06-17 採取行 その6
待機状態というのは、ストレスが溜まるものである。
……普通は。
ハカセは、持ち前の好奇心を発揮し、ゴロー(の『謎知識』)に質問の雨を浴びせていた。
「……ふむ、電波というのは、音のように四方八方に伝わっていく、と」
「指向性を持たせることもできるのかい?」
「何だって? 雷も、一瞬ではあるけど電波を出しているってのかい!」
「なるほど、『周波数』ねえ。うまく使い分ければ、混信? しなくて済むってえのかい」
「受信はどうするかねえ。アンテナ? 同調? まだ先は長そうだねえ」
ゴローも、時折質問をしている。
「ハカセ、『念話』っていったいどういう仕組なんですか?」
「ああ、それかい。どうやら精神感応の一種らしいねえ。あたしの作った『哲学者の石』を持っている者同士が話ができるんだよ」
「そうすると、『哲学者の石』を複数作れば……って、困難なんでしたっけ」
「そうなんだよねえ」
「……でしたらハカセ、『哲学者の石』の『何』が離れた地点間での通話を可能にしているんでしょうか」
「あたしもそれは考えたさ。でもねえ、『哲学者の石』が手元にない状態じゃあ、ほとんど検証できなくてねえ」
理論の構築、実験、そして実証。それはハカセの研究にとって欠くことのできないピースだ。
机上の空論には、興味がないハカセなのである。
「あんたたちの身体から抜き取るわけにもいかないからねえ」
「……」
『哲学者の石』の合成には途方もない手間がかかるため、もう当分の間、やりたくはないというハカセなのであった。
* * *
そして、そうした話をしているうちに時間は過ぎていく。
「そろそろハカセ、お昼にしましょう」
「うん……あまり食欲はないけど、食べなくちゃあね」
「そうですよ」
そういうわけでゴローは消化のよい、食べやすいものを作っていく。
今回は肉入りのスープだ。
一度煮た肉を手早く『脱水』で水分を抜いてあるので、煮戻せば軟らかくなる。
ただし肉の旨味が抜けてしまっているのが難点。
その分は香草でカバーだ。
(ベーコンがあったらいいんだけどなあ……今度燻製を作っておくか)
などと考えながら、ゴローはスープを仕上げていった。
仕上げに、乾燥して固くなったパンを砕いて入れれば完成だ。
固いパンがスープを吸って軟らかくなる。
「うん、いいねえ。スープを吸ったパンもなかなか美味しいじゃないか」
「お代わりもありますから、いつでも言ってください」
結局ハカセはパン入りスープを2杯食べ、満足したようだ。
少し余ったスープはゴローが平らげた。
* * *
〈……ゴロー、私も食べたかった……〉
〈おっと。済まないな、サナ〉
ちょうどその時、サナから『念話』が入った。
〈……中間報告。共食いにあった亜竜は、ほとんど食べつくされた〉
〈うん、で?〉
〈今は、若い個体と思われるものが3体、骨をしゃぶっている〉
〈なら、あと少しでいなくなるな〉
〈そう、思える〉
〈わかった〉
〈それじゃあ、いなくなったら、もしくは夕方、また連絡する〉
〈ああ、頼む。……戻ってきたら、甘いもの作ってやるからな〉
〈うん、楽しみにしてる〉
それで念話は切れた。
ゴローは内容をハカセに報告する。
「ふうん、なるほどね。それじゃあ、もう少し待てば、亜竜共はいなくなるだろうね」
「だと思います」
「そうしたら……そうだね、どうするかね……」
ここで待つか、もう一度、昨日の幕営地まで進むか。
「危険が減ったようなら、もう一度進むとするかねえ。……ゴローには悪いけど」
何度も幕営地を変えて悪いねえ、とハカセは済まなそうに言うが、ゴローは笑ってそれを受け流した。
「それはいいんです。今一番大事なのはハカセの安全ですから」
「済まないねえ」
「だからいいんですって」
そういうわけで、ゴローは天幕を撤収し、再び谷を遡行することにした。
ハカセのペースに合わせ、歩くこと2時間。
「この辺にしておきましょうよ」
「うーん、そうだねえ」
前回の幕営地まで行くと少々行き過ぎになるので、その1キルほど手前に幕営することに決めた。
ちょうど十数本の木が生えており、その陰に天幕を張れば、角度によるが空からは見えにくいはずである。
大岩もあり、風除けになる。
ゴローはテキパキと立ち働き、日没前に準備を全て済ませてしまった。
* * *
〈……ゴロー、聞こえる?〉
夕方4時頃、サナから『念話』が入った。
〈うん、大丈夫だ。……少し幕営地をそっちに移動したぞ〉
〈そうなの? うん、大丈夫。亜竜はみんないなくなった〉
〈お、そりゃ朗報だ〉
〈これから、先へ行く。フランクを探す〉
〈そうだな。気をつけろよ〉
〈うん〉
それで念話は終了。
ゴローはハカセに報告をした。
「そうかい。そりゃよかった。あとは報告を待つだけだね」
「そうですね。サナのことですから、うまくやるでしょう」
* * *
すっかり骨だけになった亜竜を横目に、サナは先へと足を踏み出した。
もちろん隠蔽魔法『隠れる』を使って、だ。
(……まだ少し、血の臭いがする。……野生動物が寄ってくる可能性もある。急ごう)
とはいえ、慎重なサナは、川原の石を転がすこともなく進んでいった。
100メル、200メル、300メル……。
500メル以上遡った、その時。
(また、血の臭い?)
生えていた立木の陰からそっと先を覗くと、そこにもまた、亜竜の骨があった。
(……番い、だったのかも)
2頭の亜竜が別々の場所でほぼ同時期に捕食された、という事実。
それは、もしかすると番いの2頭だったのかもしれない、とサナは推測した。
(怪我か、縄張り争いか、老衰か……)
とにかく、何らかの理由で動けなくなり、共食いの対象となった、ということになる。
(残ったのは骨と……皮。……皮?)
よくよく見ると、食べ残されたのは骨だけではなく、皮も残っている。
そしてさらによく見ると、ただの皮ではなく、どうやら背中の翼膜らしい。
どうやら翼膜は美味しくないらしい、とサナは思った。
(もし、余裕があったら、拾って持ち帰ってみよう)
しかし今はフランクの捜索である。
できれば、日が沈む前に見つけたかった。
もちろん夜でも問題なく見えるが、やはり探しものは明るいほうがいい。
(フランク、どこにいるの)
さらに遡ったサナは、かなりの過去に、谷の右手から土石流が起きたらしい場所に着いた。
つまり、それまで大きな段差にもあわずに谷を遡行してきたのだが、それもここまでということ。
段差の高さは5メルほど、サナなら簡単に飛び上がれる。
が、飛び上がったその先に、何が待つかはわからない。
(ここは、手前まで飛び上がって、そこからそっと顔を出して覗いてみよう)
そう判断したサナは、3メルほどの高さにある岩の出っ張りまで飛び上がった。
そこからは岩伝いに身体を持ち上げ、そっと覗いてみる。
(……フランク!?)
そこにフランクがいた。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は1月31日(日)14:00の予定です。
20210128 修正
(誤)「ああ、それかい。そうやら精神感応の一種らしいねえ。
(正)「ああ、それかい。どうやら精神感応の一種らしいねえ。




