06-16 採取行 その5
流血・残酷表現があります
あたりが暗くなり、ハカセの夕食が終わっても、フランクは帰ってこなかった。
「……何かあったね、こりゃ」
が、身体能力に優れたフランクが帰ってこないとなると、かなり悪い事態であろうという想像はつく。
「……どうするかねえ……うーん……」
ハカセもどうすべきか悩んでいるようだ。
「……まず、もう少し後退しましょう」
悩んでいるハカセを見かねて、ゴローが提案した。
「うん? それで?」
「拠点……天幕を張り直して、ハカセとサナにそこで待っていてもらい、俺がフランクの様子を見に行ってきます」
「なるほどね。……うん、それでいこうか。じゃあ、まずは後退だね」
今の場所は亜竜の棲息地に近すぎるため、一行は1時間ほど……ハカセはサナに背負われたので、距離にして10キルほど……後退し、そこに天幕を張り直した。
「ここなら、かなり安全でしょう」
「まあそうだねえ。奴らの縄張りからこれだけ離れればね」
「サナにハカセを守ってもらい、俺が全速力でフランクの様子を見てきます」
だが、そこに待ったが掛かった。
「……ゴロー、待って」
「サナ?」
「フランクを探しに行くのは私が。ゴローはここで、ハカセを守って」
「だけど……」
「今、一番優先しなけりゃいけないのは、ハカセの安全。なら、ゴローが付いていたほうが、いい」
「……」
「それに……」
「それに?」
「…………私じゃ、ハカセが美味しいと言ってくれる料理、作れない」
そこかい、と思いながらも、ゴローはサナの提案をもっともだと感じた。
それはハカセも同じだったらしく、
「それも一理あるね。……うん、サナ、見てきてくれるかい?」
「はい、ハカセ」
もう1つの理由は、サナのほうが、威力はともかく多彩な魔法を扱えるので、隠密行動には向いているから、ということであった。
決して食事の美味しさを取ったわけでは……ない。はずである。
* * *
そういうことになり、サナは1人、フランク救出に向かっていた。
元の野営場所を過ぎたあたりから、隠蔽魔法『隠れる』を使い、極力気配を絶ちながら進む。
そこから先は10キルを超えてしまう。ハカセにとっては安全な距離であるが、同時にゴローとの『念話』も届かなくなってしまう。
(気をつけないと)
最近はたいていゴローと一緒に行動することが多かったサナは、改めて気を引き締めた。
そしてゆっくり、慎重に進んでいくと、行く手が騒がしくなってきたのである。
(……?)
どうやら亜竜の声のようなので、さらに慎重に進んでいくサナ。
500メルほど進むと、谷は少し右に曲がっていたので、サナはそっとその先を覗いてみた。
(……!!)
その先にはなんと10頭の亜竜がいて、傷ついたもう1頭の亜竜を襲っていたのである。
(亜竜って、共食いするんだ……)
その場所は、昨日亜竜の巣を見つけた場所よりも手前。
フランクがいるなら、その先である可能性が高い。
(もしかしたら、こいつらのせいで戻ってこられなくなっているのかも)
サナはそう推理した。
見たところ、襲われている亜竜は虫の息。
既に身体のあちらこちらの肉を啄まれており、おびただしい血を流していた。
(あと半日、保つかどうか……)
そうなれば、今集まっている亜竜たちは肉を啄み終わり、去っていくだろう。
そうすれば先へ進むことができるようになる。
(フランクは生物じゃない。だから、食べられたはずが、ない)
ゆえに、先へ進めば、何らかの手掛かりが得られるとサナは考えている。
しかし、今はだめだ。
(……そうだ、ゴローと『念話』ができる距離まで、戻ろう)
そうすれば、現状の報告ができ、ハカセの助言も得られるだろうとサナは考えた。
そこで、来た時同様、慎重の上にも慎重に、来た道を戻っていったのである。
* * *
一方、ハカセはじりじりして待っていた。
うろうろと天幕の周りを歩きまわっている。
「ハカセ、少しは落ち着いてください。まだ1時間も経っていませんから、いくらサナだって帰ってきませんよ」
「そんなことはわかっているよ。ただ落ち着いていられないだけさね」
「……『通信機』でもあればよかったんですがね」
「——え?」
半ばわざと、ゴローは『謎知識』が教えてくれた単語をハカセに投げ掛けた。
「通信機? なんだい、それ?」
「遠く離れた場所にいる人と話をする装置ですよ」
「……ふむ……どういうものかは想像できるね。でも、どうやって? もちろん、大声で、とかの類じゃないんだろう?」
「もちろんです」
乗ってきた、とゴローは心のなかで快哉を叫んだ。
こうした技術的な話をしていれば、ハカセも気が紛れるはずと踏んだのだが、大当たりであった。
「ええとですね、目には見えない『電波』という波がありまして、それを使って会話をするんですよ」
「ふんふん。……前に、音は空気を伝わる波だって言ってたね。それと似ているのかい?」
「いえ。どちらかというと光に近いです」
「光だって? 詳しく話しな!」
「もちろんです」
ゴローは『謎知識』に教えられながら、電磁波の概念をハカセに説明した。
「なるほどね。……そうすると、『光属性魔法』で、赤い光よりも……うーん……『もっと赤く』設定したら、その電波とやらが出るかもねえ」
ゴローは驚愕を覚えた。
ハカセは、ゴローが説明した電磁波の概念を理解したのみならず、『光属性魔法』が電波を発せられるかもしれないという発想まで行ったのだ。
「問題は受信と……どうやって会話をするかだね」
「ええと、受信はおいておいて、最初は『モールス通信』でもいいと思いますよ」
「もーるす通信?」
「はい。『・』と『ー』を組み合わせて記号を表すんです。例えば『・・・』ならS、『ーーー』ならOとか」
ちなみに、この世界の文字はアルファベットに酷似していた。なのでSやOに相当する文字もちゃんとあるのだ。
「なるほどねえ。……それをゴーレムにでも解読させれば、時間は掛かるけど会話できるかもねえ……」
そう呟いたハカセは、何やら考え込み始めた。
しばらくは思考していてもらおう、とゴローが考えた、その時。
〈……ゴロー、聞こえる?〉
サナから念話が届いたのである。
〈……ああ、聞こえる。どうした? なにかあったのか?〉
〈うん。実は……〉
サナは、亜竜が共食いをしていることを説明した。
そしてその先に、フランクがいる可能性が高いことも。
〈なるほど。ちょっとハカセに報告してみる〉
〈うん、お願い〉
「ハカセ! サナから念話が入りました!」
「…………え? 何だって? フランクが見つかったのかい?」
さすがに『サナから』という単語を聞けば、思索の深みから帰ってきてくれるだろうと思ったゴローの予想は当たった。
「いえ。ですが、亜竜が……」
ゴローがサナからの報告内容を話すと、ハカセはほっとため息をついた。
「なるほどねえ。どうやら、そいつらのせいで戻ってこられない可能性が出てきたね」
「どうします?」
「どうもこうもないね。そいつらがいなくなるまで待つしかないだろうね」
「サナを、一旦戻しますか?」
「いや。悪いけど、向こうに留まって、亜竜たちがいなくなったらすぐにフランクを探しに行ってもらいたいね」
「わかりました。そう伝えます」
こうして、待機状態とはいうものの、フランク発見に向けて光明が見えてきたのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は1月28日(木)14:00の予定です。
20210126 修正
(誤)そこから先は、ゴローとの『念話』も届かなくない距離だ。
(正)そこから先は、ゴローとの『念話』も届かなくなる距離だ。
20210127 修正
(旧)そこから先は、ゴローとの『念話』も届かなくなる距離だ。
(新)そこから先は10キルを超えてしまう。ハカセにとっては安全な距離であるが、同時にゴローとの『念話』も届かなくなってしまう。
(誤)06-16 採取行 その5 通信できたら
(正)06-16 採取行 その5