06-15 採取行 その4
翌日、ゴローたちはやはり天幕を撤収してから再度亜竜の棲息地へと向かった。
また戻ってくる予定だが、ゴローは昨日も言ったように、
「荒らされたら困りますからね。それにこのくらいの荷物、苦になりませんから」
と言い、畳んだ天幕を背負ったのである。
「ありがとうよ、ゴロー」
「いいえ、これが役目ですから」
ゴロー、サナ、フランクは天幕など必要としない。
なのでゴローが天幕を心配し、背負っているのはひとえにハカセのためなのだ。
それを知っているがゆえに、ハカセはゴローに礼を言ったのである。
さて、亜竜の棲息地に近づくまでは、普通の声で話しても大丈夫である。
そこでゴローは、1つの疑問を口にした。
「ハカセ、エルフの国には『亜竜乗り』という人がいると聞いたんですが」
「ああ、いるね」
「その亜竜はどうやって手懐けるんですか?」
「そういうことかい。……卵を取ってきて孵化させるのさ。亜竜の幼生体は最初に見たものを親と認識するんだよ」
「ああ、インプリンティングですか」
「……またしても『謎知識』かい。……うーん、ゴローの『謎知識』って、まず間違いなく、この世界のものじゃあなさそうだね」
少なくとも現代あるいは近い時代のものじゃあなさそうだ、とハカセは言った。
「まあそれを解明できるあてはないからねえ。……と、そうそう。ゴロー、今の『いんぷりんてぃんぐ』っていうのは、幼生体が最初に見たものを親と認識する、ということでいいのかい?」
「はい、そうです。……鳥のヒナがそうらしいですね」
「なるほどね。……で、そうやって慣らした亜竜に乗るのさね」
「そうだったんですね。……でもそれなら、どうして亜竜の飛行原理を解明できていないんですか?」
ゴローからのこの質問に、ハカセは一瞬だけ渋い顔をした。
だが、すぐにいつもの表情に戻り、答えてくれる。
「エルフの気質だよ。そういう研究を毛嫌いするのさ」
「え……」
「よくも悪くも、自然と共存する主義なんだよ。……少なくとも、ゴローが言う『亜竜乗り』のいる国は、ね」
ハカセの口調と顔つきで、きっと昔、何か口にしたくないような軋轢があったんだろうな……と察するゴローなのであった。
が、ついでに、思い出したことについても聞いておくことにする。
「……『古代遺物』とかいうものが、エルフの国には多いと聞きましたが」
「ああ、確かにあるねえ。……その恩恵を受けているくせに、同じものを作ってみようとはしない、頭の固い連中ばかりなのさ」
「……ハカセは違いますよね」
「あたしゃ混血だからねえ。……でも正直、見せてもらった『古代遺物』は随分参考になったよ」
「そうでしたか」
もっと話を聞きたいと思うゴローであったが、そろそろ『亜竜』の棲息地が近づいてきたこと、それにハカセにとってあまりいい思い出ではなさそうなことから、この日はもう聞くのをやめたのである。
* * *
(……そろそろ昨日亜竜を見た場所ですね)
(うん。あの大岩の先だね)
会話も、声をひそめて行うことになる。
ゴローがそっと覗いてみると、亜竜はいなかった。昨日と同じく、食べられてしまった動物の骨が転がっているだけである。
(じゃあ、もう少し先へ行ってみようかね。注意しながら)
(はい)
一行は、できるだけ物音を立てずに再び歩き出した。
石を転がした音を聞きつけられないよう、できる限り石の上に乗らないように気をつけ、また大岩や立木の陰に隠れ、先の様子を覗いながら……。
そうやって歩くこと30分。
昨日よりも距離にして500メルほど谷の奥へ入っている。
(あと30分が限度かね。それ以上深入りすると、引き返せなくなるからね)
(わかりました)
探検と冒険の違いは文字を見ればわかる。
単純に言うと、探り調べること(検は調べる意)が探検で、危『険』を冒すのが冒険だ。
冒険には『調べる』というニュアンスはない。
閑話休題。
ゴローたちがしているのはあくまでも『探検』であって、危険を冒す必要は露ほどもないのだ。
とはいえ、学問のためなら少々の危険も何のその、という学者もいないわけではない。
が、そういう学者は長生きができない、というのがハカセの信条であった。
さて、そういうわけで、更に慎重に進むこと25分。
あと少し進んだら、今日は引き返そう……という頃。
(うん? ……何かあるよ)
望遠鏡で遠くを探していたハカセが小声で注意を促してきた。
視力を強化してゴローも見てみると……。
(……あれって、亜竜の巣じゃないですか?)
ゴローたちが進んでいるのは谷筋。
行く手には切り立った絶壁があり、その中ほどに岩棚があって、生き物の巣らしきものがあった。
このような場所に棲息する生き物といえば亜竜しかいないので、必然的に亜竜の巣だろうという推測が成り立つ。
(卵は……ないねえ)
残念、とハカセは言った。
卵があれば1つ失敬してきて孵化させれば、苦労せずにいい研究材料が手に入るわけだ。
だが現実はそうそう甘くないらしい。
(あそこに巣があるってことは、亜竜が戻ってくる可能性が高いってことだね)
つまり、この場に残っていれば、亜竜を観察する機会が来るということになる。
しかしそれは、同時に危険に身を晒すということだ。
(うーん……どうしようかね……)
安全に観察する方法があれば……と悩むハカセ。
だが、ゴローたちならともかく、生身のハカセがここに残るのは危険すぎる。
悩んだ末、ハカセは1つのアイデアをひらめいた。
(そうだ! フランク、あんたの目で見た映像をあとで再生してみればいいんだよ)
(確かにそうです。ですが、高画質の映像を記録し続けるには、記憶容量が心許ないのですが)
(ふふん、それなら大丈夫さ。ほら、この予備の制御核をお使い)
ハカセはポケットから真球に削った制御核……まだ何も書き込んでいない……を差し出した。
フランクはそれを受け取る。
(わかりました。私はここに残り、戻ってきた亜竜の様子を映像として記録します)
(ああ、頼むよ、フランク。……それから、日没まで待って戻ってこなかったら、一旦帰っておいで)
昨日と同じ場所で幕営しているから、とハカセはフランクに告げたのだった。
* * *
ということで、亜竜の観察はフランクに任せ、ゴロー、サナ、ハカセらは来た道を引き返していく。
(ハカセ、段差があるので気をつけて)
(ああ、ありがとうよ、サナ)
帰りはサナがハカセの歩行をサポートする。
比較的歩きやすいルートを辿っては来ているが、整備された道ではなく、1メートルほどの段差もある。
登る時はよかったが、下るとなると危険を伴う。
概して山歩きは、登るよりも下るときのほうが、転倒などの事故を起こしやすいのである。
登りとほぼ同じ時間を掛け、3人は幕営場所に帰り着いたのであった。
ゴローはすぐに天幕を張り、ハカセが休息できるようにする。
あとはフランクの帰りを待つだけであった。
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次回更新は、都合により1月24日(日)ではなく1月26日(火)14:00の予定です。