた。
「……事情は、あとで聞く。今は撤退しよう。……もがれた脚は、見つからない?」
「はい。……おそらく亜竜の胃の中です」
「それじゃあ、仕方がない」
サナはフランクを担ぎ上げると、5メルの段差をものともせずに飛び降りた。
そしてそのまま走っていく。
フランクを見つけた今、亜竜の縄張りから一刻も早く立ち去ることにしたのだ。
とはいえ、極力物音を立てないように注意はしている。
〈……サナ、聞こえるか?〉
と、ゴローから『念話』が入った。
〈ゴロー、どうしたの? まだ、『念話』が通じる距離じゃないと思ったのに〉
〈うん。それは、ハカセの提案で少しだけそっちに移動したからさ〉
〈そう〉
〈で、どうだ?〉
〈フランクを見つけた。右脚が膝から下をやられて歩けない。私が背負って帰投中〉
〈わかった。ハカセに伝える。気をつけて帰ってきてくれ。以上だ〉
〈了解〉
一旦念話を終了したサナは、ゴローとハカセの下へ急ぎ、およそ1時間で天幕を目にしたのである。
「おかえり、サナ。ご苦労さま」
「ただいま、ゴロー」
出迎えてくれたゴローと共に天幕へ戻ると、ハカセが夕食を食べているところだった。
「サナ、おかえり。ご苦労だったねえ」
「ハカセ、ただいま帰りました」
「フランク、お帰り。ひどい目に遭ったんだねえ」
「面目次第もございません、ハカセ」
「なにがあったんだい?」
「はい……」
* * *
フランクが語ったことをまとめると、こうだ。
まず、フランクは岩棚の上に巣を構えた2頭の亜竜を観察していた。
そこに、別の2頭……おそらくこちらも番……が現れ、争い始めた。
オス同士、メス同士の戦いは熾烈を極め、半日以上も続いた。
しかし侵略者である2頭の方がやや優勢で、まもなくケリが付くと思われた。
が、血の臭いに誘われて、10頭近くの亜竜がどこからともなく現れたのである。
その1頭が、隠れていたフランクに気が付いた。
あいにく、隠れていた場所は大岩と大岩の間だったため、身をかわすのが間に合わず、右脚を噛まれてしまう。
かろうじて逃れたフランクだったが、右膝から下をもぎ取られてしまった。
だがフランクは自動人形。
食べられるような生き物ではないとわかったのか、亜竜はそれきり興味を失ったのか、あるいは同類の肉を欲したか、とにかくフランクは見逃された。
うかつに動いてはまた攻撃対象となる可能性があったので、亜竜がいなくなるまでじっとしていることにしたのだという。
もちろん観察を続けながら。
そして傷ついた亜竜が共食いの対象となり食べつくされたため、集まっていた亜竜も飛び去っていく。
全ての亜竜がいなくなったことを確認したフランクは慎重に戻ろうとしていたところ、サナに発見された、というわけだ。
* * *
「なるほどねえ……フランク、悪かったねえ」
ハカセが謝ったのにはわけがある。
実は、フランクはハカセの許可がないと魔法を使えないようになっているのだ。
通常フランクはハカセの身の回りの世話をしているので、それで問題はない。
だが、今回はそうではなかった。
身を守るための魔法も使えなかったのである。
「いいえ、ハカセ、お気になさらないでください」
「帰ったらちゃんと直してあげるからねえ」
「はい、お願い致します」
「……それはそうと、共食いとか別の番の巣を襲うとか、そういう生態にも興味はあるけど……サナ、亜竜の皮がまるまる残っているんだね?」
「はい」
ご褒美ということでゴローに作ってもらったはちみつレモンを飲みながらサナは答えた。
「骨と皮は食べる対象ではないようでした」
「うーん……それならサンプルを取ってきたいねえ……」
「そう言うと思いましたよ」
ハカセの呟きにゴローが反応した。
「行くなら明日、明るくなってからがいいと思うんですけど」
もうじき夜が来る。採取タイミングとしては最悪だ。
「それもそうだね。……どれ、フランク、脚を見せてごらん」
「はい、ハカセ」
ハカセはフランクの『傷』を調べた。
「うーん……きれいにもぎ取られてるね。もしも、もしもだよ? ……もぎ取られた脚が見つかれば、応急修理くらいはできそうだね」
もちろん、もぎ取られた側が大きく破損していなければ、である。
「それじゃあ明日は、亜竜の骨と皮、それにフランクの脚も探してみましょう」
そういうことになった。
ハカセは天幕へ。ゴローとサナ、そしてフランクは外で警戒である。
空には星が瞬いていた。
「明日は冷えそうだな」
「薪、集めておく?」
「いや、ハカセには、焚き火よりも『熱』『ゆっくり』で温めて上げたほうがいいかもしれないな」
「わかった」
* * *
そして翌朝。
あたり一面、雪かと見まごうばかりに霜が降りた。
「おお、寒いね」
案の定、ハカセは寒がっている。
サナは早速魔法を行使した。
「『熱』『ゆっくり』。……ハカセ、温まって」
「お、サナ、ありがとうよ。ああ、温かいねえ」
「はい、こちらもどうぞ」
サナがハカセを外から温めていると、ゴローは中から温めるべく、野菜スープを手渡した。
「ああ、いいねえ。お腹の中から温まるよ」
「まだありますから、ゆっくりどうぞ」
そうこうするうち、谷底にも日が当たり始め、気温も少しずつ上がっていく。
「そろそろ行こうかねえ……」
この日の予定は、こうだ。
天幕は残しておく。
食料や水は、穴を掘り、上に大岩を載せておく。
ゴローがフランクを、サナがハカセを背負い、谷を遡る。
できれば亜竜の骨と皮があるところまでその状態で進む。
無理なら、ギリギリの安全圏に仮拠点を作り、ハカセとフランクはそこで待つ。
時間を決め、ゴローとサナがフランクの脚を探す。
見つからない場合は、ゴローとサナに警戒してもらい、ハカセが骨と皮のところまで行き、サンプルを採取する。
そして撤退。
「フランクの脚が見つかれば、選択肢も増えるんだけどねえ」
「頑張って探しますよ」
「うん」
今、一行は谷を遡り、ギリギリの安全圏を目指している。
昨日の争いで、岩棚に営巣していた番は骨と皮になり、襲った番も興味を失ったのか、巣を無視して何処へともなく姿を消していた。
そのため、手前の骨と皮がある場所まで来ることができたのである。
「おおお、これが亜竜の骨かい!」
ハカセは夢中である。
だが、今のままでは危険極まりない。
「ハカセ、1時間だけ我慢してください」
「その間、私とゴローが、フランクの脚を探してくるから」
「うーん、それしかないものねえ。わかったよ。命あっての物種だからね」
不承不承ながらもハカセは頷いた。
「それじゃあ、ここに隠れていてください」
『土』『掘る』を使い、ハカセが入れる横穴を掘り、中に隠れてもらった。
入り口は岩で隠す。もちろん出入りできる程度の隙間は空けてある。
そしてフランクがその前を守る。
「ハカセの指示なら、フランクも攻撃魔法を使えますからね」
「そういうことさね」
いよいよ探査行のクライマックスである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は2月4日(木)14:00の予定です。
20210131 修正
(誤)「ハカセの指示なら、フランクも攻撃魔法を仕えますからね」
(正)「ハカセの指示なら、フランクも攻撃魔法を使えますからね」