06-13 採取行 その2
「ああ、よく寝た」
翌朝、日の出とともにハカセは目を覚ました。
水属性魔法で顔を洗い、口をすすぐ。使ったのは『水』『しずく』。
魔法で出した水なのでじきに消える。汚れだけ落ちて濡れることはなく、快適だ。
幕営場所は谷なのでまだ日は当たらないが、行動するには不自由はない明るさだった。
「ふうん、これがラスクかい」
朝食はゴローが用意してきたラスクとホットミルク。
今回はハカセが一緒なので、ゴローもサナも食事は摂らない。その分はハカセに食べてもらおうというわけだ。
ゴローはともかく、サナもまた、一言の不平も言わずに受け入れていた。
フランクは『自動人形』なので言うに及ばず。
「なかなか美味しかったよ。ゴロー、ありがとさん」
「お粗末さまでした」
ホットミルクの入っていたマグカップを『水』『しずく』で洗ったゴローは、フランクが畳んでくれていた天幕を荷造りしていく。
支度が終わる頃には谷底にも日が差し込み、明るくなった。
「それじゃあ、出発しようかね」
焚き火が完全に消えていることを確認し、出発。
まだまだ谷の入口なので先は長い。
この日は時速10キルほどで進む。
というのも、
「あ、ちょっと止まっておくれ。……サナ、そこに貴重な薬草が生えているからちょっと摘んでおいておくれでないか」
「はい、ハカセ」
……というように、こうした山岳地帯にしか生えないような薬草を採取しながら進んでいるからだ。
「本当に、こういった薬草は特定の地域にしか生えていないからねえ」
とは、ハカセの言葉。
「亜竜狩りとはいえ、他のものも集めておきたいしね」
そんなわけで、この日の幕営時には、集めた薬草が山になってしまった。
「ああ、さすがに集めすぎたかねえ……そうだ、乾燥させておけば嵩張らなくなるよ」
「あ、ハカセ、それなら私が」
「サナ、それじゃあ頼むとするかね。……わかっていると思うけど、乾かし過ぎは厳禁だよ」
100パーセント脱水してしまうと、ぼろぼろになって崩れてしまうものが多いのだ。
サナも昔経験していた。
「……大丈夫。昔、ハカセと一緒に、何度もやったから」
「そうだったねえ」
そしてサナは、種類別に分けた薬草に新作魔法『脱水』を掛けた。
「お? ほほう、これが新作魔法『脱水』かい……うん、確かにゆっくりだね。これなら乾燥具合の調整ができるねえ」
話だけでなく、実際に魔法が働いているところを見て、ハカセの目が輝いた。
「これは、帰ったら魔導具を作ってみないとねえ……」
「お願いしますよ、ハカセ」
ゴローも、その魔導具が欲しいのである。メープルシロップを煮詰めてメープルシュガーにするために。
おそらく加熱しないで済む分、香りも逃げないはずなのだ。
そしてその魔導具を持って、『樹糖』の産地である『ミツヒ村』へ行ってみたいと思っているのだった。
* * *
「うん、これなら十分運べるねえ」
採取した薬草は、乾燥させたことにより嵩が10分の1くらい、重さも5分の1くらいになり、運びやすくなった。
「ハカセ、夕食ができました」
「おお、ありがとう、ゴロー」
サナが薬草を乾燥させている間に、ゴローは夕食を作っていた。
「なんだい、これ?」
「お米のお粥ですよ」
ジャンガル王国で手に入れた米を使ったお粥である。
塩で味をつけ、香草で香り付けをした。
「おお、こりゃ美味い」
「たくさんありますからどんどん食べてください」
「ありがとね、ゴロー」
ハカセにもお米の美味さを認めてもらえたゴローは上機嫌であった。
ちなみに、余ったお粥はゴローとサナが美味しくいただきました。
* * *
夕食後、寝るにはまだ時間が早いので、焚き火にあたりながら、薬草茶を飲むハカセ。ビタミン・ミネラルの補給ができ、体調も整えられるというすぐれものだ。
「明日には亜竜の生息地に着くと思うよ」
「危険はないのですか? あ、もちろんハカセに」
「うん、あたしは必要以上に近づかないからね」
「それがいいです。亜竜は俺たちが狩ってきますから」
「いやいや、その前に観察をしないとねえ」
どういう原理であの巨体が飛んでいるのか調べないと、とハカセは言った。
「近づかずに観察できますか?」
「できるさ。これがあるからね」
ハカセはそう言って、手荷物から筒状の物を取り出した。
「あ、望遠鏡ですね」
「そうさ。ゴローに『レンズ』のことを教えてもらったからねえ。作ってみたんさね」
対物レンズに凸レンズ、接眼レンズに凹レンズを使った、いわゆる『ガリレオ式』の望遠鏡だ。倍率は約3倍とのこと。
「これならまあまあ観察できるさ」
「確かに、それがあれば大丈夫ですね」
もっと高い倍率の望遠鏡を作るには、専用の光学系を設計する必要があるが、ゴローの『謎知識』も、そこまでは教えてくれなかったのである。
だが、エルフの血を引くハカセは、人族よりも視力がいいので、望遠鏡と組み合わせればかなりの情報が得られるようだ。
「ああ、星が出てきたねえ。明日も晴れそうだ」
一応は天気を予測して出掛けてきたとはいうものの、こうして晴れた空を見上げると安心できる。
ただし、晴れた日の朝は放射冷却で冷え込むのだが。
「それじゃあ、あたしは寝させてもらうよ」
「はい、おやすみなさい、ハカセ」
天幕にもぐりこむハカセと、それを取り囲んで守るゴロー、サナ、フランク。
降るような星空であった。
* * *
翌朝は案の定冷え込み、一面真っ白に霜が降りた。
「おお、寒いね」
などと言いながらも、ハカセは天幕を出て背伸びをする。
まだまだ元気だな、とゴローはほっとしながらそんなハカセの世話を焼くのであった。
「さあ、今日はいよいよ亜竜の生息地だよ。だいたいお昼頃には着くね」
「何か注意することはありますか?」
「そうだね……奴らは肉食だから、昼食はずっと手前で食べておいたほうがいいかねえ」
「わかりました。それに加えて、匂いの少ない献立にします」
「頼もしいねえ、ゴローは」
そして朝食は豚汁である(ゴローは『ぶたじる』派)。
「ああ、温かいねえ。寒い時にはありがたいよ。それにこの『味噌』だっけ? なかなか美味しいねえ」
「お口に合ってよかったですよ」
そして残った豚汁はゴローとサナのお腹に収まったのである。
* * *
「さあ、行くよ。物音もできるだけ控えめにね」
そういうわけで、進行速度は時速5キルほど。
薬草採取もせず、ひたすら谷筋を行く。
幸い、滝のような段差はなかったので、順調に進めた。
そして午前10時半、少し早めの昼食となる。
「『純糖』です。これなら匂いはほとんどしませんし、カロリーも十分です」
「こりゃあ甘いね。しかも癖がない。後口も爽やかだよ」
ハカセも純糖……和三盆糖を気に入ってくれた。
そしてサナも、このときだけは食べたいと口に出さず、周囲を警戒していたのである。
「さあ、あと少しで亜竜の生息地だよ。気をつけていこうね」
「はい、ハカセ」
「フランク、頼んだよ」
「はい、お任せください」
そして一行は、警戒しながら谷を遡行していくのであった。
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次回更新は1月17日(日)14:00の予定です。